↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術の"出来損ない"と呼ばれた少年は、壊れた世界を繋ぐ唯一の【継ぎ手(リンカー)】でした  作者: 六井求真


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/81

第29話:断罪の糸

ギチギチギチ……ッ!!


 骨が軋み、筋肉が裂ける不快な音が広場に響き渡った。

 オルソンの身体から、ドス黒い魔力と純白の光が狂ったように噴き出し、混ざり合っていく。

 彼の背中から、何本もの蜘蛛の足を思わせる鋭利な骨刃が生え、四肢は黒い魔糸の束となって異様に引き伸ばされた。顔半分は白い仮面のような皮膚に覆われ、理性を失った紅蓮の瞳が狂気にギラギラと輝いている。


『グ……グオオオオオオッ!! 見ヨ……! コレゾ至高ノ……完全ナル肉体ダァァッ!!』


 もはや人間の声ではなかった。

 何重もの怨嗟の声が重なり合ったような咆哮と共に、異形化したオルソンが跳躍した。

 その速度は目にも留まらない。

 空中で蜘蛛の足が振るわれると、白と黒が混ざり合った刃条の波が放たれ、広場の巨石の柱が豆腐のようにスパスパと両断されていく。切断面からは空間そのものが削り取られ、虚無の黒煙が立ち昇った。


「全員、退避ィィッ!!」

 ガレットが叫び、仲間たちを突き飛ばす。

 寸前まで彼らがいた地面が、深さ数メートルの大穴となって消滅した。


「なんてデタラメな威力……! 空間を直接削り取っているわ!」

 セラが着地と同時に氷の防壁を三重に展開するが、オルソンの振り下ろした骨刃の一撃で、防壁は紙細工のように粉々に砕け散った。

 だがセラは怯まず、砕け散った無数の氷片を空中で反転させ、鋭利な氷針の嵐として怪物の関節部へと撃ち返した。

「——『氷織り・霜花返針』! 少しでも動きを鈍らせるわ!」

 パキパキと凍りつく怪物の関節から、黒い血液が噴き出す。


『死ネ! 死ネ! 消エ去レェェッ!!』


「させるかよッ! ミーシャ、座標を寄越せ!」

 ヴァルドが叫ぶ。


「東に三歩、仰角十五度です! ——『記述魔術・重力楔(グラビティ・アンカー)』!」

 後方のミーシャが魔導ペンを一閃させると、オルソンの足元の重力が十倍に跳ね上がり、怪物の動きが一瞬だけ鈍った。


「喰らえッ! 『雷織り・迅雷閃』!!」

 ヴァルドの放った純白の雷撃が、オルソンの顔面を直撃する。眩い閃光が怪物の視界を完全に奪った。


『ギシャアアッ!? 目ガ……目ガァァッ!』


「今よ、ガレット!」

「任せろォォォッ!!」


 ガレットが赤銅色の魔力を全身に纏い、地を蹴った。

 木剣を両手で構え、渾身の力を込めて跳躍する。

 ——『剣織り・剛撃破岩斬』!!


 ドゴォォォンッ!!

 ガレットの全力の一撃が、オルソンの胸部を覆っていた硬質な外殻を叩き割った。

 白い破片が飛び散り、怪物の胸の奥底で脈打つ、赤黒い『核』が露わになる。


『オノレェェェッ、虫ケラガァァァッ!!』

 オルソンが激昂し、無数の骨刃をガレット目掛けて振り下ろそうとした。

 無防備なガレット。回避は間に合わない。


 だが——その切っ先がガレットに届くことはなかった。


「——そこだ」


 静かな、透き通った声。

 いつの間にか、ルークが怪物の懐へと滑り込んでいた。


 ルークの金色の左目が、異様な光彩を放っていた。

 彼の目には、オルソンの肉体のすべてが視えていた。

 天衣の至高の術理と、ほつれの暗黒の力。二つの相反する力を、オルソンは自らの野心と虚栄心だけで無理やり結びつけていた。

 その結合部は、見るも無惨に歪み、悲鳴を上げ、今にも自壊しそうなほどに不格好だった。


「オルソン教官……あなたの魔術は、誰かを守るためのものじゃない」

 ルークは右手の人差し指に嵌めた指貫を、怪物の胸の裂け目へと突き入れた。


「自分だけが特別になりたかっただけの……ただの、醜い『ほつれ』だ!!」


 ルークの指先が、黄金と白銀の魔糸を纏って閃いた。

 怪物の体内を支配していた、天衣とほつれを繋ぐ無数の無理な結び目。その急所の一点目掛けて、正確無比な一撃が振り下ろされる。


「——『裁糸(さいし)』ッ!!」


 パァァァァンッ……!!


