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魔術の"出来損ない"と呼ばれた少年は、壊れた世界を繋ぐ唯一の【継ぎ手(リンカー)】でした  作者: 六井求真


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第67話:時の砂嵐と黄金の宮殿

大砂漠の地平線を覆い尽くしていた黄金色の竜巻は、一行が足を進めるにつれて、その常軌を逸した威容を露わにしていった。

 天蓋を貫き、成層圏にまで届かんばかりの超弩級の砂塵嵐。

 だがそれは、砂漠の熱風によって砂が舞い上がっているなどという、自然現象の類では決してなかった。

 無数の黄金色の砂粒——神話の時代に砕け散った古代魔石の微粒子が、目に見えるほどの極細の魔糸となって虚空に絡み合い、巨大な神の糸車のように超高速で回転していたのだ。


「あれが……『時の砂嵐』……!」


 魔導馬車を安全な岩陰に残し、砂漠の民特有の分厚い麻の防塵外套を羽織ったルークが、息を呑んでその暴風を見上げた。

 左目の金銀の虹彩を凝らすと、嵐の内部では空間だけでなく「時間」そのものの魔糸(まし)が複雑にねじ曲がり、過去と未来の断片が蜃気楼となって高速で明滅しているのが見えた。

 ある場所では数千年前の古代都市の栄華が鮮やかに映し出され、別の場所では建造物が瞬時に風化してサラサラと砂へと崩れ落ちている。

 耳を澄ませば、何千年も前に死に絶えた人々の祈りの歌声、市場の喧騒、そして大崩壊の日の悲鳴が、砂の擦れ合う音に混ざり合って大気を震わせていた。


「皆さん、絶対に私から離れないでください! そして、決して幻影に手を伸ばしてはいけません!」


 先頭に立つ砂織りの巫女ナディルが、風に飛ばされぬよう腰の鈴をしっかりと握り締めながら叫んだ。

 その手には、大地の奥底を流れる『砂漠の伏流水』の魔糸を感じ取る真鍮の振り子が握られている。


「時の砂嵐の中では、人間の心の奥底にある最も懐かしい記憶や、最も痛ましい後悔が、蜃気楼となって実体化します! 心にわずかでも隙があれば、その幻影に意識を縫い留められ、肉体ごと数千年の過去の砂へと風化してしまうのです!」


「……心に隙を作れば、過去に呑まれる、か」


 ヴァルドが外套のフードを深く被り、眉根を寄せて呟く。


「生憎だが、僕たちには後ろを振り返っている時間はない。ルーク、真珠針の結界を頼む」


「はい! みんな、手を繋いでください!」


 ルークは胸元から『原初の真珠針』を取り出し、天へと掲げた。

 青く澄んだ水流の魔糸が針孔から紡ぎ出され、五人とナディルの腰を一本の強靭な命綱となって結びつける。さらに、水流のドームが薄いヴェールとなって全員の体を包み込み、砂嵐の猛烈な乾燥と時間の摩擦熱を遮断した。


「よし、行こう! ナディルさん、案内をお願いします!」


「はい! 大地の水脈よ……砂の底を流れる生命の糸よ、我らを導きたまえ!」


 ナディルの振り子がチリチリと青白い燐光を放ち、一行は意を決して、黄金の嵐の壁へと足を踏み入れた。


 ゴオオオオオオオオオオッ!!


