第13話 帰還
少し時間が空きました。申し訳ありません。
俺が座り込んでいたのは冷たくざらざらした石の床だった。念の為、近くの部屋をいくつか見て回ったがマンドラゴラのいた森は見当たらなかった。
「遺跡の構造が入れ替わったのか?」
「そうですね」
どうもそういうことらしい。見渡す限り続く石壁は隙間にところどころ苔が詰まり、湿ったような匂いがする。
「今どの辺なんだろうな」
「遺跡が変化するときは、本来魔物は適切なフロアに転送され再配置されるのですが……」
俺と手をつないでいたからなのかもしれないが、ゲル子は今俺のそばにいる。遺跡で暮らしていたときのような『再配置』がされたようには感じなかったという。
「遺跡から一度出たから、遺跡の魔物たちとは扱いが別だってことか?」
「遺跡からの魔力の供給も絶えていますから、そうなのかもしれませんね」
構造変化の際に遺跡への侵入者はどうなるのかと聞いてみたが、それはゲル子も知らないとのことだった。これについては後で親父か爺さんにでも聞いてみたほうがいいかもしれないな。
「これからどうしましょうか?」
「とりあえず疲れたから、戻って休みたい」
ゲル子が同意したので、俺たちは戻りの階段を探すことにした。
遺跡の中はかなり構造が変化してしまったようで、昨日来るときに書きつけた地図はまったく役に立たなくなっていた。ただ、まるっきり何もかもが別物というわけではなくて、途中で見覚えのある部屋もいくつか見かけた。どうもパズルのように部屋や道が入れ替わってしまっているようだ。
魔物は途中で何回か出たが、幸いにして強さは今までとあまり差がないようだった。
「あの丸っこい飛んでるやつは、強いのか?」
毛玉に蝙蝠の羽が生えたようなものを指差す俺。
『強くはないですが、人が噛まれると病気になることもあるようです』
「ふーん、見た目はかわいいのに、厄介なんだな」
そういうと、ゲル子が俺のほうをじーーっと見てくる。
『……あれ、かわいいですか?』
「まあ、丸っこいしかわいいと思うけど」
『スライムとどっちがかわいいですか?』
「いや、スライムは別にかわいくないが……」
俺の言葉にゲル子は一瞬くんにゃりしたが、背中の辺りをブシュッッと逆立てて魔物に向き直った。槍のように体を尖らせ、次々と毛玉に踊りかかっては串刺しにしていく。俺も後ろから投げナイフで援護したが、ほとんど手伝いが要らないぐらいだった。あっという間に毛玉は茶色いマーブル模様の石を残して消えてしまった。
『かわいくなくても、スライムのほうがお役に立ちますよ』
そういってぴんと背筋(?)を伸ばすゲル子。お前はいったい何に対抗しているのか。
あまり敵に苦戦しなかったこともあって、地上に戻るまでの間にゲル子から少し亀の魔物の話を聞いた。
亀の魔物は他の遺跡で生まれた突然変異だったこと。
外の世界に興味を持ち、遺跡から出たこと。
持ち前の頑丈さを武器に、泥をすすり草をかじりながら各地を旅したこと。
そして、孤独を知ったこと。
人の社会に興味を持ち、こっそり村などに侵入していたこと。
人の家の軒下で、家族の会話や子供を寝かしつける声を聞くのが楽しみだったこと。
だから、人間の話すおとぎ話などをたくさん知っていたこと。
寿命が近いのを感じたときに、話し相手を求めて近くの遺跡に入ったこと。
そこで偶然ゲル子と出会い、仲良くなったこと。
ゲル子のもらった『妖精の羽』は、亀が昔話してくれたおとぎ話に出てきたものらしい。本当に妖精のものなのかどうかはわからないが、少なくとも亀はそう信じていたということだ。
『妖精の羽は幸運のしるしなんです。亀が言うには、湖のほとりで拾ったんだそうです』
「じゃあ、本当に妖精のものかどうかは分からないんだな」
『こうしてクルクさんに会えましたから。きっと本物ですよ』
そういってゲル子は嬉しそうに体を震わせた。
俺たちがいたのは、階層の深さとしてはもともといた場所と同じぐらいの場所だったらしい。帰り道が分からないのでそれなりに時間はかかったが、これといったトラブルもなく地上に出ることができた。家にたどり着くと、ほっとしたせいか体が重く感じられて、俺はろくに食事もしないままベッドに突っ伏してしまった。




