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魔術の"出来損ない"と呼ばれた少年は、壊れた世界を繋ぐ唯一の【継ぎ手(リンカー)】でした  作者: 六井求真


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第68話:砂塵の金針と失われた王国

黄金の紡錘宮殿の最深部に位置する大広間——『時の玄室』の巨大な扉を押し開いた瞬間、肌を撫でる大気の感触は、この世の物理法則を完全に逸脱していた。


 玄室の天井は果てしなく高く、天空には数千年前の満天の星々と、複雑に噛み合う巨大な黄金の歯車群が、幻影となって虚空に浮かび上がっていた。

 そして広間の中央——空中に浮遊する白大理石の円形台座の上で、直径三十メートルを超える巨大な『時の糸車』が、狂ったような速度で逆回転を繰り返していたのだ。


 カラカラカラカラッ! キィィィィィンッ!!


 耳を劈く金属の摩擦音。

 糸車が逆回転するたび、黄金色の砂粒が激しい光の奔流となって吹き荒れ、空間の大気そのものを削り取り、時間の座標を過去へと強引に引き戻そうとしていた。

 そして——その糸車の中心、灼熱の摩擦熱で白熱化する車軸の真芯に、一本の神聖な神体が深々と突き刺さっていた。


 砂の光沢を帯びた、細身で優美な黄金の針。

 針先からは、周囲の時間を巻き戻し、崩壊した物質を元に戻す奇跡の魔糸が溢れ出している。

 六本目の原初の遺物——『原初の金砂針(ゴールド・サンド・ニードル)』!


「見つけた……! あれが、六本目の神体だ!」


 ルークが叫んだ瞬間、その胸元に佩かれた五本の遺物——指貫、裁断刃、真珠針、鋼骨針、絹糸針が一斉に激しい熱を帯び、歓喜と警戒の混ざり合った神聖な共鳴音を響かせた。

 だが——針をその手に収めようとするルークたちの前に、巨大な影が立ちはだかった。


 ズズズズズズズズッ……!!


 逆回転する糸車の足元から、何万トンもの黄金の砂が竜巻となって巻き上がり、人型を成していく。

 全高二十メートルを超える、砂岩の巨躯に黄金の装飾具を纏った神話の巨神——『時空の機織り巨人(クロノ・タイタン)』。

 その胸元の透明な水晶の中には、豪華な古代衣装を纏った美しい女性——数千年前に滅び去った古代カナンの女王の魂が、苦悶に満ちた表情で囚われていた。


「過去ニ……戻レ……崩壊ノ前ニ……全テヲ……砂ノ底ヘ……巻き戻セ……ッ!!」


 玄室全体を圧殺するほどの重低音が轟いた。

 女王の魂から溢れ出たのは、自らが愛した都を守り切れず、砂の海へと呑まれていったあの大崩壊の日の、底知れぬ絶望と怨念だった。


「未来など……いらぬ……! 希望など……嘘だ……! すべてが滅びるくらいなら、この都を、私の民を、永遠にあの栄光の日に閉じ込めておくのだぁぁぁッ!!」


 巨人が両腕を振り上げると、空間そのものがガラスのように軋み、過去の滅亡の断片——砂に呑まれ、崩れ落ちていく無数の神殿の瓦礫が、実体を持った時間の刃となってルークたちへと降り注いできた。


「時間の逆流破砕よ! 破片に触れたら、数千年前の崩壊の質量をそのまま叩き込まれて即死するわ!」


 セラの銀髪が、決意の冷気によって逆立った。


「『極大氷壁・絶対零度の星霜《フロスト・アイギス》』ッ!!」


 玄室の床から、数十枚もの巨大な氷の盾がせり上がり、瓦礫の嵐を真っ向から受け止めた。

 ドガガガガガッ! キィィィィィンッ!!