 地下空洞に、まるでガラスの城が崩壊するかのような、美しくも残酷な破裂音が鳴り響いた。

 怪物の胸の奥で、異形化を維持していた術式の糸が一斉に弾け飛ぶ。


『ア……アア……ソ、ソンナ……私ノ……至高ノ……世界ガァァァッ!!』


 オルソンの絶叫と共に、巨大な蜘蛛の足がボロボロと崩れ落ち、黒い霧が激しく吹き飛んだ。

 肉体が縮み、異形の外殻が剥がれ落ちていく。

 後には、白目を剥いて血を吐き、ピクピクと痙攣しながら床に倒れ伏す、哀れな人間の男の姿だけが残されていた。


「……やった……のか……?」

 ガレットが肩で息をしながら呟く。


「ええ。術式を完全に解体したわ。……自業自得ね」

 セラが冷たい視線をオルソンに投げかけた。


 五人の完全な連携による、完織派の内通者の撃破。

 だが、安堵の息を吐く間もなく、足元の大地が激しく鳴動を始めた。


 ドガガガガガッ……!!


「きゃああっ!?」

 ミーシャが悲鳴を上げて尻餅をつく。


 オルソンが破壊した祭壇の奥底。

 抑えを失った古代の裂け目が、先ほどの何倍もの猛烈な勢いで広がり始めていた。

 黒い亀裂が遺跡の床を、壁を、天井を走り抜け、何千トンもの巨石が次々と虚無のクレバスへと崩落していく。

 このままでは、遺跡全体が陥没し、全員が生き埋めになる。


「駄目だ、裂け目が暴走してる! もう逃げ道がねえぞ!」

 ガレットが叫ぶ。


「……逃げる必要はないわ」

 セラが祭壇の奥を見つめ、言った。

「あそこを見て、ルーク!」


 崩落した祭壇の中心。

 瓦礫の中から姿を現したのは、巨大な円形の石版だった。

 石版の表面には、無数の溝が複雑な幾何学模様を描き、その中央には、小さな『窪み』が彫られていた。


「あれは……遺跡の主制御盤です!」

 ミーシャが叫ぶ。

「古代の文献にあった通りです! この遺跡全体が、巨大な『世界帷の自動修繕装置』なんです! あそこの窪みに適合する鍵さえあれば、遺跡の力で裂け目を塞ぐことができる!」


「適合する鍵……!?」

 ヴァルドが周囲を見渡す。

「そんなもの、どこにあるというのだ!」


 ルークは、自分の右手を見つめた。

 右手の人差し指に嵌められた、古びた革の指貫。

 エッジタウンを出る時、マルタ院長から託された、母の形見——原初の紡ぎ手の遺物。

 指貫は今、眩いばかりの黄金の光を放ち、まるで主制御盤の窪みに引き寄せられるように、激しく脈打っていた。


「……あったよ」

 ルークは真っ直ぐに祭壇へと歩み出した。


「ルーク!?」

 セラが息を呑む。


「みんな、下がってて」

 ルークは崩落の嵐の中を走り抜け、祭壇の主制御盤の前に立った。

 そして、光り輝く指貫を嵌めた指先を、中央の窪みへと躊躇なく差し込んだ。


「——繋がれッ! 太古の記憶、僕たちの世界を……縫い直してくれッ!!」


 カチリッ!


 革の指貫が、石版の中央の窪みへと完璧に噛み合った。

 その瞬間、まるで数千年の眠りから目覚めた巨獣のように、遺跡全体がドクンッ! と力強く脈打った。

 指貫の銀の縁から、青白いプラチナと黄金の神代の魔糸が溢れ出し、制御盤の溝を一気に駆け巡っていく。

 複雑怪奇な幾何学模様が光の回路となって床を走り、崩落しかけていた石柱を、壁を、天井を、光の刺繍で縫い留めるように繋ぎ止めていく。


「な……なんだ、この魔力は……!?」

 ヴァルドが目を見張り、圧倒的な神気に息を呑んだ。

「遺跡そのものが……生きている織機のように動き出したというのか……!?」


 ルークの脳裏に、怒涛の勢いで『記憶』が流れ込んできた。

 数千年前、まだ天衣の支配も、完璧主義の狂信もなかった神代の時代。

 大地が引き裂かれ、星が砕け散ろうとした時、ただ一つの針と糸を手に、泣きながら世界を縫い繋いだ無数の無名の人々——【原初の紡ぎ手】たちの祈りと願い。


『不完全でいい。歪んでいてもいい。生きていること、それだけで世界は愛おしい』


 母の、そして太古の先祖たちの温かな声が、ルークの魂を優しく包み込んだ。

 ルークの両眼——金と銀のオッドアイが、眩いばかりの完全な太陽の輝きを帯びる。


「僕は、逃げない……! この世界を、何度でも繕ってみせる!」


 ルークの咆哮と共に、遺跡の天頂から天空を貫く光の柱が撃ち放たれた。

 古代の修繕装置が、いま完全に覚醒したのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。