↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術の"出来損ない"と呼ばれた少年は、壊れた世界を繋ぐ唯一の【継ぎ手(リンカー)】でした  作者: 六井求真


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/81

第56話:北の氷壁と鋼の針

コーラルポートの夜は、街中が眩い篝火と真珠の提灯で埋め尽くされていた。

 波止場に並べられた長机の上には、炭火で香ばしく焼き上げられた巨大なロブスターや、南国の香草で蒸した白身魚、色鮮やかなトロピカルフルーツのタワーが所狭しと並び、島民たちの歌声と打楽器のリズムが夜風に乗って響き渡っている。


「ほらほら、ルーク! もっと食いな! あんな深い海の底まで潜って世界を縫い直してくれたんだ、今夜は遠慮なんてすんなよ!」


 屈強な漁師の親父が、ルークの皿に焼き立ての大エビを山盛りに積み上げて笑う。


「あ、ありがとうございます! でも、もうお腹がいっぱいで……!」


「がっはっは! なら俺が代わりに食ってやるぜ!」

 隣でガレットが豪快にエビを奪い取り、殻ごとバリバリと噛み砕く。

「うめぇぇぇっ! 南の島のメシはどれもこれも味が濃くて最高だな!」


「ガレット、少しは落ち着きなさいよ。お腹を壊しても知らないわよ」

 呆れ顔で果実酒のグラスを傾けるセラの横では、ミーシャが手帳に夢中でペンを走らせ、ヴァルドが静かに夜の海を見つめながら焼き魚をつついていた。

 かつて大陸から来たルークたちを「不浄の異端」と見下していた島民たちは、今や誰一人としてそんな目を向ける者はいなかった。

 壊れた海を直してくれた小さな仕立て屋と仲間たちを、家族のように温かく迎え入れていた。


 宴が最高潮を迎えた頃、ルークはそっと賑やかな広場を抜け出し、静かな夜の砂浜へと歩き出した。


 寄せては返す波が、夜光虫の光を浴びて青白く輝いている。

 空を見上げれば、天の川のように無数の星々が瞬き、南の夜空にはルークが縫い直した穏やかなパッチワークの光が、オーロラのように薄く漂っていた。


「……やっぱり、ここに来ていたのね」


 柔らかな足音とともに、砂浜の向こうからセラが歩み寄ってきた。

 宴の熱気でほんのりと桜色に染まった頬。

 手には、二つの小さなガラスの小瓶に入った冷たいココナッツミルクが握られていた。


「セラさん。抜け出してきちゃったんですか?」


「ええ。あんな騒がしい席にずっといたら、耳が麻痺しちゃうもの。……はい、これ。よく冷えているわよ」


「ありがとうございます!」


 並んで白い砂浜に腰を下ろすと、潮風がセラの銀髪をふわりとなびかせ、甘いココナッツの香りと混ざり合った。

 二人の肩が触れ合い、互いの体温が心地よく伝わってくる。


「ルーク」

 セラが波打ち際を見つめたまま、静かに口を開いた。


「はい?」


「海淵の底で……あの巨大なほつれを前にした時、私、本当に怖かったの。……こんな冷たくて暗い海の底で、私たちの魔術が全部押し潰されてしまうんじゃないかって」


 セラの細い指先が、自らの膝の上でギュッと握りしめられる。


「でもね……あなたが真珠針を掲げて、七色の糸を編み始めた瞬間、暗闇が全部温かい光に変わったの。……母が昔、私に言ってくれた言葉を思い出したわ。『氷の魔術は冷たいけれど、大切な人を風や嵐から守る、温かな外套にもなれるのよ』って」


