第12話 ゲル子の羽
マンドラゴラから逃げるうちに、俺たちは森を抜けて上り階段のある部屋の前に来ていた。
「厄介な相手だったな」
マンドラゴラの叫びはかなり鬱陶しい。倒す前に俺がストレスでどうにかなりそうだ。今後見たらなるべく避けて逃げることにしたい。
「これは上に戻る階段だな。いい時間だから今日はもう帰るとするか」
「………はい」
階段を五、六段上ったところでゲル子の様子がおかしいことに気付くいた。いつもならぴったりくっついて移動するはずのゲル子の足取りが鈍い。森のほうを気にするようにちらちら後ろを振り向いている。
俺はこの階に降りてすぐゲル子がいつになく興奮していたのを思い出した。
「ゲル子、ひょっとしてこの階になんかあるのか?」
「いえ、特別なものがあるわけではないんですが」
そう言ってはいるが、やっぱり森のほうを気にしてるな。
「何か思ってることがあれば遠慮せずいえよ」
「ものすごーく個人的なことなんですけど」
そう前置きしてから、ゲル子が話し出す。
「実はあの森にわたしのとっても大事なものがあるんですよ」
「大事なものってなんだ?」
「これぐらいの、涙型で薄いものなんですけど」
そう言ってゲル子は自分の体で見本を作ってみせた。手の平ぐらいのサイズで、葉っぱのように平べったい形をしているようだ。
「それが欲しいのか?」
「………はい、できれば」
「よし、じゃあ行くぞ」
俺が階段を飛び降りるとゲル子が目を丸くする。
「でも、マンドラゴラがいますよ」
「知ってるよ」
まあ、マンドラゴラは嫌なんだけどな。でも、魔物が嫌だからって欲しいものをとりにいけないんじゃ、遺跡にもぐってる意味がないだろ。宝を得るためにわざわざ危険な場所に来てるわけだからな。
俺はゲル子から詳しい情報を聞き出した。どうやら、その『大事なもの』とやらはゲル子が昔森に隠したものらしい。森に生えている木のうろに入れてあるということだった。ドラゴンが自分の巣に宝を隠すというのは聞いたことがあるが、スライムがそういう行動をするってのは初めて聞いたな。
「どの辺にあるか、見当はついてるのか?」
「たぶん、森の真ん中あたりの木だったと思うんですけど……」
おいおい、大丈夫かよ。木なんてそこら中に生えてるんだぞ。
案の定、俺たちの捜索は困難を極めた。森の中は当然のことだが木でいっぱいだった。ゲル子から木の特徴を聞いたが、似たような木がいっぱいあってどれが目的の木なのかよく分からない。仕方ないのでぐるっと木のまわりを一周してうろがあるかどうかを確認しているが、森全体で一体何本の木があるのか考えるだけでうんざりしてしまう。
「だいたいどの辺って目星はついているのか」
「この周囲にはあると思うんです。懐かしい感じがありますので」
ゲル子がそういうので、また地道に1本1本確認する作業を繰り返す。
「お、これか?」
木のうろの中に何かある度に取り出してみてはいるが、入っているのは普通の小石だったりして……これは違うよな、たぶん。一応ゲル子に見せてみるが、残念そうに首を振られてしまう。
途中で何度かマンドラゴラと遭遇したが幸いにして数が少なかったので叫ばれる前に魔石に変えてやった。単体ならたいして強くはない。
汗だくになりながら何百本も木を確認して、そのうちいくつかはうろがあったので手を突っ込んで……気がつけば相当な時間が経っていた。
「かなり時間がたったな」
「今日はもうあきらめましょうか」
口ではそう言いながらも名残惜しそうだな。
しかし、もう何本確認しただろうか。森の3分の1ぐらいは見てまわってるんじゃないだろうか。腹が減った。動きまわっているから脚も疲れてきた。
「今日中に帰れなくなっちゃいますよ」
「それなら明日帰ればいいよ」
「でも……」
「遺跡は形を変えるから、遺跡の中のどこかには常にこの森があるのかもしれないが、またうまくここに来れるのはいつになるか分からない。今チャンスがあるなら、探しておいた方がいいだろ」
「わたしのわがままで……すみません」
「いや、中途半端なのは俺も気持ち悪いからな」
俺は鞄を開いて、中に入っていた非常食を取り出した。ゲル子に干し肉をやり、俺は乾パンを齧る。量は少ないが腹にものを入れたら少し元気が出てきた。食事を口に入れながらも、森を歩く足は止めない。
それからどれぐらい探しただろうか。へとへとに疲れ切った頃、俺は木のうろのなかできらりと光るものを見つけた。中にたまった枯れ葉や土を払って取り出し、ゲル子に見せてみる。
「ああ、これです!これです!」
それは確かに透明の平べったい何かだった。ただ透明なだけではなく光を乱反射しているのかキラキラ輝いて宝石のようにも見える。綺麗だな、と率直な感想を言うとゲル子が嬉しそうにうなずいた。
「それ、何なんだ?」
「これは妖精の羽です。そう言ってました」
妖精か。どこかにはそういうものもいるらしいな。おとぎ話や昔話ではたくさん出てくるんだが、人のいる場所には出てこないらしいから俺はまだ会ったことがない。
「これ、わたしの古い知り合いにもらったんです」
遺跡内に知り合いなんていたのか。まあ、長いこと棲んでたならいてもおかしくはないな。
「なんで持ち歩いていなかったんだ?」
そういうとゲル子は俺が『羽』を取り出したうろに自分も手を突っ込んだ。ゲル子が取り出したものはこぶしぐらいの大きな水色の石。
「…………魔石か」
「わたしの、知り合いです」
ここで消えちゃったんですよね、と石を見つめながらつぶやくゲル子。ここは墓なのかと聞いたら、そんな感じのものですねと返ってきた。
「わたし、もうこの遺跡にいませんから。一緒に連れてってあげようと思うんです」
いいですかね?と俺の顔をのぞきこんで来るので、当たり前だろって言いながら撫でてやったら嬉しそうに体を揺らしていた。
目的を果たしたら急にどっと疲れが出たので、俺たちはその辺の草の上に座り込んで休憩することにした。ゲル子はあまり疲れているようには見えないんだが、さっき手に入れた『妖精の羽?』だかなんだかをじっと見ていた。休んでいる間、それの前の持ち主のことを聞いてみたが、亀の魔物だったんだそうだ。物知りで、ゲル子に外の世界の知識を与えたのもその亀だとか。
話をしている間に、尻のあたりに地響きのような振動が伝わってくるのを感じた。振動はだんだん大きくなり、そのうち疲れ切った俺の足をがたがた揺らし始めた。
「………なんか揺れてる気がするぞ」
「そろそろ、遺跡が変化しますので」
そうか、遺跡の部屋が入れ替わるのか。
そういえば俺はまだ遺跡の中で日をまたいだことはないな。俺が遺跡にいる間に部屋の構造が変わってしまったらどうなるんだろう。壁に閉じ込められて出られなくなったりする可能性もあるのだろうか。
振動はだんだん大きくなり、地面が波打つようにぐわんぐわん揺れ始めた。
「これ、大丈夫なのかよ?!」
ゲル子が手を伸ばしてきたので、その手を握る。その瞬間、頭がくらっとして一瞬意識が途切れた。
気がついたら森はなくなっていて、俺は石畳の上にいた。周りの壁も石造りでどこにも木などなかった。




