2 アゼリア
アゼリア国が誕生した背景には、多くの犠牲と、都合良く美化された思惑がある。それがリアトリスの感想である。
父イリオス王は、子供だったリアトリスに建国史を自ら説いてくれた。その際、イリオスの考えは一切語らず、リアトリスの反応を見ていた。
リアトリス達が住むこの大陸は、よく“右手の大陸”と呼ぶほど形や国の位置が似ている。
アゼリア国が誕生する以前、この大陸では、土地を巡る争いが頻発していた。
それというのも、右手の人差し指・中指・薬指部分にあたる北部は、高い山々が連なるエレト山脈があり、ここで生まれた強い冷気が中指の下から真っすぐ伸びるデンス高原に流れ込む。
この高原は、水源が豊富な肥沃な土地であり、昔から農耕・放牧が盛んな場所であった。 しかし、エレト山脈に近い北のあたりは、度々冷気に負けて作物が枯れ、飢饉が起きた。
その為、人々はより暖かく条件のいい南や、東西に向かって移動し、先住民との争いが起きたとされている。
やがて動乱の中、アイン・ルネ・ガリレ・ブレーズという、現在も続く4国が台頭してくる。
4国はそれぞれ、利益関係を求めて同盟を結ぶ。そして、ここから争いは更に激化していく。
のちに“威信戦争”と呼ばれる、デンス高原の権利を賭けたガリレとアインの戦争は、同盟国を巻き込んだ大規模なものに進展する。
デンス高原を挟んで”右側の手のひらガリレ”と”左側の手のひらアイン”には、この土地は押さえたい場所であった。
当初“威信戦争”は、土地の利権を掛けた戦争だったが、長期化するにつれそれだけでは納まらなくなっていった。
それは、溢れだす憎悪なのか、積もってゆく悲哀だったのか……
長すぎる戦に、互いに多くのものを失っていく。その先にあったのは、復讐の連鎖だった。
4国とも戦争により国力は落ち、満身創痍になっても戦争が止まらない。戦場は混迷し、指揮系統は乱れていく。
やがて草原を両軍の血で染め、散った同胞の遺体も回収できないほど疲労した状況になっていく。
そんな絶望しかない時、一人の男が現れた。
男は戦場になった場所に現れ、傷ついたものを保護し、あるいは民族が違っても平等に墓を作って弔いだした。
男を見た兵士達は、当初こそ奇妙な目で見ていたが、自分の仲間を助ける姿を見て、少しずつではあるが手伝いを申し入れる。
もはや国同士で解決出来ない争いの中、男の行動は何かの力になると思ったのかもしれない。
徐徐に男の周りには多くの人たちが集まりだした。兵士は勿論、親しい人を殺された者、祖国を滅ぼされた者、様々な事情を抱えた人達。そんな不幸で繋がった人達が、彼に縋ってくる。
やがて、男は決意する。このままでは駄目だと……そして、集まった人達を連れ、各国の王に謁見を申し入れた。だが、男は変人扱いでなかなか王様に会えない。
最初は王宮の門前で、けんもほろろに追いかいされ、敵国の手先だと迫害も受けた。
しかし、男はあきらめるどころか、熱心に王宮に通い続け、戦の悲劇や無益さを説く。
力による解決の無意味さを説く男は、どんなに理不尽な仕打ちを受けても、決して手を出さなかった。
しばらくすると、遠巻きにしていた市民や一部貴族達が、一人一人と男に同調していった。
集まった人達は、男にならい決して喧嘩をせず、ただ男の後ろで佇む。やがて人の群れは城を軽く囲めるほど膨れ上がる。
そんな無言の圧力もあってか、王との謁見がゆるされた。男は自分が見てきたものを語った。国民が疲弊している事、戦争で蔓延している憎しみの連鎖、やりきれない悲しみ……そして、それを乗り越えたいと思っている人々の存在を。
男の真摯な言葉に心動かされたアインの王は、兵を退却するよう命じた。それを皮切りに、男はガリレ・ルネ・ブレーズと説得していく。とうとう人々の支援を受け、男は4カ国の王に戦争の休戦を約束させ、大陸に平和がやってきた。
この偉業を成しえた男の名前は、スタビアエという。
のちに戦争を終わらせた功労者として、小さな国を貰った。それがアゼリアであり、初代王の話になる。
初代スタビアエは、各国の了承を得て、デンス高原で一番戦争が激しかった地区に国を作った。アゼリアは高原の中腹。ちょうど右手の真ん中に、インクの染みを落としたぐらいの小国だ。
やがてアゼリアは、アインとガリレを結ぶ交易路の中心になり、大陸を横断する要の地点になっていく。