 凄まじい衝撃音と共に氷壁に亀裂が走るが、セラは一歩も退かず、時間の乱気流そのものを氷の結晶で凍結させ、寸前で受け止め続ける。


「ガレット、ヴァルド! 巨人の両足の歯車を断ち切りなさい! 足場を奪えば、糸車への魔力供給が途切れるわ!」


「任せとけッ! 何千年引きこもってやがったか知らねえが、今を生きる俺たちの熱さを見せてやるぜ! 『業火断層・爆炎斬《インフェルノ・スラッシュ》』ッ!!」


 ガレットが地を蹴り、紅蓮の炎を纏った大剣を巨人の右足の砂の歯車へと叩きつけた。


「過去に縋る哀しみ……理解できなくはない。だが、僕たちには守るべき『今』がある! 『紫電雷光・穿孔撃《サンダー・バースト》』ッ!!」


 ヴァルドの放った超高密度の紫電が、巨人の左足の関節を完璧に穿ち抜く。

 両足を砕かれた巨人がバランスを崩し、凄まじい地響きを立てて跪いた。


「ルークさん、今です! 巨人の胸元、女王の魂が大織りの狂った結び目を繋ぎ止めています!」


 ミーシャが叫ぶ。

 ナディルもまた、鈴を打ち鳴らして涙ながらに祈りを捧げた。


「我が遠祖の女王様……! もう時間を巻き戻そうと苦しまないでください! 私たちは今、この砂漠で、逞しく生きているのです! あなたの愛したカナンは、決して消えてなどいません!」


 ナディルの祈りが、清らかな水流の燐光となって玄室を満たした。

 その光の導きを受け、ルークは空へと跳躍した。


「女王様……! 痛みを巻き戻すんじゃない……! 壊れた記憶を、抱きしめて繋ぎ直すんだ!」


 ルークは左目の金銀の虹彩を見開き、巨人の胸元へと手を伸ばした。

 かつて出来損ないと呼ばれ、村の納屋で一人ボロ布を縫い合わせていた少年。

 何も救えなかった過去を悔やみ、泣いていた自分の痛みが、今、目の前の女王の絶望と重なり合っていた。


「僕も……自分の無力さが怖くて、逃げ出したい時がありました。でも、壊れたものは、消し去るためにあるんじゃない。不器用でも、新しい布を当てて、一針ずつ縫い直していくからこそ……世界は温かくなれるんだ!」


 ルークは右手に『原初の絹糸針』、左手に『原初の指貫』を構えた。

 東大陸の世界樹から受け継いだ、瑞々しい生命の魔糸が、巨人の胸元の水晶へと優しく染み渡っていく。

 母の愛のような、温かな新緑の光。

 それに包まれた瞬間、女王の魂の瞳から、すうっと狂乱の濁りが消え去り、澄んだ涙が零れ落ちた。


「……ああ……温かい……私の犯した過ちを……こんなにも優しく包んでくれるなんて……私たちのカナンは……滅びてなど……いなかったのですね……」


 女王の幻影が穏やかに微笑み、光の砂となって宙へと溶けていった。

 巨人の肉体が音を立てて崩壊し、狂ったように逆回転していた『時の糸車』が、支えを失って激しく軋んだ。


「戻っておいで、六本目の針——『原初の金砂針』ッ!!」


 ルークは糸車の中心へと飛び込み、白熱する黄金の針の柄を力強く握り締めた。


 カチリッ……!!


