5話 イベェールの冒険者 〜小さな冒険者〜
アルセリア歴 842年 陽炎の月 3日
アルセリア連王国の辺境の地。
森と川に囲まれた自然豊かな場所に町があった。
イベェールの町。
中心には小さな広場があり、大通りには宿屋や商店、雑貨や薬屋などがある。
川は生活用水や魚など、村に恵みを与えてくれている。
森も野生動物の肉、野草や果実、材木など、村の営みには欠かせぬ場所だ。
だが、森には魔物が時折姿を見せる。
スライムは大人なら難なく倒せる。ホーンラビットは、ときおり大人でも角で刺されて診療所の世話になる。フォレストドッグは、一匹でも大人の手に余るうえ、複数で群れているため、村では一大事となる。
そんな事態になれば、冒険者ギルドの出番だ。
ギルドは依頼によって採集や護衛もこなすが、主たる仕事は魔物討伐である。
小さな町イベェールにも冒険者ギルドがあるくらいに、人の営む場所にはだいたい冒険者ギルドはある。
そのギルドの人の出入りが、いつになく忙しかったーーー
大きなリュックサックを背負った小柄な少年が、ギルドに近づいていく。
「よお!ニコル。いよいよだな、無理すんなよ!」
ギルドの隣で商売をしている雑貨屋のおじさんが声をかけてきた。
「うん!頑張ってくるよ!」
ニコルは嬉しそうに答えて、ギルドの入口へと向かった。
今日、誕生日を迎えるニコルは12歳。
冒険者として登録できる年齢になったのだ。
冒険者に憧れているニコルは、よくギルドに遊びに来ていて、村の冒険者の大半と顔なじみになっている。
その前に、屈強そうな男が立ちはだかった。
「よっ!ニコル」
「おはようございます、ガルドさん!今日はよろしくお願いします!」
「ハハッ、そう、力むな力むな。
今日はゴブリンの集落の掃討作戦といっても、スカウトの偵察では、多く見積もっても50匹くらいだろう」
50匹……ゴクリとニコルは唾を飲み込む。
足が少し震えてきたかもしれない。
ゴブリンは手強い。
普通の村人では逃げるしかないくらいだ。
村でもときおり、ゴブリンの仕業と思われる酷たらしい事件が起こる。
村人にとってゴブリンは恐怖の対象だ。
50匹――こともなげに言い切るガルドさん、やっぱりすごいや。
「まあ、今回は隣街のギルドからも応援が来てるからな」
ガルドは目で、ギルドに併設されている酒場の奥を指した。
そこには、男と綺麗な女が座っている。
女はエルフで、魔力がどの種族よりも豊かで、戦闘に魔法を使うのが得意らしい。
男は双剣を腰に下げ、女は先端に青くきらめく大きな宝石をはめ込んだ杖をテーブルに立てかけていた。
首から覗くギルドの証、身分証のネックレスは金色だ。
「ゴールドランクの冒険者……はじめて見ました」
ニコルは目を見開いたまま呟く。
「まあ、大きな街のギルドならちらほら見るけどな。ルベェ―ルではなかなか見られねえよな」
この村では、ガルドさんのシルバーが最高ランク。
あんなに強いガルドさんより上のランクなんて想像できない。
「だから心配するな。それより、大事なことがあるだろ?」
そう、今日は僕の冒険者として生きていく最初の一歩!
今日、僕はギルドへ来たんだ。
あっ、ヨルグさん。
「おはようございます!」
「Grumk… klor…」
優しい眼差しで、いつものドワーフ特有の低い声で応えてくれる。
でも、今日も何を言っているかわからないや。
ドワーフだからね。でも、それも今日で終わりだ。
ヒューマンに、エルフにドワーフ、獣人などの亜人――話す言葉は種族ごとに違う。
だが、昔、魔族との大戦があり、一致団結しなければならなくなった。
そのとき、すごい魔術師か賢者か……誰かが、種族が違っても言葉がわかる魔法を作ったんだ。
そのいろんな種族の言葉がわかる魔法がギルド証のペンダントに付与されている。
冒険者ギルドには様々な種族が集まるため、このギルド証はとても便利だ。
そして何より、かっこいい。
強者の証って感じがする。
さて、前に進もう。
ニコルは財布から10シルバーを出し、受付に並んだ。
今日はゴブリン討伐作戦の決行日でもある。
受付は慌ただしく、ようやくニコルの番となった。
「おはよう、ニコルくん」
「おはようございます、ノーマさん」
顔なじみの受付、ノーマが微笑んで迎えてくれる。
「これ、登録料の10シルバーです」
「はい、たしかに。必要な書類は私が書いておいたから。……はい、それじゃギルド証」
ノーマはギルド証を手渡すが、ニコルが嬉しそうに取ろうとした瞬間――
ノーマはひょいと引っ込める。
肩透かしをくらったニコルに、ノーマは言った。
「無茶をしないこと。ルーキーには本来、ゴブリンの掃討作戦には参加させない。でも荷物持ちが不足しているから、特別に許されたんだよ」
「はい……」
ノーマは再びギルド証を渡しながら言う。
「ちゃんと怪我せずに帰ってくるように! これが冒険者ニコルの最初の仕事よ」
「はい! ありがとうございます!」
ニコルはギルド証を首にかけた。
さっきまでは歌声のように聞こえていたエルフの声――低く、洞窟から響くようなドワーフの唸り声――が意味を持ち始める。
「わあ、本当にみんなの言ってることがわかるや」
エルフは異国の果実の話をしている。
ドワーフは酒の話をしている。
そうだ、ドワーフのヨルグさん。
いつも僕に話しかけてくれてた。
ニコルはヨルグのところへ行き、
「ヨルグさん。僕、冒険者になりました」
ヨルグは見上げて
「ようやく、酒おごてくれるんけ?」
……どうやらヨルグさん、僕にいつも酒をせびってたようだ。
気を取り直して、ニコルはガルドに正式に冒険者になった報告に向かった。
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