 嵐の境界を越えた瞬間、凄まじい衝撃波が五人を襲った。

 耳を劈く砂嵐の咆哮。

 足下の感覚が急激に狂い、重力が何倍にも重くなったかと思えば、次の瞬間にはフワリと体が宙に浮き上がるような錯覚に襲われる。


「うわっ……!? なんだこれ、一歩踏み出すだけで、自分の足が何重にも残像になって見えるぞ!」


 ガレットが大剣の柄を握り締めながら叫んだ。


「視覚情報に惑わされないで! 足裏の感覚と、ルークの水糸の引っ張りを信じなさい!」


 セラの鋭い声が飛ぶ。

 だが、そのセラの視線の先——渦巻く砂煙の向こうに、突如として白い雪に包まれた古い洋館のテラスが浮かび上がった。

 そこには、病床で優しく微笑む、セラの亡き母の姿があった。


『セラ……完璧じゃなくてもいいのよ……』


「……っ!? お、お母様……!?」


 セラの足がピタリと止まり、その銀色の瞳が大きく見開かれた。

 幻影の手が、セラの頬を撫でようと伸びてくる。

 セラの氷の魔糸が、無意識のうちにその温もりを求めて解けそうになった——その時だった。


「セラさんッ! 前を見て!」


 ルークの温かな手が、セラの冷えた手を力強く握り締めた。

 ルークの指貫から溢れ出た七色の光が、セラの瞳を覆っていた砂の幻影をサッと払い落とす。


「……っ! あ……ルーク……!」


「お母様の想いは、セラさんの胸の中にちゃんと息づいています! 砂の幻影に預けちゃいけません!」


「……ええ。そうね。……ごめんなさい、私としたことが」


 セラは自らの頬を軽く叩き、再び冷徹で気高き氷の令嬢の表情を取り戻した。握られたルークの手を、今度は自分からギュッと握り返す。


「伏流水の結節点です! ここを抜けますよ!」


 ナディルが叫び、真鍮の振り子を前方の砂壁へと突き刺した。

 チリィィィン……ッ!

 澄み渡る鐘の音が木霊した瞬間、吹き荒れていた黄金の砂嵐が、まるで劇場の幕のように左右に裂けた。


 その向こう側に広がっていたのは、地上のいかなる絵画をも凌駕する、息を呑むほど壮麗な古代都市の全貌だった。


     * * *


「……これが……古代カナン王国……!」


 ルークたちの足下に広がっていたのは、巨大なすり鉢状の盆地。

 外側の激しい砂嵐から隔絶されたその空間には、数千年の風化を免れた白大理石の宮殿群、幾何学模様に敷き詰められた黄金の石畳、そして今は枯れ果てているものの、かつて砂漠の真珠と称えられた巨大な水路網が、完璧な保存状態で広がっていた。

 そして、盆地の中心——天を衝くようにそびえ立っていたのが、巨大な糸巻き(紡錘)の形状をした黄金のピラミッド、『黄金の紡錘宮殿(スピンドル・パレス)』だった。


「素晴らしい……! 見渡す限りの建築物が、古代の機織り技術によって組み上げられています!」


 ミーシャが興奮で眼鏡を光らせながら手帳を開いた。


「石材同士がモルタルではなく、鉱物の繊維を編み込んだ『岩織り(ストーン・ウィーブ)』の技法で結束されています! だからこそ、地震や砂嵐の振動を柔軟にいなして、数千年間も倒壊せずに残っていたのですね!」


「ふふ、先祖の誇りを褒めてもらえて嬉しいわ」


 ナディルが誇らしげに微笑む。

 だが、その安らぎは一瞬にして破られた。


 ギチ……ギチギチギチッ……!

 カチ、カチ、カチ、カチ……!!


 白大理石の石畳の至るところから、無数の歯車が噛み合うような冷徹な金属音が響き渡り始めたのだ。

 宮殿へと続く大通りの両脇に並んでいた、何百体もの黄金の石像が一斉に首をもたげ、その両目に不気味な青白い燐光を宿した。


「侵入者……検知……王国の……静寂ヲ……乱ス者ヲ……排除……セヨ……」


 擦れ合った重金属の声。

 姿を現したのは、真鍮と砂岩で鋳造された古代の自律防衛兵器——『砂時計の守護兵(クロノ・ガーディアン)』の大群だった。

 その胸元には巨大な砂時計が埋め込まれ、青白い時空の魔糸がカラカラと歯車を高速回転させている。手には巨大な黄金の曲刀が握られ、整然とした隊列を組んでルークたちへと迫ってきた。


「くそっ、やっぱりタダじゃ通してくれねえか!」


 ガレットが大剣を引き抜き、切っ先を地面に構える。


「待ちなさい、ガレット! あの守護兵、動きが異常よ!」


 セラの警告が響いた瞬間、先頭の三体の守護兵の姿が、ブレるように空間から掻き消えた。


「なっ……!?」


 消えたのではない。

 次の瞬間、守護兵はガレットの眼前に、音もなく転移するように出現していたのだ。

 胸元の砂時計の中で、黄金の砂が狂ったように落下している。


「しまっ——」


 ガレットが咄嗟に大剣でガードしようとしたが、守護兵の曲刀はすでに振り下ろされていた。

 加速された時間の中で放たれる、不可避の超神速の一撃!


 ガガガガガッ!!


