4 朝議(前編)
「本日の議題は昨日に引き続き、国民の不穏な動きについてです」
声が響くように作られている議会の間に、生気の欠けた声が弱弱しく響く。
部屋の中央にある円卓には、繻子や絹、ビロードをふんだんに使った豪華な衣装を着た者達が集まっていた。
椅子に恰幅のいい体を窮屈そうにいれている者、また羸痩した体を椅子に預ける者など、すべての席が埋まっている。
ここ最近、朝議には多くの参加者がいる。平時にはなにかと理由をつけて欠席していた者すら顔を出していた。
着席している人々は、褐色の肌、白い肌、黒い肌。色様々な瞳に、髪の色と、人種的特徴に統一がみられない。
しかし、皆一様に何かに怯えているような、あるいは腹の虫がおさまらないといった感情を発している。
一段高い王座に座るリアトリスは、円卓に集う者をすべて見ることができる。円卓は篭もったような色が纏わりつき、暗い未来が近くにあるように見えた。
「最初に視察隊長を務めたガクラ殿より、現状報告があります」
その言葉に、ざわめきが起こる。
この部屋に集う者達にとって、今縋れる希望的存在が久々に王宮に戻ってきたのだ。安堵した表情を浮かべるものすらいた。
この空気は、リアトリスにとって侮蔑すら感じる。
――ガクラ殿は優秀な方と聞いているが、一番若い者を頼りするとは、この方々も地に落ちたな。
やがて部屋の扉が開かれ、一人の男が入ってきた。
歳はリアトリスより4つ上の28だと聞いている。無駄なく鍛えられ引き締まった体躯。容貌は、彫が深く、削ぎ落としたような鋭利な印象を受ける。
硬質的な黒い長髪を、後ろできっちり結んでおり、切れ長の黒い瞳は、会場を静かに睥睨している。
偉丈夫であると同時に思慮深いこの男ガクラを、祖父ガイジェルは目を掛けている。
その為、今のところ祖父が決めたリアトリスの婚約者であるが、当人達は意に介していない。
だが、リアトリスはガクラの事で一つだけ知りたい事があった。
これからの朝議でもおそらく関わってくる彼の一族の事……
――何故、ガクラ殿は王宮に留まり、祖父達に力を貸すのかしら?
リアトリスに向かって歩き出したガクラを見詰める。
頑丈な長靴を履き、長袍とズボンを身に纏う彼は、とても雄々しく静かな誇りすら感じる。デンス高原の中腹より北部にいる遊牧民。その代表的な衣装だと聞いている。
リアトリスが生まれるずっと前。
かつてこの議会の間に集まる大部分の人間が着ていた長袍とズボン。
優れた馬術で草原を駆け抜け、剣や弓を操り集団戦を得意とした戦闘民族。威信戦争の頃から傭兵として活躍したとされる。
しかし、平和な時代が到来すると仕事がなくなり、収入源として商人や旅人から強奪を繰り返すようになっていった。
周辺各国が討伐しようとしたが、人質をとり、あるいは巧みな集団戦を展開し、討伐隊を退けていた。
20年前、アゼリア国に大挙して押しかけた彼らは、武力をちらつかせ、皇太子のイリオスと長の娘アネモネの結婚を強引に結ばせた。
そのあたりの事情は、ガイジェルにくどいほど聞かされている。しかし、どれほど熱く“崇高なる理由”を聞かされても、リアトリスの心は醒めるばかりだった。
そして、ガイジェルの求めた結果が、この状況につながったと思うほど滑稽だった。かつて極悪非道の化身として恐れられていたとは……今の姿から想像出来ない。
もっとも、ガクラはここに集う元戦闘遊牧民とは違い、放牧を生業にする一族出である。
本来なら王宮ではなく、北の大地を駆け巡るのが似合う人間なのだろう。ガクラの父は幾つもの家族を指揮する長であり。彼は、跡取りである長男だと聞いた事がある。
かといって、ここに集う者達のように権力を求めている様子もない。リアトリスの婚約者とはいえ、他にも候補はいる。己の地位を盤石にする為にリアトリスやガイジェルに媚を売るような事もない。
王宮でガクラを見掛ける際、リアトリス並みに無表情で堅苦しいが、愛馬と共に駆け抜ける彼は、いつもより生き生きした表情を浮かべる。その様子をリアトリスは何度か目撃した。
“駿馬を手にし、家族を守る事ができるのなら、遊牧民の男にとって、最高の名誉だ”それを誰に聞いたかリアトリスは忘れてしまったが、ガクラはどうもこのたぐいである。
才能ある若者を取り込もうと、金や美しい女を宛がおうとしたガイジェルの取り巻きもいたが、見向きもしなかった。
