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魔術の"出来損ない"と呼ばれた少年は、壊れた世界を繋ぐ唯一の【継ぎ手(リンカー)】でした  作者: 六井求真


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第71話:白銀の処刑人と端切れの誇り

帝都紡術院の中庭——かつては四季折々の花が咲き誇り、放課後になれば生徒たちが笑い声を響かせながら魔術談義に花を咲かせていた大噴水広場は、今や純白の殺戮闘技場へと変貌を遂げていた。

 中央の美しい大理石の噴水は完全に干上がり、水底の敷石すらも均質魔糸によって鋭利な刃の幾何学模様へと研ぎ澄まされている。

 空を覆う白い天蓋からは、感情や痛みを消去する冷酷な燐光が絶え間なく降り注ぎ、地上に立つ者の影を完全に奪い去っていた。


「『白銀天衣・断頭領域《ギロチン・ドメイン》』……我が刃の領域に足を踏み入れた不完全者は、その存在の魔糸をすべて均一にスライスされ、天蓋の糧となるのみ」


 白銀の金属鎧を纏った二メートルを超える巨躯——『天衣の処刑人・白銀のバルバロッサ』が、巨大な両刃の処刑戦斧を両手で構えた。

 兜のスリットの奥で光る深紅の双眸には、もはや人間としての理性も、痛みも、哀しみも存在しない。

 かつて紡術院の初代衛士として歴代の大院長に絶対の忠誠を誓い、幾多の防衛戦で生徒たちを守るために自らの感情を削ぎ落とし、ついにはアーヴェルの洗脳魔糸によって「純粋な処刑機械」へと成り果てた男の悲しき成れの果てだった。


「来るぞッ! 全員、散開ッ!!」


 レイラ教官の鋭い叫びと同時に、バルバロッサの巨躯が目にも留まらぬ速さで掻き消えた。

 ドガァァァァァンッ!!

 ルークたちが直前まで立っていた地面が、巨大な戦斧の一振りによって爆砕された。

 だが、ただの物理的な破壊ではない。砕け散った白大理石の破片の一つ一つが、空中で鋭利なギロチンの刃へと再構成され、全方位へと超高速で跳弾のように射出されたのだ。

 幾千条もの白い光の線が空間を網の目のように交差し、大気そのものを切り刻んでいく。


「くっ……! 破片そのものが天衣の魔力を帯びた処刑刃よ! 『極大氷壁・六花氷盾《ヘキサ・イージス》』ッ!!」


 セラが瞬時に展開した多重の六角形氷盾が、激しい火花を散らして刃を弾き飛ばす。

 キィィィン! ガガガガガッ!

 しかし、天衣の刃の切れ味は凄まじく、神話級の堅牢さを誇るセラの氷壁に瞬く間に深い亀裂が走る。

 バルバロッサは休む間もなく戦斧を旋回させ、氷盾ごとセラを真っ二つに両断せんと、頭上から容赦なく振り下ろした。


「させっかよォォォッ!!」


 横合いから猛烈な紅蓮の業火を纏って突進してきたのは、ガレットだった。

 赤髪の剣士は両手で大剣を斜めに構え、振り下ろされる処刑斧の分厚い刃先を、全身全霊で真っ向から受け止めた!


 ギギギギギギギギッ!! ズズズズズズッ!!


 耳を劈く金属の軋み音。

 激突の衝撃波が広場の大理石をバリバリと蜘蛛の巣状に粉砕し、ガレットの足元が数十センチも深くめり込む。

 両腕の筋肉が千切れんばかりに軋み、皮膚の血管が浮き上がる。だが、ガレットは奥歯を噛み締め、血を吐き出しながら獰猛な笑みを浮かべた。


「重ぇんだよ……てめえの斧は……! だがな、心がこもってねえ空っぽの重さだ! 俺が入学したばかりの頃、実技演習で稽古をつけてくれた時のアンタの斧は……厳しかったが、もっと熱くて、ちゃんと俺たちの命を見てくれてたぜッ!」


「目標……言語情報ヲ……排除……処刑ヲ……続行……」


 バルバロッサの腕の筋繊維から白い魔糸が噴き出し、斧の圧力がさらに倍加する。ガレットの大剣の刀身がギリギリと歪み、火花が彼の頬を焦がす。


「ガレット、炎の縒り糸が解けかけている! 僕が繋ぐよ——『接糸』ッ!」


 ルークが後方から放った金色の魔糸が、ガレットの大剣の鍔と刃の結び目を補強した。

 瞬時に大剣に宿る紅蓮の炎が黄金の燐光を帯びて爆発的に燃え上がり、処刑斧の押し込みを寸前で押しとどめる。


「ヴァルド、天衣の魔力循環を乱すぞ!」


 レイラ教官が叫びながら、両手の鋼の糸巻から無数の銀糸を解き放った。


「バルバロッサ! かつて私に鋼の魔術の厳しさと誇りを教え、帝都の城壁で生徒たちを命懸けで守り抜くと誓ったあなたの魂はどこへ行ったのです! 目を覚ましなさい!」


 レイラの鋼糸がバルバロッサの左腕に幾重にも巻き付き、その斧の押し込みを横へと強烈に引っ張る。

 だが、処刑人の肉体はすでに生身の人間を超越していた。鋼糸が皮膚に食い込んでも血の一滴すら流れず、逆に白い魔糸が鋼糸を伝ってレイラの手元へと逆流しようとする。


「くっ……天衣の均質化魔糸が、私の鋼糸を侵食して……!」


「レイラ教官、離してください! 僕が絶縁します!」


 ヴァルドが空中から舞い降り、レイラの鋼糸に紫電を迸らせて侵食を断ち切った。

 そして即座にセラへと叫ぶ。


「セラ! 天衣の防壁は表面の魔糸が均一に整流されているからこそ無敵を誇る! だが、極低温の急激な熱収縮を与えれば、どんな完全な布も結晶構造が歪んで綻びができるはずだ!」


