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魔術の"出来損ない"と呼ばれた少年は、壊れた世界を繋ぐ唯一の【継ぎ手(リンカー)】でした  作者: 六井求真


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第42話:荒野の包囲網

海抜百メートルを超える、切り立った断崖絶壁。

 天蓋の灯台のレンズ室の窓を蹴破った瞬間、五人の身体を捉えたのは、叩きつけるような海風と、果てしない落下の恐怖だった。


「セラ、頼む!」


 ルークの叫びに、銀髪の少女が即座に応じた。

 宙を舞いながら、セラは右手の杖を垂直の崖下へと振り下ろす。

 彼女の指先から、何万本もの青白い魔糸が滝のように射出され、断崖の岩肌に沿って瞬時に凍結していった。

 ——『氷織り・氷華滑走路(フロスト・コースター)』!!


 ピキキキキキッ!!

 崖に沿って滑らかに組み上がったのは、厚さ三十センチの巨大な氷の傾斜路。

 五人はその氷の滑り台へと見事着地し、猛烈なスピードで断崖を滑り落ちていく。


「うおおおおおっ!? 目が回るぜェェッ!!」

 ガレットが叫ぶ。


「皆さん、足元の衝撃を逃します! ——『記述魔術・流体緩衝陣』!」

 ミーシャが魔導ペンを一閃させると、五人の靴底を柔らかな反発の光が包み込み、垂直落下の衝撃を滑らかな滑走へと変換した。


 ズザザザザザザッ!!


 灯台の麓を取り囲んでいた数百名の帝国軍と魔導憲兵隊の頭上を、五人は流星のように飛び越えた。

 そして、崖下の荒野の赤土へと、華麗に着地を果たす。


「な……崖から飛び降りて脱出しただと!?」

「追え! 快速装甲魔導艇を出せ! 一匹たりとも逃がすなァッ!」


 背後の広場から、憲兵隊の怒号と号砲の音が響き渡った。


「走るわよ! 西の峡谷へ!」

 セラの先導で、五人は荒涼とした赤茶けた台地へと全速力で駆け出した。


     * * *


 だが、大陸全土を掌握する帝国軍の包囲網は、決して甘くはなかった。


 ドドドドドドッ……!!


 逃走を始めてわずか数分後。

 背後の地平線から、地響きと共に激しい砂煙が立ち上った。

 現れたのは、巨大な二連の魔導推進器を備えた、十数隻の『装甲魔導艇』。

 車輪の代わりに魔力浮遊で荒野を滑走するその鉄の獣たちは、馬の三倍以上の速度でルークたちの背後へと迫ってきた。

 さらにその左右を、純白の法衣の上に黒鉄の甲冑を纏った、数十騎の『天衣騎兵部隊』が固めている。


「チッ、しつけえハエどもが! もう追いついてきやがった!」

 ガレットが大剣を構えながら、肩越しに振り返る。


「第一教官室が拘束された以上、この一帯の指揮権は憲兵隊副長——『鋼織り』のバルツ中佐に渡っているはずだ」

 並走するヴァルドが、息を乱しながら警告した。

「冷酷にして搦手を得意とする実力派だ。……来るぞ!」


 キィィィィン……ッ!


