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魔術の"出来損ない"と呼ばれた少年は、壊れた世界を繋ぐ唯一の【継ぎ手(リンカー)】でした  作者: 六井求真


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第28話:雷鳴と継ぎ接ぎ

「……壊れかけたものを、放っておけるわけないだろ!」


 ルークのその言葉は、ヴァルドの胸の奥深くに突き刺さった。

 かつて自分が「出来損ない」「害虫」と罵り、見下していた少年。

 その少年が今、命を賭して自分の前に立ち、自らの魔術で生み出した雷の障壁で怪物の猛攻を防いでいる。


「くっ……ルーク、障壁が保たないわ!」

 セラの叫びが響く。

 数十体もの『ほつれ』が、黒い泥の津波となって雷光盾へと殺到していた。

 ルークがヴァルドの散乱した魔糸を再構成して作った障壁は頑強だったが、敵の物量があまりにも多すぎる。パチパチと火花が散り、金色の光が軋みを上げていた。


「ガレット、ミーシャ! 負傷者を後方の瓦礫の陰へ!」

「応よッ!」

「お任せください!」

 ガレットが倒れていた第一班の生徒二人を両脇に抱え上げ、ミーシャが即座に防護陣を展開して退路を確保する。


「ヴァルド、腕を出して!」

 ルークが障壁を片手で維持しながら、背後のヴァルドを振り返った。


「な……何を馬鹿なことを言っている! 俺の魔力回路は焼き切れているんだ! 早く逃げ——」

「いいから、黙って腕を出しなさい!」

 セラが割り込み、ヴァルドの右腕を強引に掴んでルークの前に突き出した。


「ちょっと痛むよ。我慢してね」

 ルークは右手の指貫をヴァルドの手首に押し当てた。

 金色の左目が、ヴァルドの腕の中を巡る魔力回路を透視する。

 過剰な放電によって、魔糸を通すはずの生体回路がズタズタに引き裂かれ、黒く焦げ付いていた。通常の治癒魔術師であれば、全治数ヶ月と診断するほどの重傷。


 だが——ルークの目には、それがただの『千切れた糸』に見えていた。


「——『接糸(せつし)』」


 ルークの指先から、極細の金と銀の魔糸がヴァルドの皮膚を透過して体内へと滑り込んだ。

 切断された回路の端と端を手繰り寄せ、一針、一針、超高速で縫い合わせていく。

 煤けた結び目を解き、魔力が滑らかに流れるように、ほんの少しだけ回路の幅を広げて遊びを持たせる。

 チクチクとした針で刺されるような痛みの後、ヴァルドの全身を電撃のような熱が駆け巡った。


「ぐっ……!? な、んだこれ……は……!?」


 ヴァルドの瞳が見開かれた。

 痛みが瞬時に引いていく。それどころか、縫い合わされた回路を巡る魔力の速度が、以前の自分よりも遥かに滑らかに、澱みなく循環し始めたのだ。

 回路の無駄な軋みが消え、魔力が濁流のように四肢へと満ちていく。


「な……んだ、この巡りは……!? 俺の雷が……研ぎ澄まされていく……!?」


「元々の回路が少し窮屈に編まれていたから、少しだけ遊びを持たせて縫い直したんだ」

 ルークが額の汗を拭いながら微笑む。

「ヴァルド、君の雷はもっと速く、もっと自由になれるはずだ」


「自由、だと……?」

 父アーヴェルから「完璧であれ」「冷徹に敵を焼き尽くせ」と型にはめられ続けてきたヴァルドの心に、ルークの言葉が激しく木霊した。

 完璧を求めるあまり、自らの肉体を縛り付けていた鎖が、今、少年の手によって綺麗に解きほぐされたのだ。


 バチィィィンッ!!

 激しい放電音と共に、雷光盾が砕け散った。

 黒い怪物の群れが一斉に牙を剥いて飛びかかってくる。


「死ねェッ、ゴミクズどもがぁぁッ!」

 遠くの祭壇で、オルソンが狂気の笑声を上げる。


「——ゴミクズだと?」


 低い、怒気に満ちた声が響いた。

 ルークの隣から、一筋の金色の閃光が弾け飛んだ。

 ヴァルドだった。

 彼の全身から立ち昇る雷光は、先ほどまでの荒々しい黄色ではない。白熱した太陽のような、純粋で鋭利なプラチナゴールドの雷だった。


「——貴様が誰の指図で動いているかなど、もはやどうでもいい!」

 ヴァルドが両腕を広げる。

 両手の指先から放たれた無数の雷糸が、空中で複雑怪奇な幾何学模様を瞬時に織り上げていく。

 ルークの手によって修繕された魔力回路が、かつてない高密度の術式構築を可能にしていた。


「——『雷織り・迅雷殲滅陣(トール・カタストロフ)』ッ!!」


 ドガァァァァァンッ!!