「了解したわ! 完璧な布ほど、歪みには脆い……ルークが私に教えてくれた真理よ!」


 セラが両腕をクロスさせ、胸元の魔力核を極限まで励起させた。


「『極氷演武・絶対零度の一滴《アブソリュート・ドロップ》』ッ!!」


 セラの指先から放たれたのは、針の先ほどに凝縮された超高密度の冷気弾だった。

 それがバルバロッサの右肩の関節部に命中した瞬間、カチィィィンと澄んだ音が響き、白銀の金属鎧に蜘蛛の巣のような凍結亀裂が一気に広がった。


「今だ、ヴァルド!」


「行けぇぇぇッ! 『紫電連鎖・神経穿孔《シナプス・バースト》』ッ!!」


 青年の十指から放たれた数百本の高圧紫電針が、凍結で開いた微細な亀裂から鎧の内部へと正確に侵入し、処刑人の肉体の神経網をダイレクトに撃ち抜いた。

 バチチチチチッ!!

 超高圧の電流が内部で炸裂し、処刑人の巨躯が激しく痙攣してその動きが硬直する。


「ぐ、お……あ……!?」


「ガレット、押し返せ!」


「うおおおおおおおおっ! 『紅蓮抜刀・業火一閃《フレイム・バースト》』ッ!!」


 ガレットが渾身の力で大剣を跳ね上げ、バルバロッサの巨大な処刑斧を天高く弾き飛ばした。

 処刑斧が空中で回転し、遠くの石畳へと突き刺さる。

 バランスを崩した処刑人の巨躯が、無防備にがら空きとなった。


「ルークさん! 今です!」


 後方で羊皮紙の魔導陣を展開していたミーシャが、叫ぶように弱点を伝えた。


「バルバロッサの胸元、心臓の直上に刻まれているのは、初代大院長が騎士に施した『絶対忠誠の誓約結び目』です! それがアーヴェルの天蓋回線と直結し、感情を遮断して彼を操っています! ですが、結び目の強度は天衣階位そのもの……通常の裁断では刃が通りません!」


「切るんじゃない……解いて、本来の誇り高い骨組みを取り戻すんだ!」


 ルークは地を蹴った。

 少年を取り囲むように、六本の原初の遺物が円環を描いて激しく共鳴する。

 指貫(ステラ)、裁断刃(ギルフォード)、真珠針(ルキア)、鋼骨針(バルカン)、絹糸針(大織樹)、金砂針(カナン)。

 六つの神話の道具が、ルークの万象の魔糸と完全に溶け合い、七色の光の軌跡を宙に描く。


「バルバロッサさん! あなたも……誰かを護りたくて、その鎧を纏ったはずだ!」


 ルークの左目が、処刑人の兜の奥で泣き叫ぶ、押し殺された男の本当の魂の光を捉えた。

 彼は生まれた時から怪物だったのではない。

 かつて紡術院の黎明期、ほつれの脅威から幼い生徒たちを命懸けで守り抜くために、自ら感情を捨てて盾となった高潔な騎士だったのだ。


「もう……一人で冷たい鎧に閉じこもる必要はありません! 僕たちが、あなたの傷を繕います!」


 ルークは右手に『原初の鋼骨針』、左手に『原初の裁断刃』を構えた。

 真珠針の水流が戦斧の摩擦熱を鎮め、金砂針が過去の誓約の時間を巻き戻し、絹糸針の生命魔糸が騎士の心臓を優しく包み込む。


「『神技・鋼骨解縛裁糸《アンカー・シザー》』ッ!!」


 シャキィィィィィンッ! カチィィィンッ!!


 神話の大鋏と鋼の針が交差した瞬間、バルバロッサの胸元に刻まれていた『絶対忠誠の誓約結び目』が、乾いた音を立てて断ち切られた。

 同時に、鋼骨針の光が処刑人の全身の関節に打ち込まれ、鎧を構成していた冷酷な天衣の魔糸が、外側からサラサラと白い灰となって解け落ちていく。


「グ……ア……あ……あ……あ……」


 純白の兜が真っ二つに割れ、石畳の上へと転がり落ちた。

 現れたのは、無数の古傷が刻まれた、白髪の老騎士の素顔だった。

 その濁っていた両の瞳に、人間としての温かな光と、滂沱の涙が戻ってくる。


「……あ……あ……私は……私は何をしていたのだ……」


 老騎士は自らの血塗られた手を見つめ、次いで目の前に立つルークたちの姿を捉えた。

 そこにいたのは、自分がかつて命を賭して護ろうとしていた、若き生徒たちの眩い姿だった。


「……見事だ……若き継ぎ手よ……不完全な端切れの布が……こんなにも……温かく……強いとはな……」


 バルバロッサは膝から崩れ落ち、ドサリと石畳の上に両手を突いた。

 レイラが歩み寄り、その老いた肩にそっと自らのコートを掛ける。


「バルバロッサ……もう戦う必要はありません。休みなさい」


「……レイラか……立派な教官に……なったな……行け……大聖堂の地下……『創世の祭壇』へ……! アーヴェル大院長を……あの哀しき狂気に憑りつかれた男を……救ってやってくれ……!」


「はい……! 必ず、救ってきます!」


 ルークが力強く頷くと、バルバロッサは満足そうに微笑み、安らかな眠りへと身を沈めた。

 その背後で、大聖堂の重厚な大扉が、地響きと共にゆっくりと左右に開かれた。

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