 先頭を走る三隻の魔導艇の甲板から、鈍い金属音が響いた。

 大型の魔導バリスタから放たれたのは、鋼鉄の魔糸で編まれた巨大な『徹甲捕縛網』。

 空気を切り裂く風切り音と共に、五人の頭上を覆い尽くすように降り注ぐ。

 網の結節点には高圧の痺れ毒と拘束電流が仕込まれており、触れた瞬間に肉体を麻痺させる凶悪な兵器。


「散らせるかよ! ——『剣織り・旋風地裂斬』!!」


 ガレットが急停止し、渾身の力で大剣を荒野の地面へと叩きつけた。

 赤銅色の衝撃波が地を割り、巻き上がった巨大な岩石の壁が、降り注ぐ捕縛網を空中でガチィィンと受け止める。


「ルーク、艇の動力機関を狙え!」

 ヴァルドが叫び、腰の雷剣を抜刀した。

 ルークの『万象の縫い糸』を纏ったプラチナの雷光が、パチパチと鋭い放電音を立てる。


「うん! 魔力回路の急所は……あの船底の結節点だ!」


 ルークの金色の左目が、迫り来る魔導艇の構造を透視した。

 装甲の隙間から漏れ出る、推進器を駆動させるための魔糸の束。

 重い車体を浮遊させるために極限まで緊張しているその『要の糸目』を、ルークの視線が正確に捉える。


「右舷の吸気口の奥、三番目の赤い結び目! そこを突けば、魔力が逆流する!」


「了解だッ! ——『雷織り・迅雷閃光槍』!!」


 ヴァルドが雷剣を突き出した。

 放たれた純白と七色の雷の槍が、ルークの指示通りの座標を寸分の狂いもなく貫通した。

 ズドォォォォンッ!!

 先頭の魔導艇の船底から激しい火花が噴き上がり、浮遊魔力を失った巨体が横転して荒野を滑走し、後続の二隻を巻き込んで大爆発を起こした。


「やった!」

 ミーシャが歓声を上げる。


「喜ぶのは早いわ! 敵の本隊はあんなものじゃない!」

 セラの鋭い声が響く。


 爆煙の向こうから、残る魔導艇と騎兵部隊が、何重もの扇状陣形を展開してルークたちを包囲しようと迫っていた。

 前方は、切り立った赤褐色の岩壁に挟まれた巨大な谷——『百裂の谷(クラック・キャニオン)』。

 地面の至る所に『ほつれ』の亀裂が口を開け、自然の砂嵐が吹き荒れる天然の迷宮。

 だが、その谷の入り口には、すでに先回りした憲兵隊の別動隊が、重装盾の壁を築いて待ち構えていた。


「前も後ろも塞がれた……!? 完全に袋の鼠だぞ!」

 ガレットが歯を食いしばる。


 包囲軍の中央、大型の指揮艇の甲板の上に、鉄の甲冑を着込んだ角刈りの男——バルツ中佐が仁王立ちしていた。

 その冷徹な眼光が、ルークたちを見下ろす。


「無駄な足掻きはやめよ、反逆者ども。……貴様らに逃げ場はない。武器を捨てて投降せよ。さもなくば、この場でミンチにして砂漠の肥やしとしてくれる」


 数百の銃口と弓が、一斉に五人に向けられた。

 セラの氷も、ヴァルドの雷も、連戦の疲労で魔力残量は半分以下。

 絶体絶命の危機。


「……僕が、前に出る」

 ルークが右手の指貫を構え、一歩前に進み出た。

「盾の結び目を解く。一瞬だけ道が開くから、みんなはその隙に谷へ——」


「バカ言わないで!」

 セラがルークの腕を強く掴んだ。その瞳には怒りと、失うことへの恐怖が滲んでいた。

「あなた一人を犠牲にして逃げるくらいなら、ここで全員で戦って散るわ!」


「セラさんの言う通りです! 私たち、仲間なんですから!」

 ミーシャも魔導ペンを構える。


 その時だった。


 ヒュルルルルルル……ッ!!


 遥か上空、百裂の谷の断崖の上から、甲高い信管の鳴く音が荒野に木霊した。


「……ん? 何だ、あの音は……」

 指揮艇のバルツ中佐が眉をひそめて空を見上げた、その刹那。


 ドガァァァァァァァンッ!!


