↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術の"出来損ない"と呼ばれた少年は、壊れた世界を繋ぐ唯一の【継ぎ手(リンカー)】でした  作者: 六井求真


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

74/81

第73話:完全なる天衣 vs パッチワークの絆

神話の時代より続く地下空洞『創世の祭壇』は、いまや白と黒が狂乱する崩壊の暴風に呑み込まれていた。

 大院長アーヴェル・クレインの胸元に深々と突き刺さった最後の神体——『原初の虚無針(ヴォイド・ニードル)』から溢れ出る無数の白紙魔糸が、機織り機『オリジン・ルーム』の巨大な綜絖(そうこう)を凄まじい速度で上下させている。


 ガチャンッ! ギギギギギギッ! ガチャンッ!!


 機織りの音が響くたび、空間そのものが削り取られ、白大理石の祭壇の縁がサラサラと消滅して、足下に広がる紫黒色の奈落『大綻び』へと崩れ落ちていく。

 それは、世界を構成するあらゆる属性——火、水、風、土、光、闇、そして人間の感情の魔糸をことごとく「無」へと分解し、ただ一枚の平坦な純白の布へと還元する、究極の滅亡の機織り——『創世天衣・白紙還元領域《タブラ・ラサ》』だった。


 虚無の嵐は、呼吸する大気すらも白紙へと変えていく。

 吸い込むたびに肺が凍りつくように痛み、肌を撫でる空気の熱が奪われていく。

 だが、その絶望的な光景を前にしても、少年少女たちの瞳の奥に宿る光は、決して消え去ることはなかった。


「消え去るがよい、不揃いな異分子どもよ。……お前たちの叫びも、痛みも、愛も、すべてこの白き布の底で永遠の静寂へと還るのだ」


 アーヴェルが静かに両腕を掲げると、虚空から幾万本もの純白の光槍が、質量を持った暴風となってルークたちへと一斉に降り注いだ。

 一本でも掠れば、肉体の輪郭が白紙化され、存在そのものが消去される絶対の消滅波!


「全員、私の背後へ!!」


 セラの銀髪が、これまでにない眩い極光を放って逆立った。

 少女の胸元で、これまでルークと共に紡いできたすべての記憶——凍てついていた孤独な日々、歪みを指摘されて震えた夜、そしてルークの温かな手に包まれて涙したあの日々の想いが、一筋の絶対の光となって結晶化する。


「かつての私は、傷つくことを恐れて心を閉ざしていた! でも……ルークが教えてくれた! 不完全だからこそ、私たちは誰かの温もりを求め合えるのだと! 『極大氷壁演武・七重天の氷花聖堂《カテドラル・ド・セプテット》』ッッッ!!!!」


 ズズズズズズズズズンッ!!

 祭壇の床から、大聖堂の尖塔を丸ごと模した、七重の巨大な白銀の氷結防壁がせり上がった。

 白紙の光槍が、怒濤の勢いで氷壁へと激突する。


 ドガガガガガガガッ!! ピシピシピキキキキッ!!


 凄まじい衝撃音。神話級の堅牢さを誇るセラの氷壁が、瞬時に第一層、第二層と白紙化されて消滅していく。

 セラの白い額から鮮血が滲み、唇を噛み締める少女の全身の筋肉が激しく震えた。


「くっ……ああっ……! なんて重い……無の概念なの……! 私の氷が……存在ごと削られていく……!」


「セラ! 一人で背負わせるかよッ!!」


 ガレットが叫び、大剣を両手で握り締めてセラの隣へと躍り出た。

 赤髪の剣士の全身から、これまでに出したこともない紅蓮と黄金の猛火が噴き上がる。


「俺は出来損ないの相棒だ! 頭も悪いし、繊細な織りなんてできねえ! だがな……仲間が傷つくのを黙って見てるくらいなら、この命ごと燃え尽きてやるぜ! 『紅蓮絶技・不滅の火焔巨刃《イモータル・ブレイズ》』ッッッ!!」


 ガレットの大剣が炎の巨人と化し、白紙の槍衾を真っ向から薙ぎ払った。

 消滅の波と生命の猛火が激突し、凄まじい熱波と衝撃波が祭壇を揺るがす。


「無駄だ。どれほど燃え上がろうとも、どれほど凍てつかせようとも……完全なる無の前には、すべての属性は等しく無意味なのだ」


 アーヴェルが冷酷に呟き、機織り機の筬を力強く打ち下ろした。

 瞬間、ガレットの炎の巨刃が根元から白紙化され、大剣がバキリと音を立てて砕け散った。


「ぐわぁぁぁぁぁっ!?」


「ガレット!」


 吹き飛ばされたガレットを、レイラ教官が鋼糸の網を展開して寸前でキャッチする。

 だが、ガレットは砕けた大剣の柄を握りしめ、血まみれの拳で地面を叩いて吠えた。


「まだだ……! まだ俺の魂の火は消えちゃいねえぞ! ルーク、前だけを見て走れぇぇぇッ!!」


 白紙の波は止まらない。砕けた氷壁の隙間から、アーヴェルの放つ虚無の魔糸が、大蛇のように鎌首をもたげてルークへと迫る。


「父上ッ! 僕を見ろッ!!」


 その時、裂帛の気迫と共に前に飛び出したのは、ヴァルドだった。

 金髪の青年は、自らの血を十指に滲ませながら、全身の魔力経路を限界を超えて励起させていた。

 その脳裏をよぎるのは、幼い日の記憶——まだ母が生きていた頃、厳しい修練の合間に、優しく頭を撫でてくれた父の温かな手のひらだった。


「母上はおっしゃっていた! 『ヴァルド、あなたの父さんは、不器用だけど世界で一番優しい人よ』と! 僕に見せてくれたあの誇り高い背中は、すべて幻だったというのか! 僕たちを愛してくれた父上は、どこへ行ってしまったのですかッ!!」


 青年の両眼から、大粒の涙と紫電の奔流が溢れ出した。


「僕の誇り、僕の魂、すべてをここに賭ける! 『紫電極限演武・雷神の審判槍《トール・ハンマー》』ッッッ!!!!」


 ヴァルドの手から放たれたのは、天蓋を突き破るほどの超巨大な雷の槍だった。

 自らの命を削り、母への愛と父への魂の叫びを込めた渾身の一撃が、白紙還元領域のど真ん中を真っ直ぐに貫いた!


