5 朝議(後編)
何かを探ろうとするガクラの視線は、今までに感じたことがない熱を帯びているようだった。
挑発されているわけではない。ただ、ガクラ自身が持つ熱量をさらす事で、無関心を続けるリアトリスの内側をあぶり出そうとしているように思えた。
だが、リアトリスは己の内側を凍らせることで、熱を遮断することを選んだ。動揺した心を抑え、いつも通り無関心に戻る。ガクラの視線に臆したと思われないよう、視線はそらさない。自分の感情をこれ以上悟らせないように……
どれほど見つめあったか解らなかったが、先に諦めたのはガクラだった。しばし目を閉じてから再びリアトリスを見つめてきたが、凪いだ水面のように感情を消した。
視線の呪縛から切り離されたとたん、意識が周りの状況においつく。議会の間は、先ほど“指導者が出てきた可能性がある”という発言にいろめきたったままだった。
そのざわめきを無視し、ガクラは何事もなかったように発言を続けだした。
「話の続きですが、最近城の取り囲みが少なくなっていると報告がある。それは城の警備理由として、追い払ったり投獄したのもあるが、深読みをすると誰かが無用な逮捕者を出さないよう止めているのかもしれない」
3年前ぐらいから毎日のように陳情にあらわれていた人々の数が減った。ガクラが言ったように城まで来た者は、警備理由や反逆者として取り締まった。
その結果、市民が自分たちの力を恐れて減ったのだと喜ぶ者もいたが、それでも最近の静寂は不気味なのだろう。
その時、ガクラの懸念を嗤う者がいた。先ほどガイジェルに止められたブルクだ。
「指導者がどうした。そんなもの、恐れる必要がどこにある! 逆らうものあれば、力でねじ伏せる。それが我々の流儀だ」
その言葉に鼓舞されてか、賛同する声があがる。
「そうだ、王に楯突くものは容赦なく捕まえろ。調子に乗る前に、我々の力思い知らせてやる!」
「また同胞達と馬でこの地を踏み抜くのも一興じゃ!」
大きな腹をゆすり、笑いあう者達。ガクラやガイジェルの醒めた視線すら気づいていない。無論、内心ではリアトリスも馬鹿にしていた。
――圧政や力でどうにかなると本気で思っているなんて、本当に愚かだ。
過去、アゼリアを手中に収めたように、今回も上手くいくと思っている面々。そんな物騒な空気の中、制止の声が上がる。
「甘いですな」
リアトリスから一番離れた席に座る老人が、冷静に指摘していく。
「もし、多くの国民を従える指導者がいるのなら、力でいくら押し通そうとしても国民からの反発が起きよう。そんな状況で、確実には押さえられる保証はない。それこそ、綿密な聞き込みをして、指導者を割り出してからの制圧なら有効じゃが、無暗に攻撃して国民を巻き込むと自分たちの首を絞めますぞ」
白髪の老人は、草色の瞳で周囲を睥睨した。決して声を荒げていないのに、皆が有無を言えない。
「百歩譲って、武力行使で指導者殺害を成功させたとしても、国民を巻き込むと今度は事態解決の為、他国が介入する口実になってしまう。いくら戦闘遊牧民であるそなた達が力を尽くしても、他国から一斉攻撃を受けたら太刀打ちできまい」
正論である。ガイジェルとは違うが、この老人もまた“言葉”で他を従える力がある。
先ほどまでの殺伐とした空気を一掃したこの人物は、リアトリスを含め3代の王に仕えている。前イリオス王が王宮を去って、戦闘遊牧民達に議会の権力を奪われていく中、この老人ヘリオスはずっと踏みとどまっている。
もっとも祖父ガイジェルは、政治に明るくない。アゼリアの政治を補う為にも必要不可欠な男である。
「ガクラといい、貴様といいよくも緊急時に冷静だな」
今度は、凝った刺繍が幾重にも施されている上着を着た痩身の男がわめきだす。
「投獄した者達の尋問を進めろ。指導者の話はあくまで可能性だろう! なら国民にそれらしい人物の情報を持ってきたら報奨金を出すように布告しろ。そうすれば情報も更に集まるだろうよ」
彼の言葉に同意するものが続々と続く。
「そうだ、たとえ指導者がいるのならそいつさえ潰せば、今度こそ国民達は抵抗をやめて大人しくするしかあるまい」
「危険な芽を潰さなくては」
同意する声と、拍手が起こる。
「陛下、今すぐ王都やその周辺地域に指導者らしき者がいないか情報を集める命令を。そして同時に討伐のために軍の編成と、許可を」
自分の案をなんとしても通そうと躍起になっている。
まだ直接国民から攻撃されてもいないのに、ここまで慌てる人々。どれだけ自分達が情けないか気づいていないようだ。その光景を見て、リアトリスは滑稽と思っていたが、徐徐に虚しさが募ってくる。
――父上がこの光景を見たら、どう思ったのかしら。こんな惰弱な者達に、アゼリアを好きにさせてしまった事を。私に王位を譲ってしまった事を。
すっかり王宮での贅沢に慣れきった者達には、国民の少しの動きでさえ恐怖を感じるようだ。
ヘリオスがした忠告を無視し、好き勝手言う人々をどうするか。リアトリスは側にいるガイジェルに視線を向けた。
