8話 イベェ―ルの冒険者 〜不朽の盾〜
ゴブリンギングを先頭にワラワラと、ゴブリンの集団ーー100体以上が洞窟から出てきた。
醜悪な笑みを浮かべたゴブリンキングの手には、黒く禍々しい斧が握られている。
その斧は赤く血管のようなものが張り巡らされており、ドクンドクンと脈動する。
ゴールドランクの冒険者、魔法使いソニアは電撃の影響で動けずにいた。
近くで同じく倒れ伏している同じゴールドランクの仲間に、なんとか声をかける。
「カイ、あれ……バルグロスよね」
「間違いねぇ。上級危険指定魔獣〈血斧王〉バルグロスだ。ここに潜んでやがったとは!てことは、あのゴブリンメイジは〈雷禍〉グルザムか」
カイは顔を上げ、吐き捨てるように言った。
「まさか、こんなところで見つかるとはな。なかなか発見できなかったはずだろ」
「この辺りは外れだって……ちくしょう、カーレンのやつ、恨むぜ」
「そんな状況じゃないでしょ! どうやって生き延びて、この情報を王都に持ち帰るのか……」
カイは苦々しく言葉を噛みしめる。
――そもそも、ソニアとカイの目的は、この〈血斧王〉バルグロス及びそれに付き従っている〈雷禍のメイジ〉グルザムの探索だった。
魔獣は進化する。
ただのゴブリンがゴブリンメイジやゴブリンジェネラルに進化するように。
そして、個別種の最上位に達した存在は、さらにその先――変異体へと至る場合がある。
ユニークモンスターには固有の名が与えられ、優先討伐依頼――いわゆる冒険者ギルドの賞金首リストに登録される。
その危険度は下級、中級、上級、特級と分けられていた。
上級は、上位冒険者のパーティーが複数で挑むべき格。
そして今、目の前にいるゴブリンキングこそ――
上級危険指定魔獣:〈血斧王〉バルグロス
賞金:金貨300枚
把握被害状況:いくつもの村を滅ぼし、なお拡大中。
討伐に向かった冒険者パーティーは全滅、もしくは消息不明。
能力:固有武器「血を吸う斧」を使用。この斧は生命力吸収の特殊効果を持ち、軍勢のゴブリンを糧として殺し続け、自己を強化する。
中級危険指定魔獣:〈雷禍のメイジ〉グルザム
賞金:金貨80枚
被害状況:小規模な村落を複数焼き払う。雷魔法を得意とし、殲滅力が高い。
能力:雷撃魔法、広範囲殲滅呪文「雷禍の槍」。
特徴:狂信的にバルグロスに従いっている。
ソニアとカイは、声を潜めて話し合った。
「最悪、この冒険者たちを囮にして逃げるしかねぇ。ソニア、魔法はどれくらいで使える?」
「……最悪ね。あと少しで、状態異常解除くらいなら……」
「どうしようもねえ。だが、この情報を持ち帰らなければ、被害は比べ物にならねぇ」
ソニアは唇を強く噛んだ。
ーーー
前線ではガルドが瀕死の重傷を負っていた。
それでも膝をつき、剣を杖代わりにして立ち続ける。
ミリアはその姿を見て、胸を締めつけられるような思いに沈んだ。
もし、自分の判断が間違っていなければ……。
あの奇襲の時、魔法を止めず攻め切っていれば――。
後悔が胸を灼く。
その時、バルグロスの目が唯一立っているニコルを捉える。
荷物持ちで来ていたニコルは軽装のうえ、冒険者達から少し離れたところにいたのが良かったのだろう。
雷撃の影響を受けずにいた。
邪悪な笑みを浮かべ、大斧を振り上げて迫る。
「やめろぉぉ!」
ガルドの投げた大剣が斧を阻んだ。
バルグロスは興を削がれた怒りを目に込めて、大剣の飛んできた先を睨む。
バルグロスは標的をガルドに変えた。
巨体が迫る。
ガルドの手元に残るのは短いナイフのみ。
ガルドはそれを抜き、正面から迎え撃った。
――だが、無惨にも斧の一撃で叩き斬られる。
「ぐあっ……!」
鮮血が舞い、体は大きくのけぞった。
斬撃と共に、生命力そのものが削られていく。
膝が崩れ落ち、ガルドは倒れた。
ゆっくりと歩み寄るバルグロス。
ゴブリンの集団は何もせず、ただ嗤って遠巻きも見物する。
冒険者たちは雷撃の衝撃から立ち直れず、誰も動けない。
バルグロスの「人狩り遊戯」を見せつけられているようだった。
現に、絶望的な状況におかれている冒険者たちを見て、ゴブリンたちは歓喜していた。
斧が振り上げられる。
その瞬間、小さな風の刃――ウインドカッターが飛んだ。
バルグロスの胸をかすめる。
だが、巨体には通じない。
「ふぅっ、ふぅっ……」
それを放ったのはニコルだった。
震える手で杖を握り、必死に魔法を唱える。
鬱陶しげに舌打ちし、バルグロスはまずガルドを始末しようとする。
ニコルは身を投げ出し、彼を覆う。
「やめろぉぉぉっ!」
その叫びに、愉悦を覚えたのか、バルグロスは醜悪な笑みを浮かべ、斧を振り上げる。
だが、その瞬間――。
「ゴウッ!」
鋭い風の斬撃が走り、バルグロスの腕を切り飛ばした。
「グガァァァァァッ!!」
バルグロスの苦悶の叫びが響く。
ゴブリンたちは混乱し、喚き散らす。
ニコルが顔を上げると、いつの間にか一人の青年が立っていた。
青年の風貌は獣のような獰猛さが宿ったようであり、筋肉はまるで鋼の蔦が絡み合ったような力強さを思わせる。
それでも、鋭い目差しの奥には、どこか優しさが漂っていた。
――玄斎。
無言でバルグロスを見据える彼の手には、まだ魔力のような余韻が残っていた。
瀕死のガルドは、掠れた声で言う。
「……手を、貸してくれ……」
「&#%¥」
だが青年から返ってきたのは、理解できない異国の言葉。
ガルドは胸元のギルド証を引きちぎり、青年にギルド証を握った手を差し出した。
言語通訳の魔法が込められたペンダントだ。
玄斎はためらわず、それをガルドの手とともに握る。
「……守ってやってくれ……」
今度ははっきりと意味が伝わった。
玄斎は短く答える。
「承知した」
ガルドはニコルとミリアにかすかな笑みを向ける。
玄斎の手からガルドの手がこぼれ、ギルド証が残った。
そして、静かに息を引き取った。
「ガルドさんっ!!!」「いやぁぁぁぁぁ!!!」
ニコルとミリアの叫びが木霊する。
玄斎は黙って立ち上がった。
目の前にはなお狂気を撒き散らすバルグロスと、その取り巻き。
二つの月が照らす夜。
ふと空を見上げた玄斎は、二つに分かれていた何かが一つになった気がした。
――違う世界でも、人は同じものを背負って生きているのだと。
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