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魔術の"出来損ない"と呼ばれた少年は、壊れた世界を繋ぐ唯一の【継ぎ手(リンカー)】でした  作者: 六井求真


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第58話:凍れる巨神と白銀の針

吸い込む空気が、肺の腑を直接凍りつかせるような激痛となって胸を突き刺す。


 標高四千メートル。

 極北の霊峰『氷結霊峰エターナル・ピーク』の登攀路は、猛烈な突風と粉雪が視界のすべてを真っ白に塗り潰す、白い地獄そのものだった。

 岩肌は鏡のように凍結し、足元には一歩踏み外せば底なしの暗黒へと滑落する、何千メートルもの氷の断崖絶壁が口を開けている。


「おい、平地の者ども! 遅れるなよ! 足を止めた奴から、氷の彫刻になって転がり落ちるぞ!」


 先頭を歩く鋼織りの少女戦士・シグルドが、吹雪をものともせずに巨大な鋼鉄の大槌を杖代わりに突き立てながら叫んだ。

 シグルドの腰には、先ほどルークが『原初鍛造縫合』で修繕した黒光りする剛鋼剣が佩かれ、極寒の中でも微細な七色の光を放って少女の体温を維持していた。


「だ、誰が遅れるかよォッ……! 寒さなんざ、気合いと根性で吹き飛ばしてやるぜ!」

 ガレットが分厚い毛皮の襟巻きに鼻まで埋め、歯をガチガチと鳴らしながら登り続ける。


「強がるな、ガレット。……ルーク、セラの防護結界がなければ、貴様など最初の十分で凍死していたぞ」


 ヴァルドが冷ややかに指摘する通り、五人の周囲には、ルークとセラが編み上げた見事な複合結界がドーム状に展開されていた。

 セラの放つ氷の魔糸が外側の鋭利な吹雪の運動エネルギーを鏡のように滑らかに受け流し、その内側を、ルークが『原初の真珠針』から紡ぎ出した潮の温かな魔糸が、柔らかな空気の層となって五人を包み込んでいたのだ。


「セラさん、寒くないですか? 魔力消費は大丈夫?」

 ルークが隣を歩く銀髪の少女を気遣う。


「ふふ、大丈夫よ。私、氷織りの使い手だもの」

 セラは白い息を吐きながら微笑んだ。

 セラの胸元には、昨夜ルークが贈ってくれた氷と真珠のペンダントが、淡い光を放っている。

「むしろ、ここに来てから魔力が研ぎ澄まされる感覚があるわ。……ルークの温かい糸が、私の冷たい魔力を芯から支えてくれているのを感じるの」


「よかった……! シグルドさん、天頂まではあとどれくらいですか?」


「もうすぐだ」

 シグルドが足を止め、前方の白い霧を指差した。


「この先にある『天蓋の裂け目』を抜ければ、山頂の『白銀の巨針塔(シルバー・スピル)』だ。……始祖バルカン様が遺した四本目の神体——『原初の鋼骨針』が眠る場所だ」


「原初の鋼骨針……」

 ミーシャが防寒フードの隙間から丸眼鏡を覗かせ、息を弾ませながら言った。

「文献によれば、鋼骨針は世界帷の骨組みそのもの。大地と天蓋が引き裂かれぬよう、最も頑丈な鋼の魔糸で世界を繋ぎ止めた要の針です」


「そうだ」

 シグルドの琥珀色の瞳が、険しい光を帯びた。

「我が一族に伝わる神話では、鋼骨針は『決して折れぬ骨』。だが……一ヶ月前、天頂の上空に突如として巨大な『黒い裂け目』が開き、山頂の巨針塔は吹雪の呪いに飲み込まれた。……我が一族の精鋭たちも、何十人もが山頂へ向かったが、誰一人として戻ってきていない」


「……助け出そう、みんなで」

 ルークが拳を握りしめた。

「山も、鋼骨針も、閉じ込められた人たちも……全部、僕たちの手で繋ぎ止めるんだ!」


 五人は頷き合い、最後の氷壁をよじ登った。


     * * *


 ゴオオオオオオオオオオオッ……!!


 氷壁を登り切った瞬間、猛烈な突風が五人を襲った。

 標高五千メートル。霊峰エターナル・ピークの天頂。

 そこは、雲海を遥か足下に見下ろす、広大な白銀の円形台地だった。


 だが、その天頂の光景は、神聖な霊峰とは程遠い、絶望的な災厄の坩堝と化していた。

 頭上の空は、まるで巨大な怪物の爪で引き裂かれたように、数十キロメートルに及ぶ紫黒色の亀裂が天蓋を貫き、そこから黒い雹と凍結の瘴気が滝のように降り注いでいた。

 そして、台地の中央——天を突く高さ五十メートルの白銀の巨塔『白銀の巨針塔』。

 その塔の頂点に、目指す四本目の神体——長さ十メートルを超える、黒々とした鋼鉄の巨大な針『原初の鋼骨針』が突き刺さっていた。


 しかし、その鋼骨針の周囲には、途方もない質量を持つ異形の怪物が鎮座していた。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!


 台地の氷雪が隆起し、立ち上がったのは、全長三十メートルを超える白銀と黒氷の巨人——超弩級上位ほつれ(アンレイヴ)『吹雪の巨神(ブリザード・タイタン)』。

 全身が永久凍土の氷塊と、千切れた古代の鋼鉄魔糸で編み上げられており、胸元には黒く光る巨大な氷の心臓が不気味に明滅していた。

 巨神の足元には、氷漬けにされた鋼織りの戦士たちが、十数人も生きたまま閉じ込められている。


『オオオオオオオオオオオッ!!』


 巨神が咆哮を上げた瞬間、台地全体に激震が走り、何千本もの鋭利な氷柱の槍が、ルークたちへ向けて全方位から射出された!