 ドガァァァァァァァァンッ!!


 白紙の嵐が激しく揺らぎ、アーヴェルの虚無の結界に、初めて明確な風穴が穿たれた。

 機織り機の前に座すアーヴェルの頬を、紫電の余波が微かに掠め、一筋の紅い血が滴り落ちる。


「……ぐ……っ……ヴァルド……お前が……そこまでの魔力を……」


 アーヴェルの瞳に、一瞬だけ激しい動揺が走った。

 だが、すぐに胸の虚無針が漆黒の光を噴き上げ、その人間らしい感情を黒い霧で塗り潰していく。


「お前も……母と同じだ。感情に溺れ、痛みに呑まれて朽ちていくのだ……!」


「今です、ルークさんッ!!」


 祭壇の端で全術式を解析し終えたミーシャが、喉を嗄らして叫んだ。

 その手帳から放たれた無数の古代光文字が、ルークの周囲に強固な防御陣を編み上げる。


「アーヴェルの胸の『原初の虚無針』……ヴァルドさんの雷槍によって、心臓との結合魔糸が三ミリ浮き上がりました! あの隙間に、六つの神体の共鳴を撃ち込めば……虚無針を心臓から引き剥がせます! ルークさん、皆さんの想いを……世界の未来を、その針で縫い留めてください!」


「ルーク!」


 セラが震える手でルークの背中にそっと触れた。

 その手のひらから、冷たい氷の奥にある、誰よりも温かな祈りの熱がルークの心臓へと流れ込んでくる。


「行きなさい、私たちの継ぎ手。あなたの針が、世界のすべてを繋ぎ直すのよ!」


「うん……! みんなの命の糸……僕が絶対に繋ぐ!」


 ルークは地を蹴った。

 祭壇の大理石を蹴り、虚空の暗黒の中へと身を躍らせる。

 少年の周囲で、六本の原初の遺物が完全な円環を描いて高速回転を始めた。


 まず呼応したのは、南大陸ペルラ諸島の『原初の真珠針』だった。

 青く清らかな大海洋の水流魔糸がルークの全身を包み込み、アーヴェルの放つ白紙の消滅熱を優しく冷却して、絶対零度の静寂から少年の肉体を護る。


 次いで、極北エターナル・ピークの『原初の鋼骨針』が光の杭となって虚空を貫いた。

 巨匠バルカンとシグルドの鋼の意志が、足場のない暗黒の虚空に何重もの強靭な白銀の骨組みを打ち込み、白紙化の侵食を物理的に押し止める。


 さらに、東大陸シルク・フォレストの『原初の絹糸針』が、瑞々しいエメラルドグリーンの光を放った。

 世界樹大織樹の生命の息吹が、傷つき倒れかけていたガレット、セラ、ヴァルドの生体魔糸を遠隔で優しく繋ぎ直し、仲間たちの「諦めない祈り」を無尽蔵の活力としてルークの針先へと注ぎ込んでいく。


 そして、西大陸カナンの『原初の金砂針』が、黄金の砂粒となって虚空を舞った。

 白紙化によって消滅しかけていた空間の時間を強制的に巻き戻し、ルークの足下に、黄金に輝く確固たる光の階段を次々と復元していく。


 前方から迫る幾千本もの白紙の鎖を、ギルフォードの『原初の裁断刃』が神速の刃となって一刀両断する!

 シャキシャキシャキィィィンッ!

 虚無の結び目を正確に切り刻み、ルークの前に一条の光の回廊を切り拓く!


「六つの神体……!? 馬鹿な、ステラですら三つしか束ねられなかった遺物を……なぜ、出来損ないのお前が……!?」


 アーヴェルの顔に、生まれて初めての恐怖と戦慄が走った。


「出来損ないだからです!!」


 ルークは白紙の嵐を突き破りながら、魂の底から叫んだ。


「僕には、一人で世界を織る力なんてありません! でも……僕の手には、みんながくれた温かな端切れがある! 傷ついて、ボロボロになって、それでも誰かを愛そうとする、人間たちの誇りがあるんだ!!」


 最後に、母ステラの『原初の指貫』が、七色の光を放って少年の右手中指で燃え上がった。

 真珠の水、鋼の骨、絹の命、金の時、白銀の刃——五つの奇跡を、母の愛の指貫が一つに束ね合わせる。

 少年の右手には、白昼の太陽よりも眩い、究極のパッチワークの針先が形成されていた。


「ギルフォードさん、母さん……僕に力を貸して!!」


 ルークはアーヴェルの眼前へと到達した。

 虚無の嵐を切り裂いて、六色の光がアーヴェルの左胸——『原初の虚無針』の根元へと、寸分の狂いもなく突き刺さった。

 解き放たれる奇跡の刃先が、狂気の黒い結び目を捉え、世界を繋ぐ最後の一針が、今まさに放たれようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。