2話 「緑の影、川の波紋」
この森で目覚めたとき、玄斎は思った。
――老鬼から喰らった術の幻術の只中にいるのではないか、と。
見たこともない木々、奇怪な草、そして夜空に浮かぶ二つの月。
喰った兎には角まで生えていた。
なによりも、己の体が若返っていること。
玄斎は術を生業とする男だ。
だから悟るのに時間はかからなかった。
これは夢幻ではない。現し世だ、と。
「……ならば、朝を待つか」
夜は獣の領分。用心に過ぎることはない。
玄斎は木に背をあずけ、眠りについた。
---
朝。
森は露を払い、白い霧を吐きながら姿を現した。
朝日に照らされ始めた草木は、あらためてその異様さを浮き彫りにしている。
玄斎は大きく伸びをして立ち上がった。
「気は溢れ、体力も満ちておるな……?。昨夜の兎、よほど滋養に富んでたらしい。」
一刻ほど森を彷徨っていると川を見つけた。
とりあえず玄斎は川下へ歩き続ける。
日も真上に昇り、初夏のような陽気を思わせるそのとき――
「……人影?」
遠く、川辺に小柄な影。
緑の肌に、腰に獣皮を巻き、錆びた刃物を手にしている。
「人……では、ないような……いや、人か?」
月が二つ、兎には角が生えている場所だ。
緑の人がいても、驚くことではない。
玄斎は岩陰に身を潜め、気配を殺す。
好奇心と慎重さが交じり合い、やがてゆっくりと姿を現した。
「ちょっと、いいか?」
声をかけた瞬間、影は飛び上がった。
黄色い目を見開き、錆びた刃を突きつける。
玄斎は手のひらで軽く払った。
力は込めていない。
だが、その体はあっけなく吹き飛んだ。
「おいっ……大丈夫か!」
慌てて駆け寄り、抱き起こす。
だが、胸は動かず、息もなかった。
玄斎は呆然とする。
己の力があまりに過ぎたのか――。
どうすることもできず、ただ立ち尽くす。
やがて、亡骸を静かに横たわらせ、辺りを探ると、川の浅瀬に小魚の死骸が浮かび、岸辺には鼠に似た小動物の骨が散らばっていた。
どうやら、飢えと戦いながら生きていたのだろう。
玄斎はそれらを集め、亡骸の手に持たせた。
そして、手頃な石片を手に取り埋葬する穴を掘ると、そこへ丁重に葬る。
そして玄斎は再び歩き始めた。
川下へ行けば、何かあるだろうーーー。
川面には魚が跳ねた波紋が浮かぶ。
玄斎の心を見透かしたように、静かに揺らいだ。
読んでいただき、ありがとうございマックス!