「散開ッ!!」

 ヴァルドの叫びとともに、五人は四方へと跳んだ。


「一族の仲間たちが氷漬けにされている……! 生きてるぞ!」

 シグルドが叫び、大槌を構えて突進する。

「貴様ァァァッ! 我が同胞を返せェェッ!!」


 シグルドの大槌が火花を散らし、巨神の巨大な足首へと叩きつけられた。

 しかし——


 カチィィィンッ!!


 強烈な打撃音とともに、跳ね返されたのはシグルドの方だった。

 巨神の足首を覆う黒氷の装甲には、傷一つついていなかった。


「硬すぎる……!? 天蓋の裂け目から直接魔力を吸い上げて、氷の密度が無限に再生しているのか!?」


『グォォォォォォッ!!』

 巨神の巨大な腕が、雪崩のような速度でシグルドへ向けて振り下ろされる。

 逃げ場のない圧殺の拳。


「シグルド、伏せろォッ!!」


 横合いから跳び込んできたガレットが、両手で剛剣を構え、巨神の拳の軌道へと割り込んだ。


「『剛炎・爆熱障壁(フレイム・シールド)』——ッ!!」


 ドガァァァァァァンッ!!

 紅蓮の爆炎が雪煙を吹き飛ばし、ガレットは歯を食いしばって巨神の拳を受け止めた。

 ルークが施した剛剣のパッチワーク構造が、巨神の凄まじい衝撃を熱エネルギーへと反転させ、なんとか圧殺を防ぐ。


「ぐ、あぁぁぁぁっ……! 重え……! 山一つ背負わされてる気分だぜ!」


「耐えろ、ガレット! 今、隙を作る!」


 ヴァルドが虚空へと跳躍した。

 プラチナの雷光が両腕に収束し、天を裂く閃光となって巨神の顔面を射抜く。


「『雷織り・迅雷白銀閃(プラチナ・ボルト)』——ッ!!」


 バチバチバチィィィンッ!!

 高圧電流が巨神の頭部を直撃し、視界を奪われた巨神が苦悶の声を上げて仰け反る。

 巨神の拳の圧力が緩んだ瞬間、ガレットがシグルドの襟首を掴んで後方へと脱出させた。


「恩に着るぜ、大剣の兄ちゃん!」


「礼なら後だ! あいつの心臓部を砕かねえとキリがねえぞ!」


 巨神の胸元で明滅する、黒氷の心臓核。

 あそこから無尽蔵に冷気とほつれの瘴気が供給されている。


「ミーシャ、心臓部の魔力構造はどうなっているの!?」

 セラが氷の防壁を次々と展開しながら叫ぶ。


「解析完了しました!」

 ミーシャが魔導ペンを走らせ、空中に立体魔術図を投影した。

「あの巨神の心臓は、塔の頂点にある『原初の鋼骨針』から漏れ出る魔糸を核にして形成されています! 鋼骨針の魔力が、ほつれによって『絶対の硬度』として悪用されているんです! 外側からの攻撃では、どんな物理攻撃も跳ね返されます!」


「外から砕けないなら……中から奪い取るまでよ!」


 セラの銀髪が吹雪の中で白銀に輝いた。

 少女は胸元に光る氷と真珠のペンダントを、両手で強く握りしめた。


「セラさん……!」

 ルークが見つめる。


「ルーク。あなたのくれたこのペンダント……南の海の『真珠針の潮の魔糸』が宿っているわ。……私に任せて。あの巨神の吹雪を、すべて私の氷で上書きして見せる!」


 セラが両腕を天へと広げた。

 その瞳に宿ったのは、かつての冷徹な完璧主義ではない。

 仲間を信じ、ルークの温もりを宿した、世界で一番強くて美しい氷の輝き。


「南の潮よ……北の凍土を抱きしめなさい! 『|至高極氷織り・白銀の聖衣《クリスタル・ヴェール》』——ッ!!」


 ピキキキキキキキキッ……!!


 天頂全体に吹き荒れていた猛吹雪が、突如としてその向きを反転させた。

 巨神が放っていた殺戮の冷気と暴風が、セラのペンダントを通じて、七色に瞬く清らかな氷晶の粒子へと強制変換されていく。

 巨神の全身を覆っていた黒氷の装甲が、セラの白銀の氷によって凍結・固定され、その動きがピタリと封じられた!


『グ……オ……ォォ……!?』

 巨神が凍りつき、胸元の黒氷の心臓核が剥き出しとなって露出する。


「今よ、ルーク!!」

 セラが叫ぶ。その額からは激しい魔力消費による汗が零れ落ちていた。


「ありがとう、セラさん! 僕が……全部繋ぎ直す!!」


 ルークは雪煙を蹴立てて疾走した。

 凍りついた巨神の巨大な腕を駆け上がり、胸元の心臓核へ。

 そしてその上空——白銀の巨針塔の頂点に突き刺さる、黒光りする『原初の鋼骨針』へと向けて、ルークは迷いなく飛び出した。


 右手には母ステラの革の指貫。

 手首にはギルフォードの原初の裁断刃。

 左手には聖女ルキアの原初の真珠針。


 三つの遺物が眩い光の共鳴を放ち、ルークのオッドアイが、巨神と山頂を縛るすべての呪縛の糸目を捉えた。


「待ってて……今、解いてあげるからね!」


 極北の天頂を照らす七色の光の中、ルークの針と鋏が、凍れる巨神の心臓へと振り下ろされようとしていた。

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