そして停戦10周年目の際、右手の小指にあたるブレーズ国から、記念として紅玉が贈られる。これが“アゼリアの赤”であった。
初代は宝石の赤に、この地で流された血の色を思い出し、忘れてはいけない過去の象徴にした。のちに初代の息子が王位を受け継ぐ際、この宝石を“王位継承の証し”とした。
そしてその伝統は、リアトリスの代まで受け継がれてきた。
アゼリア建国からおよそ300年。それ以来戦争は起きていない。
――初代スタビアエは、結果的に立ち回りが上手く、国と地位を手に入れた。各国は、“英雄的存在”を作って、戦争終結の理由にした。
ふと思うのは、優しかった父はどう考えていたのか。
リアトリスの脳裏に横切る父。太陽の光を受けて輝く金混じりの茶髪、深い緑の目は、いつも慈愛に満ちていた。記憶の中で風化もしないで残っている父は、今の彼女と同じ答えだったのか……
無論、この話を聞いた当初は、リアトリスとて感銘を受けた。
幼い彼女には、自己犠牲を厭わず、民の代表として戦争を止めた初代を尊敬していた。
しかし、大人になるにつれ、その歴史背景が見えてくると、少しの嫌悪と納得の感情で終った。
そもそも長すぎる戦争は、各国とて望んでいた。
戦争時、大国ガリレとアインはお互いの力が拮抗していた事に焦っていた。少しでも力をあげようと、それぞれ同盟を結ぶが効果がなかった。
ガリレは“右手の親指”ルネと同盟を結んでいた。しかし、ルネは元々海の民で、陸上戦は苦手としていた。その為、資金や物資を支援していたが、みるみる予算が圧迫する。
ルネは長すぎる戦にお金を掛けるより、造船や港開港に力を入れたいと考えていた。
そして、アインと同盟を結んでいた“右手の小指”ブレーズも、戦争は迷惑以外の何者でもなかった。
ブレーズは山岳の民で、主な収入は鉱山の採掘である。初期は武器の需要で、鉄や銅などが売れたが、すぐに採掘が追いつかなくなった。
おまけにブレーズは、土地の関係で農作物が育ちにくく、他国から仕入れていたが、戦争により食料が高騰。食糧難の問題を抱えていた。
アイン・ガリレにしても、戦争で国益は落ちてきたが、報復の連鎖でお互い引くに引けない。
そして、両国が内心不安を抱えていた問題があった。
それはこの戦いに勝てても、利益が少ない事。その事を、自国の民や同盟国に言えないという事態だった。
当初こそ、デンス高原の肥沃な土地、貿易路の拡大などが目的だったが、そこには誇大化された現実があった。
そもそもデンス高原の上半分は、エレト山脈の影響で、気温があがりにくい。主に牧草地としてはいいが、沼などがあり開拓には費用が掛る。
デンスの下半分は、農耕に適した環境だが、こちらも戦争によって荒れ放題。費用はいうまでもない……
だからと言って戦争を止める大義が無ければ、お互い戦争を止められない。それほどに犠牲者を両国は出していた。
――そんな各国の状況を踏まえて、初代は動いたのだろうか。時がたった今でこそ、当時の状況が浮き彫りになったというのに。
その当時、4カ国を止められる国は存在しなかった。初代はどこまでの思惑や利益を求めていたかは不明であるが、個人で動き始め、結果として人々の支持を得た。
初代は決して暴力的行為ではなく、あくまで話し合いを重視した。それが暴力に怯えていた人々には“英雄的行動”に見え、4カ国も無視出来ない力になったのだろう。
そして、この初代の説得で戦争の利益を放棄して、敵を許し、国の安寧に乗り出す。そういったシナリオで他国は戦争を止める口実にした。
和平の立役者に与えられたのは、もはや価値が落ちてしまった土地であり、それすらも“各国の英断”としてうつるように仕向けられている。
実際300年前の記録はあまり残っていないが、相当な荒れ地だったことが伺える。
アゼリアはこの頃、初代を慕って集まった人々や帰る場所を失った人達が集まっていた。
およそ1万の民が総出で整地したが、停戦10年後でやっと小さな町と館を完成させたとある。
それから徐々に国を発展させたアゼリアは、大陸でも一目置かれる存在になった。
――それぞれの利益が実を結んだ結果だ。
現在のアゼリア国王であるリアトリスにとって、この国は綺麗だけではない。
しかし、取り戻しつつある豊かな大地、穏やかでいて根性がある国民。それらは誇りであり、愛すべき国である。
――だからこそ。
その思考は、微かに響く扉を叩く音で妨げられた。