ガイジェルは王宮にいる者とは一線を画して、必要以上関わりを持とうとしない。
権力が目的で王宮に留まろうとするのなら、リアトリスにも分かりやすかったが、ガクラの逗留目的がよく解らない。
それが、本来自分の属する一族から快く思われていない行為ならなおの事。
リアトリスが漠然と考えている間に、ガクラは集まる視線をものともせず、悠然と王座の前に立って一礼をした。
「拝顔の栄に浴し、恐悦至極に存じます」
低く張りある声が、室内の騒がしさを押し退け、リアトリスまではっきり届く。
「お久しぶりでございます。ガクラ殿」
いつも通り最低限の会話で済ませるリアトリス。
王座の横に立っていたガイジェルは、これ以上会話が進まない事をしってか、ガクラに話しかける
「ガクラ。長い視察ご苦労だった。今日はゆっくりと疲れを癒せ」
「有難うございます」
ここ3月ばかり、王都やその周囲で起きている事件を調査する為に、ガクラは王宮を離れていた。どうやらガイジェルが労いの言葉を掛けるほど、奔走していたようだ。
「して、現状は」
「ここ数ヶ月で、目に見えて王都に出入りする人々が増えています。それと同時に大規模な集会も開かれており、取り締まろうとするものと小競り合いが多発しています」
「対策は、役人どもは何をしている。怪我人や逮捕者も出ていると聞くぞ!」
巨漢を真紅のビロードで包んだ男が叫ぶ。どうやら汗が止まらないらしく、首の周りの布が黒紅になっている。
しかし、そんな男の喚き声を流し、ガクラは淡々と報告を続ける。
「集会の主催者達は、陛下に苦境を伝えに行こうという呼びかけをしています」
その話はとっくにリアトリスの耳にも入ってきている。
ここ十数年間、国の税金や権力を好き勝手に使ってきた者達により、国民の不満はつのる一方だった。ガイジェルも同胞達の欲を抑え込もうとするが、一度緩んでしまった規律を中々立て直せずにいる。
「アゼリアの役人は、抗議をしようと訴える集会が起きても、捕縛することはできない」
それは武力で物事を押し通してきた面々には、納得できない話のようだ。なぜ役人の動きが悪いんだという不満の声が聞こえてくる。
アゼリアでは、建国の背景にもなった”暴力”を、今な忌避すべきことと位置付けている。役人にとってもそれは同じだ。
だが、最近集会で暴力を煽る人間がいるらしい。けが人や牢に入れられる人間が増えているという。
「理由がないだと……あるではないか、国民が王都に集結している。それと同時に暴力沙汰まで増えているではないか。おそらくリアトリス様や我らに仇をなすつもりだ」
悲鳴にも近い声が、ガクラに詰問する。おそらくここに集まる元遊牧民達の声を代弁していたはずだ。
――恨まれる事を平気で国民に強いていたのに、いまさらなぜ怯えるの。
あまりにも情けない同胞の言葉に、隣にたたずむガイジェルの瞳は、更に冷たさを増したようだ。まるで怒りを凍らせたようだと、さりげなくリアトリスは観察していた。
しかし、不満をぶつけられてもガクラは変わらなかった。
「それも可能性の一つと考えていた方がいいでしょう。それと……」
「何を冷静に」
「よせブルク」
いまにもガクラに掴みかからんとする男に、ガイジェルが静止をかける。
「何か気になることがあるのか」
ガイジェルは怒る男をいなし、ガクラに問う。
「最近流血沙汰が増えているのは確かです。しかし、それはどうも故意を感じる。まるで役人を動かす為にわざと目立つ暴れ方をする」
ガイジェルの眉間の皺が深くなる。暴力を促している存在があるという事に、気がかりがつのるからだろう。
「それと、最近その暴れ出す者を、国民も見張っているようです。3日前の集会で酔漢が乱入してきましたが、周囲の人間がとりおさえ、駆けつけた役人に引き渡していました。暴力事件が増えているのも確かですが、それを止めようとする動きも増えています。そんな動きが出来るのは、だれか指示する人物が……指導者が現れたのかもしれません」
その言葉に、リアトリスの心は大きく震えた。その衝撃を抑えきれず、早まる鼓動を抑えるように、思わず胸に手を当てた。
――指導者が……
そんなリアトリスの動揺を、正面にいたガクラは察したのだろう、視線を強く絡めてきた。
まるで、何かを図るように、観察する目で。
意思を持って真っ向から見つめてくる視線を、リアトリスは振りほどけなかった。