 セラはルークへと振り返り、その青い瞳を潤ませて微笑んだ。


「私の氷は……誰かを傷つけるための刃じゃなくて、あなたの一針を支えるための氷でありたい。……これからも、ずっとあなたの背中を守らせてね、ルーク」


 真摯で、純粋で、どこまでも深いセラの想い。

 ルークは胸の奥が熱くなり、左手に宿る『原初の真珠針』に意識を集中させた。


「セラさん……手を出してみて」


「え……?」


 セラが小首を傾げながら手のひらを差し出すと、ルークは真珠針から紡ぎ出された清らかな潮の魔糸と、セラの指先から漂う微細な氷の結晶を、自らの万象の縫い糸で優しく編み合わせた。


 パチン……


 小さな、愛らしい光の結晶が生まれた。

 透き通る氷の雫の中に、一粒の小さな七色の真珠が縫い込まれた、美しいペンダント。


「これ……」


「僕たちの旅の、お守りです」

 ルークは少し照れくさそうに笑った。

「セラさんの氷があったから、僕はここまで来られました。……このペンダントがあれば、どんなに離れていても、僕たちの糸は絶対に切れませんから」


 セラはペンダントを胸元に抱きしめ、息を呑んだ。

 それから、大粒の涙をポロリと砂浜に落とし、恥ずかしそうにルークの肩に頭を預けた。


「……ずるいわよ、ルーク。そんなことされたら……私、もう二度とあなたから離れられなくなっちゃうじゃない」


「えへへ……離れないでください。ずっと隣にいてほしいです」


 波の音だけが響く夜の砂浜。

 二人の心は、どんな強い嵐でも解けない、強固で温かな結び目で結ばれていた。


     * * *


 翌朝。

 シープ・パッチ号の船室で、ミーシャが机いっぱいに広げた世界地図を前に、重大な報告を行っていた。


「皆さん、集まってください。次に向かうべき『四本目の原初の遺物』の所在が判明しました」


 ミーシャの真剣な表情に、ルーク、セラ、ガレット、ヴァルド、そしてオルカが身を乗り出す。

 ミーシャの指が指し示したのは、世界地図の最北端——大陸の果てを越えた、白銀一色で塗り潰された極寒の地だった。


「南の海とは真逆……極北の凍土、人類未踏の永久氷壁の彼方にそびえる霊峰——『氷結霊峰エターナル・ピーク』です」


「氷結霊峰……」

 ガレットが腕をさする。

「名前を聞くだけで凍えそうだぜ。そこにも、原初の結節点があるのか?」


「はい。世界を包む世界帷(せかいい)の『北の天蓋』を支える巨大結節点——『白銀の巨針塔(シルバー・スピル)』です。そして、その結節点に眠る四本目の遺物が……」


 ミーシャは古代文献の挿絵を指差した。

 そこに描かれていたのは、黒々とした鋼鉄の輝きを放つ、太く無骨な巨大な針。


「原初の七針が四本目——『原初の鋼骨針(スティール・ニードル)』です」


「鋼骨針……」

 ヴァルドが呟く。


「はい。数千年前、原初の紡ぎ手の一人——『鍛造の巨匠バルカン』が、大地と空間の骨組みを補強するために打ち込んだ、最も強靭な針とされています。……ですが、この結節点の周辺には、極めて好戦的な戦闘種族が定住しています」


「戦闘種族?」

 ルークが問う。


「『鋼織りの民(アイアン・ウィーバー)』。極寒の地で鋼鉄の魔糸を肉体に直接編み込み、独自の武術を極めた戦士集団です。彼らは外部の者を一切受け入れず、結節点に近づく者を敵とみなして排除すると言われています」


「ふん、面白そうじゃないか」

 操舵室の壁に寄りかかっていたオルカが、不敵に片目を光らせた。

「鋼織りの民ねえ。アタシら『繕い屋』の古い知り合いにも、あの北の連中から脱走してきた奴が何人かいたよ。頑固で力自慢の石頭ばかりだが、筋の通らないことは大嫌いな連中さ。……会いに行く価値は十分にあるね」


