3話 「異界の糧、青暗き水晶」
川のせせらぎに混じり、不気味な気配が漂っていた。
遠目に見えるのは蛙──いや、蛙に似た異形。
成犬ほどの巨体に、灰色の肌と赤い斑点。
どう見ても、この世の常識に収まるものではない。
普通なら引き返すか、遠回りするのが定石だろう。
だが、玄斎は気配を殺し、音もなく近づいていく。
腹が鳴った。
角兎の肉は昨夜で尽きた。
今夜の糧は、目の前の蛙モドキに決めていた。
四間ほどまで詰めたとき、蛙の目がギョロリとこちらを射抜く。
「ほう……この距離で気づくか」
玄斎は口の端をわずかに歪めた。
焦りの色はない。
次の瞬間、蛙が口を開けた。
鞠ほどの水球が、連続して吐き出される。
轟音とともに、岩が砕け散った。
玄斎は軽く身をひねり、そのすべてをかわしていく。
「水の術……面白い」
舌が閃いた。
玄斎の脚を狙い、一直線に伸びてくる。
彼は一歩退いて躱した。
舌はそのまま岩へ叩きつけられ、岩を打ち砕いた。
蛙の喉が大きく膨らむ。
再び水球を吐き出す気配。
玄斎は腰の冊子から紙を一枚抜き、掲げる。
「符術──火の初段、燐火!」
符が火球へと変わり、一直線に蛙へ飛んでいく。
轟、と炎が燃え広がった。
熱と煙に紛れ、蛙の悲鳴がかき消される。
やがて炎が収まると、蛙モドキは舌を垂らし、仰向けになって死んでいた。
玄斎は腰の短刀を抜く。
躊躇なく腹を裂くと、むせ返るような生臭さが鼻を突いた。
川へ引きずり出し、血抜きを施す。
肉を少し短刀で削ぎ、川へ投げ入れる。
魚が集まり、肉片を啄んでいく。
玄斎はそれをしばらく眺め、毒性がないことを確かめた。
近くから枝を集め、火を熾す。
太腿の肉を削ぎ、木の串に刺して炙る。
ジュウッ……。
脂が滴り落ちる。
パチッ、と枝が爆ぜ、香ばしい匂いが漂った。
玄斎は焼き上がった切り身にかぶりつく。
ぷちっと弾ける肉繊維。
滴る脂。
旨味と塩気が舌に広がっていく。
「……ふむ、悪くはない」
骨を割り、髄をすする。
続いて心臓を焼こうと刃を入れた、そのときだった。
中から、青黒い水晶のような石が零れ落ちた。
小指の先ほどの大きさだ。
「……なんだこれは。水晶か?」
石を光に透かしてみる。
すると、内部が脈動しているように見えた。
奇妙な力を帯びている。
そんな感覚が玄斎にはあった。
玄斎はそれを腰に下げた小袋へ放り込む。
そして、心臓を火で炙ろうとした。
その瞬間。
体内を熱が走った。
血が鋭敏に巡り、手足が冴えていく。
そして、これまで曖昧だった気の流れが、はっきりと感じ取れた。
昨晩、角兎を喰ったときも同じ感覚を覚えていた。
己の身に、何か新しい力が宿っていく。
流れ込んできた力の奔流は、やがて静かに収まった。
この異界には、まだまだ知らぬ理が潜んでいる──。
そう思いながら、玄斎は再び肉を木の串に刺していく。
焚火は、獣脂が滴り落ちるたびに火の粉を散らした。
玄斎は揺らめく炎を見つめながら、思案に耽る。
いつの間にか、影は長く伸びていた。
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