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第16話 植物の塔

俺が森の入り口まで戻ると、ゲル子がすぐに近寄ってきた。真っ赤な髪の毛(に見える触手なんだが)を揺らして嬉しそうに俺に駆け寄り、血色の宝石のような瞳で上目遣いに俺を覗き込む。


「ずいぶん早かったですね」

「お前、ここで待ってたのか?」


こくりとうなずくゲル子。薄暗い森の中でじっと待つなんて、普通の女の子なら危ないと思うところだが、この辺にゲル子に勝てそうな生物はたぶん存在していない。ゲル子がいいなら別にいいか。


「実家に行ったんだが、妹が病気だったんで帰ってきた」

「妹さん、大丈夫ですか?」

「まあ、よくある病気なんだけど。遺跡で薬を取ってきてやろうと思って」

「薬、ですか」


俺は母さんから聞いたアルラウネの話をゲル子にも伝えた。植物のような遺跡については、ゲル子も思い当たるところがあったらしい。


「実際に見たことはありませんけど、植物状の遺跡があるとは聞いていますよ。元は宗教施設だそうで」

「宗教施設?」

「はい、古代の土着の宗教らしいです。花から生まれる女神が主神で、人の潜在能力を引き出してくれるとかなんとか。遺跡はその神に供物を捧げた場とも、神に近づく修行の場だったとも言われています」


宗教施設か。俺も一応、国教の信者ではあるんだけど、信仰心はあまりないんだよな。俺、盗賊だから。汝盗む勿れって神様が言ってるけど、守ってないし。


「花の女神様の物語、聞きたいですか?」


首を横に振るとゲル子が残念そうな顔をした。亀の魔物はおとぎ話が好きだったといってたが、ゲル子も結構好きなんじゃないだろうか。


「奥のほうに行くと頭が変になるって母さんがいってたけど、本当か?」

「それは分からないです。実際に行ってみたことはないので」


そっちは本当なのかホラなのか。とりあえず奥に行かなければ大丈夫なんだろうし、危ないと思ったら引き返せばいいだろう。


「そこにいるアルラウネの蜜が薬になると聞いた」

「アルラウネですか。滋養強壮、精力増強、解熱、鎮痛、解毒にバツグンの効果らしいですよ」

「結構な万能薬だな、そりゃ」


生け捕りにできるかと聞いてみたが、やってみたことがないので分からないとのこと。まあ、いつもの遺跡にはいないからな。実物を見てみないとなんとも言えないか。





件の植物の塔は実家から歩いて約半日ぐらいのところにある。俺たちは一旦家に戻って準備をしてから、早朝、塔に入ることにした。アマナのことを思えば早く薬をとってきてやりたいが、準備不足の状態で新しい遺跡に臨むのは好ましいことではない。


実家からそう遠い位置ではないので、塔の近くには何度か遊びに行ったことがある。その頃のおぼろげな記憶を頼りに進んだが、目的物がでかいせいもあってさほど見つけるのは苦労しなかった。


「へー、これがその塔ですか」

「塔っていうかなんというか。子供の頃はなんだろこれって思ってたよ」


宗教施設という話だから人工物ではあるんだろうが、それは一見すると人が作ったもののようには見えない。植物のつるがいくつも絡み合ってひとつの大きな木のような形でそびえたっている。周りには何本か木が生えているが、なぜかどれも枯れており、まるでその巨大な植物のかたまりに栄養を吸い尽くされたようで気味が悪い。


ジャックと豆の木、という言葉がふと頭の中に浮かんだが、それが何だったかは思い出せなかった。


「これ、どうやって入るんです?」


カバンから鍵あけの魔法具を取り出し、みっちり詰まって壁のようになったつるの間に差し込む。複雑に絡まっていたつるは左右にわかれ、人ひとりがぎりぎり通れるぐらいの穴が開いた。どうやら中は空洞になっているらしい。


まずゲル子が中に入り、様子を伺う。手招きされて俺も続けて中に入った。


遺跡の中は壁も柱も複数の植物の茎が寄り集まってできているようで、光の加減なのかところどころうっすら維管束のようなものが透けて見える。場所によっては微細な毛状突起が生えていたり、べたべたした樹液のようなものが滲み出したりしている。植物たちが吐き出す水蒸気のせいか空気が湿っていて、草を踏み潰したような濃い緑の匂いがする。わずかではあるが腐った果実のような甘ったるい匂いも。外から見たよりも中が狭く感じたが、どうやら茎の壁によっていくつかの部屋に分かれているらしい。


「巨大な生物の腹の中みたいで気味が悪いな」


このまま緑の壁が俺を絡めとり、飲み込んでしまうのではないかという気にさせられる。


「ここで死んだら、植物の養分になるのかもしれませんねー」

「縁起でもないこと言うな」


ゲル子の頭にチョップを入れるとずぶりと手首までめり込んだ。軟体動物め……


「そういえば、母さんが薬草が採れるとかいってたが……」


これだけ緑だらけだと、どれがそうなのかも分からないな。ところどころ植物の壁に寄生していると思しき草や花があるんだが、見たこともないものが多くて毒なのか薬なのかよく分からない。そもそも、俺は薬草の知識があまりないからな。


「ゲル子、お前、植物に詳しかったりしないか?」


一応聞いてはみたが、ゲル子はふるふると首をふった後、申し訳なさそうにくんにゃりした。それほど期待してたわけじゃないから、申し訳なさそうにする必要はないんだけどな。


薬草を採りたくてもどれがそれか分からないし、これだけ草の量が多いからめぼしいものを片っ端から持っていこうと思ったらきりがない。いっそのこと狙いはアルラウネだけにして、さくっと蜜を持って帰るか。


遺跡の構造はよく分からないが、外から眺めた様子だと、おそらくこの遺跡は上へ上がっていくタイプの遺跡なんだろう。いつもの遺跡とかなり様子が違うから、階段があるのかどうかは分からないが……

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