 遺跡の中央広場全体が、真昼の太陽を呑み込むほどの雷光に包まれた。

 天から降り注ぐ純白の雷の槍が、押し寄せていた数十体もの『ほつれ』を一体残らず貫き、地面ごと焼き尽くす。

 怪物の悲鳴すら上げる間もなく、黒い泥は一瞬にして蒸発し、白煙となって消え失せた。


「はぁ……はぁっ……!」

 膝をつきかけるヴァルドの背中を、ガレットがガッシリと支えた。


「へっ、やるじゃねえか、お坊ちゃん! 見直したぜ!」

「……触るな、無礼者」

 ヴァルドは悪態をつきながらも、ガレットの手を払いのけようとはしなかった。


「な、何をしている貴様らァァァッ!?」

 祭壇の上のオルソンが、信じられないものを見る目で絶叫した。

「なぜ動ける!? なぜ死なない!? 大院長様の崇高なる計画のために、貴様らはここで消滅せねばならんのだ!!」


「オルソン教官、もう終わりよ」

 セラが進み出て、氷の切っ先をオルソンに向けた。

「これ以上の罪を重ねる前に、武器を捨てなさい」


「終わりだと……? ふざけるな、不完全な出来損ないどもがァッ!」

 オルソンは懐から、禍々しい紫色の光を放つ小瓶を取り出した。

 中に入っているのは、ドロドロとした黒い液体——高濃度の『ほつれのエキス』。


「私は選ばれるのだ! 新世界を統べる至高の存在として、大院長様の右腕となるのだァァァッ!」


 オルソンは狂気じみた笑みを浮かべ、その液体を一気に飲み干した。


「いけない、止めなさい!!」

 セラの叫びも虚しく、オルソンの肉体が異様な音を立てて膨張を始めた。

 骨がきしみ、筋肉が引き裂かれ、皮膚の下を何千匹もの黒い虫が蠢くように、ドス黒い魔力が血管を伝って全身へと広がっていく。


「グ……ガハッ……! ア、アアアァァァッ!!」


 オルソンの口から人間ならざる濁った咆哮が迸った。

 彼の背中から、何本もの節足動物のような黒い腕が生え、白装束の法衣を内側からズタズタに引き裂いていく。

 顔面は白骨の仮面へと融合し、理性を失った眼窩には、世界のすべてを食い尽くそうとする底知れぬ虚無の紅蓮が爛々と燃え盛っていた。


「……自ら『ほつれ』の瘴気を取り込んで、人造の上位ほつれに成り果てるなんて……!」

 ミーシャが震える声で叫んだ。

「あのエキス、紡術院の禁術研究所で極秘に精製されていた『原初の泥』です! 人間の肉体を依り代にして、空間を喰い破る怪異へと強制的に変異させる悪魔の薬……!」


『……オ……大院長様……ワタシハ……完全ニ……ナリマシタ……!』


 二重、三重に重なる不気味な声が、地下遺跡全体を震わせた。

 身の丈五メートルを超える異形の巨躯。

 その巨腕が薙ぎ払われるだけで、古代遺跡の頑丈な石柱がまるで豆腐のように容易く両断され、瓦礫が粉塵となって吹き荒れる。

 もはやそこに教官としての理性の欠片もない。ただ、大院長アーヴェルへの歪んだ忠誠と破壊衝動に狂った、哀れな怪物の成れの果てだった。


「……哀れな男だ」

 ヴァルドが冷徹に呟いた。その全身から、プラチナゴールドの雷光がバチバチと鋭い火花を散らす。

「父上の甘言に踊らされ、己の誇りも人間性も捨て去り、化け物に成り果てるとはな。……引導を渡してやるのが、紡術院の生徒としての最後の情けだ」


「ああ、同感だぜ!」

 ガレットが大剣を構え、獰猛な笑みを浮かべる。


「セラ、ミーシャ、行けるかい?」

 ルークが問いかけると、二人は力強く頷いた。

「ええ、私の氷は、もう二度と折れないわ」

「私も、全力で補助式を展開します!」


 ルークは右手の人差し指に嵌めた革の指貫をギュッと握り締めた。

 金と銀の瞳が、巨躯の奥底で渦巻く異様な魔糸の結節点を鋭く見据える。

 五人の心が、今、一つに縫い合わされた。


「行こう……! 僕たちの手で、この哀しい怪異を終わらせるんだ!」


 少年少女たちの叫びと共に、古代遺跡の最深部で、運命の総力戦の火蓋が切って落とされた。

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