 火花が激しく散り、ガレットの体が数十メートル後方へと吹き飛ばされた。

 石畳の上を激しく転がり、土煙が上がる。


「ガレット!」


「ぐあっ……! て、てめえ……! 速えなんてもんじゃねえぞ! 刀を振り上げる予備動作すらすっ飛ばして、斬撃の結果だけが叩き込まれやがった!」


 ガレットが胸当てを押さえながら立ち上がる。頑丈な鋼の防具の表面が、衝撃だけでなく、まるで数十年放置されたかのように赤茶色に風化して剥がれ落ちていた。


「時間の加速だけではない……! 刀身に触れた物質の時間を急速に進め、風化させているんだ!」


 ヴァルドが紫電の刃を両手に展開し、青白い雷光を周囲に迸らせた。


「キシャァァァッ!」


 守護兵たちが次々と跳躍し、今度は逆に、刀身の周囲の時間を極端に「遅延」させながら斬りかかってきた。

 避けたはずの空間に、数秒前の刃の軌道が鋭い斬撃の罠となって残留し、ルークたちの退路を狭めていく。


「時間の早送りと巻き戻し、そして遅延……! なんて厄介な相手なの!」


 セラが氷の聖堂の壁を展開して防ぐが、時間差で炸裂する砂の衝撃波によって、氷壁がみるみるうちに風化して砂へと崩れ落ちていく。


「ルークさん! 守護兵の動力源は、胸元の砂時計に満たされている『金砂の魔糸』です!」


 後方でナディルを護衛していたミーシャが叫んだ。


「ですが、自身の周囲の時間を歪めているため、外からの魔術や矢は時間の乱気流に弾かれて届きません! 砂時計の歯車を止めない限り、何度でも再生して動き続けます!」


「砂時計の歯車を止める……!」


 ルークの左目が、激しく疼いた。

 金銀の虹彩の視界の中で、暴走する守護兵たちの全身の糸目が、スローモーションのように解体されていく。

 時間を加速させようと、遅延させようと、それらはすべて「糸」によって編まれた現象に過ぎない。

 糸があるなら、針で縫い止めることができる。


「みんな、僕に十秒だけ時間をください! 敵の時間の乱気流ごと、空間を縫い止めます!」


「十秒ね……上等だわ!」


 セラが両腕を掲げ、冷気を極限まで凝縮させた。


「ガレット、ヴァルド! 敵を中央の広場へ追い込みなさい! 『氷壁演武・六花氷牢《ヘキサ・プリズン》』ッ!!」


「おうよッ! 風化なんかで俺の炎が消えると思うなよ! 『紅蓮双刃・大車輪《クリムゾン・ホイール》』ッ!!」


 ガレットが風化の痛みに耐えながら、猛烈な業火の竜巻となって守護兵たちの隊列を押し込む。


「退路は断った! 『紫電連鎖・千鳥格子《ライトニング・グリッド》』ッ!!」


 ヴァルドが雷の魔糸で網を編み、守護兵たちの時間転移の逃げ道を完全に塞いだ。

 密集した守護兵たちが一斉に曲刀を構え、三人へ向けて時間の崩壊波動を放とうとする。


「今です、ルークさん!」


 ミーシャの叫びと同時に、ルークが跳躍した。


「極北の骨、真珠の水、そして母さんの指貫……! 時の乱気流を縫い止めろ!」


 ルークは左手に『原初の鋼骨針』、右手に『原初の真珠針』を構えた。

 真珠針から放たれた清らかな水流の魔糸が、守護兵たちの胸元の乾いた砂時計へと一斉に染み込んでいく。

 水を含んだ金砂は瞬時に泥となって重く固まり、砂時計の落下速度を強制的に鈍らせた。

 そしてその隙に——ルークの鋼骨針が、空中で光の杭となって大地へと突き刺さった。


「『鋼骨・空間縫止《アンカー・ステッチ》』ッ!!」


 ドガァァァァァンッ!!


 空間そのものが、巨大なホッチキスで留められたかのようにガチリと凍りついた。

 加速も遅延も失われ、守護兵たちの動きが完全に静止する。


「歯車の結び目を解き、正しい眠りへと還れ——『解糸・時間解除』ッ!」


 ルークの指先から放たれた何百本もの銀糸が、静止した守護兵たちの胸元の砂時計の結び目を、一瞬のうちにすべて解きほぐした。


 カチ……ン……


 澄み切った鐘の音が大通りに響き渡り、守護兵たちの胸元の砂時計から青白い妖気が消え去った。

 曲刀を振り上げていた何百体もの巨躯が、静かにその場へ崩れ落ち、ただの美しい黄金の石像へと戻っていった。


「す、すごい……! 古代の最強防衛兵器を、傷つけることなくすべて沈黙させた……!」


 ナディルが震える声で感嘆を漏らした。

 ガレットが肩を回して息を吐き、セラが静かに氷の息を整える。


「見事だったわ、ルーク。……さあ、行きましょう。この奥に、すべての元凶がある」


 セラの言葉に全員が力強く頷き、一行は黄金の紡錘宮殿の巨大な正門を押し開いた。

 その深奥で待ち受ける、六本目の神体『原初の金砂針』へ向けて、少年少女たちは決意を胸に足を踏み入れた。

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