「よし、決まりだ!」

 ガレットが拳を打ち鳴らす。

「南の海を縫い止めたんだ、今度は北の氷山を仕立て直してやろうぜ!」


「そのためには、この船をちょいと改造しなきゃね」

 オルカがニヤリと笑った。


     * * *


 出航までの二日間、コーラルポートの船着き場では、大掛かりな船の改装工事が行われた。

 最高司祭バルトロメオの号令のもと、教団の職人たちから最高級の『真珠母貝の装甲板』と、極低温でも凍結しない『耐氷魔導木材』が無償で提供された。


「おい、ルーク! 船首の衝角の継ぎ目、頼むぞ!」


「はい、今やります!」


 ルークは母の指貫と真珠針を操り、船首に新設された巨大な鋼鉄の砕氷衝角を、七色の魔糸で船体へと完全に縫合した。

 船首から船底にかけて、真珠貝の光沢と頑丈な鋼板がパッチワークのように組み合わされ、シープ・パッチ号は『重装砕氷魔導船』へと見事な進化を遂げたのだ。


「これなら、北極海の分厚い流氷もものともせずに突進できるよ!」

 オルカが舵を握り、満足げに叫んだ。


 島民たちの惜しみない歓声と紙吹雪に見送られ、シープ・パッチ号はコーラルポートを出航した。

 守護聖獣たる機織りの鯨が、船の先頭に立って雄大な潮吹きで航路を清め、南の海に別れを告げる。


     * * *


 南の海を出てから一週間。

 周囲の景色は、劇的な変化を遂げていた。


 エメラルドグリーンの温かな海は姿を消し、鉛色の冷たい海原に、無数の巨大な白銀の流氷がゴツゴツと音を立てて漂っていた。

 吹き付ける風は肌を切り裂くほど鋭く、吐く息は一瞬で白い煙となって凍りついていく。


 ガレットは毛皮の分厚いコートを着込み、寒さに震えながら甲板の雪をスコップで掻き出していた。


「ひ、冷えぇぇぇっ……! な、なんだこの寒さはよォ……! まつ毛まで凍りそうだぞ……!」


「ガレット、騒ぐと体力が奪われるわよ」

 同じく防寒用の白い毛皮付きコートに身を包んだセラが、平然と笑う。

 氷織りの使い手であるセラにとっては、この極寒の環境はむしろ魔力が研ぎ澄まされる心地よい空気のようだった。

 セラの胸元には、ルークがプレゼントした氷と真珠のペンダントが、淡い光を放っている。


「前方を警戒しろ」

 ヴァルドが双眼鏡を構え、船首に立った。

「流氷の密度が上がってきた。……見えてきたぞ」


 五人が船首楼へと駆け寄り、鉛色の霧の彼方を凝視した。


 そこにそびえ立っていたのは、海を完全に遮断するようにそびえ立つ、高さ数百メートルを超える絶壁だった。

 純白と蒼白の氷が幾重にも積み重なり、天を突く巨大な氷の防壁——『絶望の氷壁』。

 そしてその氷壁の遥か天頂には、雲を突き破ってそびえ立つ、白銀の霊峰エターナル・ピークの雄姿が神々しくそびえ立っていた。


 その時だった。


 ヒュルルルルルル……ッ!!


 突如として、氷壁の頂上から、甲高い信煙弾のような青い閃光が打ち上げられた。

 霧が晴れると、数百メートル上空の氷の突堤の上に、毛皮と鋼鉄の重装鎧に身を包んだ数十人の戦士たちが姿を現した。

 彼らの手には、太い鋼鉄の魔糸で編まれた巨大な投槍や大弓が握られ、その切っ先が一斉にシープ・パッチ号へと向けられていた。


「出迎えてくれたようだな」

 ヴァルドが冷ややかに呟く。


「北の戦闘種族……『鋼織りの民』です!」

 ミーシャが叫ぶ。


 ルークは右手の指貫を握りしめ、氷壁の上の戦士たちを見上げた。

 四本目の遺物『原初の鋼骨針』を巡る、極寒の白銀の地での新たな戦いと出会いが、今、幕を開けようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。