 その瞬間、世界中の時計が心地よく時を刻み直すような、澄み切った鐘の音が玄室全体に木霊した。

 逆回転していた巨大な糸車がピタリと停止し、次いで、穏やかで正しい未来への回転を始めたのだ。


「ルーク殿! 宮殿の外……大砂漠の結節点から、大地の伏流水が噴き出し始めています!」


 ナディルが歓喜の叫びを上げた。

 六本目の神体を握り締めたルークの全身から、眩いばかりの黄金と七色の燐光が噴き上がる。


 指貫(ステラの形見、万象の縫合)。

 裁断刃(ギルフォード、断絶の切断)。

 真珠針(ルキア、海洋と水流の結束)。

 鋼骨針(バルカン、空間と骨組みの補強)。

 絹糸針(大織樹、生命と循環の活性)。

 そして金砂針(カナン、時間の修繕と崩壊の復元)。


 六本の神話の道具が、ルークを中心にして完全な円環を描き、神々の機織り歌を大砂漠へと響かせた。

 母ステラすら到達し得なかった、神話の領域。


「大地の砂を固め、失われた時間を繋ぎ、清らかな水流を呼び戻す……!」


 ルークの両目が、宇宙の創世を見つめる神話の継ぎ手《リンカー》の輝きを放った。


「六位一体・原初極大時間縫合——『|砂漠再誕・黄金の古王国《カナアン・キルト》』ッッッ!!!!」


 パチンッ! カチィィィンッ! シュパパパパパパッ!!


 神聖な針音が、黄金の紡錘宮殿を突き破り、アラクネ大砂漠全土へと轟き渡った。

 ルークの放った六色の光糸が、天を覆っていた「時の砂嵐」を一針、一針、力強く縫い止め、大地の亀裂を塞いでいく。

 吹き荒れていた暴風が瞬時に静まり返り、宮殿の地下から、エメラルド色に輝く清らかな大地の伏流水が、巨大な間欠泉となって天へと噴き上がった。


 サァァァァァッ……!


 水路網を満たしていく清らかな水。

 砂に埋もれていた古代カナンの白大理石の宮殿群が、数千年の眠りから覚め、太陽の光を浴びて神々しく輝きを取り戻していく。

 枯れ果てていたヤシの並木が瑞々しい緑を吹き返し、白大理石の噴水からは清らかな水飛沫が舞い上がる。

 死の砂漠の中央に、巨大なオアシスと奇跡の都が、今まさに完全に蘇ったのだ。


     * * *


 宮殿のバルコニーに立ったルークたちの前には、どこまでも澄み渡る青空と、水を湛えて青く輝くオアシス都市の絶景が広がっていた。


「直った……! 我が故郷が……失われた王国カナンが、蘇った……!」


 ナディルが両膝をつき、溢れ出る涙を両手で拭った。

 砂嵐を逃れて避難していたキャラバンの民たちが、次々と宮殿の広場へと駆け込んできては、湧き出る水に手を浸し、天に向かって歓喜の叫びを上げている。


「ルーク様……! 本当に、何とお礼を申し上げればよいか……!」


 ナディルが顔を上げ、ルークの手を両手で包み込んだ。

 そのルークの腰には、新たに黄金の光を宿した『原初の金砂針』が、六本目の誇り高き証として佩かれていた。


「お礼なんていりません、ナディルさん。カナンが蘇ったのは、あなたが信じて道を案内してくれたからです」


 ルークが優しく微笑むと、セラが隣に歩み寄り、そっとルークの肩に手を置いた。


「これで……六本目ね。ルーク」


「うん。……残るは、あと一本だ」


 ガレットが大剣を肩に担ぎ、ヴァルドが真剣な眼差しで東の空——帝都の方角を見据えた。

 ミーシャが手帳を閉じ、胸に抱きしめる。


「レイラ教官の手紙にあった通りなら、アーヴェル大院長の『世界大織直し』の発動まで、もう猶予はありません。……帝都へ急ぎましょう!」


「ああ!」


 ルークは仲間たちを見渡し、力強く頷いた。

 母の形見の指貫から始まった旅。

 海を縫い、天蓋を支え、世界樹を蘇らせ、失われた古代都市の時間を取り戻してきた。

 集まった六つの神体と、仲間たちとの絶対に解けぬ絆の糸。


「行こう、みんな! 僕たちのすべての想いを針に乗せて……帝都へ!」


 少年少女たちの視線は、壊れた世界の中心——運命の決戦の地、帝都紡術院へと向けられていた。

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