 凄まじい大爆発が、前方を塞いでいた憲兵隊の重装盾部隊のど真ん中で炸裂した。

 吹き荒れる閃光と黒煙。

 強固な盾の陣形が、まるで紙屑のように吹き飛ばされ、兵士たちが悲鳴を上げて四方へと転がっていく。


「な、何事だ!? 伏兵か!?」

 バルツが叫ぶ。


「ヒャッハァァァッ! 天下の帝国憲兵隊が、子ども相手に寄ってたかって、みっともねえ真似してんじゃないよォッ!!」


 断崖の天頂から、大地を揺るがすような女の豪快な怒声が響き渡った。

 煙を切り裂いて崖から飛び出してきたのは、六頭立ての巨大な装甲馬車だった。

 車体のあちこちが異なる色の鉄板や木片、巨大な真鍮のリベットで継ぎ接ぎされた、まるで走る要塞のような無骨な馬車。

 その屋根の上に、一人の女性が仁王立ちしていた。


 引き締まった褐色の肌。

 ボロボロの革のロングコートを風になびかせ、右目には無骨な黒革の眼帯。

 残された左の琥珀色の瞳は、飢えた雌虎のように獰猛な光を放っていた。

 三十代半ばほどのその女性は、肩に担いだ巨大な魔導擲弾筒から白煙を吹き出しながら、不敵にニッと白い歯を見せた。


「おい、そこの指名手配犯のお坊ちゃんたち!」

 隻眼の女性が、崖下を疾走する馬車の上から手招きした。

「乗るかい!? それとも、あの堅物憲兵の犬の餌になるかい!?」


「誰だか知らねえが……乗るに決まってんだろォッ!!」

 ガレットが叫び、仲間たちの背中を押した。


「行くよ、みんな!」

 ルークの号令と共に、五人は砂煙を蹴立てて疾走した。

 猛スピードで崖下を駆け抜ける武装馬車の荷台へ、ガレットがミーシャを放り投げ、ヴァルドがセラの手を引いて飛び乗る。

 そして最後の一人——ルークが荷台の縁に手をかけた瞬間、女性の強靭な腕がルークの手首をガッシリと掴み、軽々と車内へと引き上げた。


「よっと! 全員乗ったね! 野郎ども、とんずらだよ! 全速力で谷へ突っ込みな!」


 バチンッ! と手綱が叩かれ、六頭の巨馬が咆哮を上げて地を蹴った。

 馬車は百裂の谷の狭い岩陰へと雪崩れ込み、吹き荒れる砂嵐の中へと猛スピードで姿を消していった。


「撃て! 撃ち方止めろ、見失うなァッ!」

 背後でバルツ中佐の怒号が響くが、谷の複雑な地形と砂嵐に阻まれ、追撃の手は完全に途絶えた。


     * * *


 揺れる馬車の荷台の中。

 車内には、無数の工具や布切れ、銃弾の木箱が所狭しと積み上げられていた。

 息を乱して座り込む五人の前で、隻眼の女性は煙管に火を灯し、紫煙をふわりと吐き出した。

 そして、その鋭い琥珀色の瞳で、ルークの右手——古い革の指貫をじっと見つめた。


「……やっぱりね。その指貫の縫い目、見間違えるはずがないよ」

 女性はニッと笑い、右手の親指で自らの胸元をドンと叩いた。


「アタシの名はオルカ。オルカ・サージだ。……流浪紡術師団『繕い屋(ティンカーズ)』の頭をやってる」


「繕い屋……!」

 ルークが目を見開く。

 パッチタウンの長老バルトアンが言っていた、各地を放浪しながら壊れた世界を直して回る、誇り高き職人集団。


「十六年前、アタシらはステラ様に命を救われた。……あの人が遺した言葉通りさ。『いつか、私の息子が世界中から追われる身になったら、力になってやってくれ』ってね」

 オルカは煙管をくわえ直し、ルークの頭をくしゃくしゃと乱暴に撫で回した。


「ようこそ、はみ出し者共の吹き溜まりへ。……待ってたよ、小さな仕立て屋!」


 砂嵐の吹き荒れる谷の奥深く。

 追われる身となった少年少女たちに、世界で最も心強い味方が現れた瞬間だった。

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