「頭を冷やせドーク。それに同胞よ」
ガイジェルの堂々とした声が響く。ヘリオスにつっかかった男を見据えて、なだめはじめた。
「ヘリオス殿の言う通りだ。下手に国民を武力で抑えつけると、他国に利用される恐れがある。まして今我々が準備もなしに軍を送っても、先が知れている」
だが、戦闘遊牧民の首領であるガイジェルの言葉にさえ、納得できないと声が上がる。
「我らが仲間を呼び寄せて一気に力を投入すれば、他国が出しゃばる前にかたがつく」
現在この王宮には多くの戦闘遊牧民がいる。しかし、王都や周辺の村をどうにか出来るほどの兵力はそろっていない。
そもそも、以前アゼリアに干渉して来た際の騎馬数は、急には揃えられない。集まるには時間がかかる。
自身満々に言い切る男に、今度はガクラが否定した。
「今回ガイジェル殿の使いで、デンス高原にいる家族に会いに行きましたが、私の父エイデルをはじめ、5つの一族が撤退すると言伝を預かってきました」
その報告に引きつる面々、声も出ないのか議会の間が静寂に包まれた。
だが、ガイジェルだけは予測していたのだろう、渋い顔をするだけだった。
ガクラの父エイデルは、複数の家族をまとめる長でもある。今アゼリアにいすわる戦闘遊牧民とは違う。草地を求めて、移動しながら放牧する民。
その彼が降り、他の協力部族も降りると言ったことで、どれほどの戦力低下に繋がるか。リアトリスには想像がつかなかったが、この空気からして相当なものだろう。
リアトリスにとって、本日2つ目の朗報ではあるが、この戦力を頼っていた者達には凶報だった。
「裏切ったな、エイデルっ」
怨嗟にみちた声が上がる。しかし、ガクラは父親たちを非難する面々に向かって、切り捨てた。
「父は、同盟の義理は果たした」
リアトリスからは振り返ってしまったガクラの表情は窺えなかったが、非難し始めた声が止まった。
「同盟が成立したことによって、たしかにアゼリア国への出入りは自由になった。しかし、それにより他国の門は閉じた。父は後々大きな代償があると解っていながら、この話を受けた」
彼らがいう“同盟”とは、今から28年前に結ばれた。そして、これがアゼリアの歴史を動かす事件に繋がった。
遊牧民達がアゼリアに進行した年。北デンス高原を大寒波が襲った。放牧を生業としていた遊牧民達は、財産である多くの牧畜をなくすだけでなく、人命も次々に奪われた。
他国に救助を求めたが、彼らを助ける国はなかった。皆自国で精一杯か、遠すぎた。勿論アゼリアも大寒波の為、自国民の救済で余力はなかったと聞く。
そんな折、戦闘遊牧民の長だったガイジェルが声を掛けた。アゼリアと“同盟”を結ぶのに参加してくれたら、アゼリアの入国と財を分けると。
ガクラの父や他の一族も、この話に参加する決心をした……それほど事態は酷かったらしい。
結局、普段は大人しい放牧の民を味方につけ、ガイジェル達はアゼリアに踏みこんできた。
そして、力による脅しでアゼリアに遊牧民を支援する同盟を結ばせた。
遊牧民達にしてみれば、生きる為にアゼリアに押し入って“同盟”を締結させたが、他国からしてみれば立派な侵略行為に見えた。
それからというもの、短期的に放牧遊牧民達は助かったが、対価として他国との交易が閉じられた。そして国境付近の取り締まりが厳しくなり、他国に近づくことすら出来ないと聞く。
「貴殿らも、この同盟に利益だけがあると思ってはいなかったはずだ」
厳しい声で問われるが、ガクラの言葉に誰も言い返せないでいる。
「エイデルは、他に何か言っていなかったか」
この事態になっても……この事態になったからこそ、ガイジェルは冷静に対応しているようだ。眉間の皺は深いままだが、声を荒げることなく話を促す。
「北のエレト山脈に向かうと」
放牧の関係上、多くの家族がその場に留まる事ができない。そして他の一族と距離が重ならないように移動しなければならない。
現在他国からの制裁で、草原の移動が制約されてしまった。遊牧民を続けるのであれば、新しい餌場を見つけなければならない。
無論定住を勧める声もあったが、同盟国であるアゼリアも、彼らにとっては安寧の土地ではない。人との付き合いもあるが、今までの生活を変えることが出来ないと。
エレト山脈から流れる寒さの恐怖をなにより解っているが、それでも不毛の土地へ足を向ける。おそらく短い夏の間、まだ牧草が取れかもしれない北に向かうという父達を見て、ガクラの心中は穏やかでなかったはずだ。
「お前は、父の後を追うのか」
ガイジェルの問いに、ガクラは王座のほうに向き直った。置物のように座っているリアトリスを見つめ、頭を下げた。
「陛下の御心のままに」
――そう。ガクラ殿の心が分からない。
アゼリアに対する後ろめたい感情があるのかもしれない。だが大切な家族達と離れてもなお、この王宮に留まる理由。
結局、朝議は不安をより一層強めただけで終わりを向かえた。




