第14話 食生活に難あり
「はぁ……」
朝食のウサギ肉の丸焼きにフォークを突き立てながら、俺はため息をついた。ウサギ肉は少し冷め始めているが、フォークで開いた穴からは肉汁がとろとろと流れ出てきている。俺はナイフの先でそれをぬぐうが、肉を撫でるだけで切り分けはしなかった。
『何だか憂鬱そうですね』
ゲル子は俺のものと同じように香ばしく焼いたウサギ肉を丸ごと体内に取り込んでいる。
「……飽きたんだよ」
俺がそういうと、ゲル子は驚いたように体を波打たせた。
『ひょっとしてそれは、倦怠期というものですか』
「何でそんな言葉を知ってんだ、お前は」
人間社会に関する知識は亀の魔物から教えてもらったものだというが、たまにゲル子は妙な知識を持っている。
俺はナイフで少し肉を切り、自分の分の食事を消化し終えたゲル子に差し出した。
「あーん」
そう言ってやると、ゲル子は嬉しそうに口(に見えるだけで、本当はスライムに口なんてないんだが)を開けて肉をほおばり、人の形をとると、頬に手をあてて恥ずかしそうに身をくねらせた。
「クルクさんに食べさせてもらうと美味しさもひとしおですね」
「お前、味は分からないんだろう」
「まあ、それはそうなんですけども。気持ちの問題です」
もう一切れ差し出してやると、美味そうに食いつくゲル子。その食いっぷりは、口を開けて餌をせがむ鳥の雛のようだ。
「お前は味覚がないから、食い物の好き嫌いってないんだよな」
「しいていえば、植物より肉のほうが栄養の効率がいいです」
遺跡に通うとともに、行き帰りに森で狩りをして食事を調達する。俺たちの毎日のサイクルは今のところ非常にうまく行っていた。出かけてばかりというわけにもいかないので5日1回ぐらいは休みを取り、武器の手入れをしたり家の中を片付けたりしているが、これといって生活に困るようなことはなかった。
俺は多少は素早いとはいえ狩人ではないから、この家を準備したときには毎日狩りをするような状況は想定しておらず、数日に1回は食料の買出しが必要になるだろうと思っていた。しかし、思いがけずゲル子という仲間を得たことにより、実際は食料調達がかなり楽になっている。森の中でのゲル子の狩り能力はかなり高く、今のところほぼ毎日なんらかの獲物を得ることに成功している。柔軟な体を使って気配を殺して獲物に近寄るのが得意なのだとは思うが、ひょっとしたら索敵能力も俺より優れているのかもしれない。
ゲル子のおかげで、俺は毎日肉を手に入れることができている。我が家には肉はふんだんにあるのだ。本当に、肉だけは……。
「毎日毎日、肉ばっかりじゃなあ……」
最初は少しばかり穀物の備蓄もあったのだが、すぐに尽きてしまった。その後はひたすら食事が肉ばかりだ。おまけに、俺は料理なんてほとんどしたことがないんで、焼いて塩を振るぐらいしかできない。まったく味に代わり映えがないので食べ続けていると飽きてしまう。
「おまえはいいよな。食にこだわりがなくて」
ゲル子にとっては食事は単なる栄養摂取なので、同じものを食い飽きるということはないらしい。食べ物のうまさが分からないというのは気の毒な気もするが、今に限っては「食い飽きない」というのはうらやましいことではある。
「好物もないってのはちょっとかわいそうだけどな」
「ありますよ、好きなもの」
そういってゲル子が俺に擦り寄ってくる。俺は近寄ってきたゲル子の顔に、もう一切れ肉を押し付けた。手元が狂って口ではなくほっぺたに押し付けてしまったが、肉は難なくほっぺたから取り込まれ、ゲル子の中に消えていった。
「あの白いのがいいです。栄養の効率がとてもよくて。もっとたくさん出るといいのですが」
そういわれて一瞬何のことか分からなかったが、ゲル子の期待するような表情からすぐに何なのか思い至り、俺は頭を抱えた。
「ゲル子、あれは飲み物じゃないぞ」
「クルクさんもお肉に飽きたなら、摂取してみては?」
「ばかいえ、自分のが飲めるか」
だからって、他人のはもっと嫌なんだがな。
なんだか要求されている気がしたので俺は朝っぱらからゲル子に『デザート』を与えることになった。満足そうに伸びているゲル子の横で、ズボンをはき終える俺。
「今日は、食料調達に出ようかな」
もちろん、狩りのことではない。どこかで肉以外のものを手に入れてくるという意味だ。幸いにして遺跡で手に入れた魔石がいくつかあるので、換金すれば当面の資金には困らないだろう。ゲル子が先日持って帰った『亀』の魔石は換金するものとは別にして、『羽』と一緒に部屋の中に飾ってある。
森の中でも多少は食べられる草はあるかもしれないが、俺はそういった知識はないし、手に入れられたとしてもごく少量だろう。やはり穀物や野菜を手に入れるためにはどこかで購入してくる必要がある。
「町に出るか、実家に行くか」
実家なら歩いてすぐ。町に移動するのは半日ぐらいかかるだろうが、店なども多いので手に入れたものを換金もできるしついでに武器などを調達することもできる。近くには食料を生産している農村もあるんだが、本当に田舎で店などはない場所なので、あえて行く必要性は感じない。
「とりあえずは実家でいいか」
今換金できるものは魔石がほとんどだし、金も少ないので町に行ってもたいしたものは買えない。たくさん買っても持ち運びに困るから、実家に行って分けてもらうだけでいいだろう。かわいい妹たちの顔も見たいし。そうだ、ついでに料理のレシピでもアマナに教えてもらうか。
「ゲル子、俺はちょっと出かけてくる」
「えー?!おいていくんですか?」
俺が声をかけるとゲル子が起き上がり、俺の足首にまとわりついた。
「ひとりはさみしいです」
そう言って体に『服』の模様を纏うゲル子。ついていく気のようだ。
「うーん」
俺はあらためてゲル子の姿を上から下まで眺めてみた。軽くウェーブのかかった髪は血のように赤く、不揃いに肩の辺りまで垂れている。やや長めの前髪が絡みつく頬は透けるように白く、長い睫と瞳の色は髪と同じ赤色だ。無理に作っているからかまだ表情には硬いところもあるが、人間のしぐさもうまく真似るようになっており、一見するとちょっとミステリアスな美少女に見える。
--------だが。
やっぱりまだどこか違和感があるんだよな。言動も人と違うところがあるし……
アマナは勘が鋭いほうだし、いきなり連れて行けば不審に思われるかもしれない。それでなくとも、実家に年頃の美少女を連れて行くというのはどう言い訳していいのか悩むところだ。一人暮らしをいいことに女の子と遊びほうけていると親に思われたくはない。
「やっぱり一人で行く」
「ええええええええええええ」
不満そうな声を漏らすゲル子。
「お前の説明をするの、面倒だし。バレるともっと面倒だし」
「むうう……」
ゲル子は体はいくらでも変形できるんだけど、体積は変えられないんだよな。こっそり連れて行く手も考えたが、ポケットに入るわけじゃないからどうやって連れて行くかは悩ましい。かばんや袋に入れるとしてもかなり大きいものになってしまう。実家にそんなものを持ち込んだら間違いなく何を持ってきたのか追及されるだろう。
「まあ、家まではだめだが、途中まではついてきてもいいぞ。うちの家族に見られないようにな」
ゲル子はしばらく粘っていたが、最終的にはしぶしぶうなずいた。




