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闇修験 石動玄斎の異世界紀行 〜こっちでは冒険者稼業で食っていく〜  作者: 黒木吼


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15話 小さな冒険者〜芽吹く木〜

「ボクは……『盗賊スキル』持ちなんだ」


 おもむろに、ニコルは目深に被っていた帽子を取る。


 ぴょこん!


 帽子の下から、尖った耳が現れる。


「ボクは、ハーフリングの母ちゃんと、ヒューマンの父ちゃんから生まれたんだ……」


 ニコルは少しだけ俯いた。


「あっ、ハーフリングって知らないよね」


「ヒューマンより小さくてね。器用さと敏捷さが特徴の種族なんだ」


 気丈に説明しようとしている。


 だが、玄斎には、迷子の子供が無理に平気なふりをしているように見えた。


「盗賊スキルは、たぶん母ちゃんから貰ったスキル」


「ハーフリングには、よく出てくるスキルらしいんだ」


「ハーフリングは、素早さとか器用さとかが、他の種族より高いから……」


 ニコルは一度、言葉を切った。


「優しかった母ちゃんも父ちゃんも……ボクが六歳のときに、魔物に襲われて死んじゃったんだ」


「……そうだったのか」


「そこをガルドさんたちに助けられて、イベェールにある孤児院で暮らしてた」


「あるとき、教会の人が来て、みんなのステータスを調べるってなって……」


「あとから知ったんだけど、有能なスキルを持っている子供は、教会が連れて行くんだって」


「それで、商人とか貴族が欲しい子供を買っていくの」


「……酷い話だな」


「生きていくには、仕方がないことだよ」


 ニコルは苦笑した。


「そこで、盗賊スキルがバレちゃって……」


「もちろん、こんなスキルを欲しがる商人も貴族もいないから……」


「でも、それが孤児院のみんなとか、近隣の人たちの噂になったんだ」


「あいつは盗賊スキルを持ってるって」


「あいつは泥棒だから気をつけろとか……」


「なにか無くなったら、お前が盗ったんじゃないか、とか……」


「ボクじゃないよ、って言っても、持ち物を全部ひっくり返されて探されたり……」


「嫌がらせされたり……ちょっとキツかったかな」


「ガルドさんがおさめてくれて、マシにはなったんだけど」


 ニコルは帽子を握りしめる。


「……母ちゃんと父ちゃん、さっきのゲンサイさんみたいによく褒めてくれたんだ」


「ニコルはもう兎を仕留めたぞ、とか」


「ニコルのなめした皮は最高よ、とか……」


 その声は、少しだけ嬉しそうだった。


「このスキルは、大切なものなのに……」


 ニコルは、尖った耳を隠すように帽子を被り直す。


「神様って意地悪だよね」


「盗賊スキルなんていうんだもん……」


 俯いて小さい体をなお小さくしているニコルの側へ行き、片膝をついた。


 そして、そっと肩に手を置く。


「スキルの名前なんて、どうでもいいんじゃないか?」


「ニコルの両親が褒めてくれたんだろ?」


「俺も、凄いと感心した」


 ニコルは玄斎の目を見る。


「いいスキルじゃないか」


「おかげで、そのウラズ鳥もご馳走してもらえるしな」


「あっ! そうだった!」


「あと、羽むしって、内臓の処理しないと!」


 ニコルは、さっきまでの落ち込みが嘘だったように、せっせと羽をむしり始めた。


     * * *


 エストラの森の入口付近には、簡素な小屋が建っている。


 森の入口とはいえ、町からは少し離れている。


 そのため、町まで戻らなくても休憩や作業ができるようにと作られた、公共の小屋らしい。


 屋外には、屋根付きの炊事場まであった。


 かなり年季の入ったフライパンや鍋、やかんなども常備されている。


「ちょっとまっててね!」


 ニコルはウラズ鳥の皮を刻み、熱したフライパンへ乗せた。


『ジュ~~ッ』


 皮が縮みながら、じわじわと油を溢れさせていく。


 そこへ、半分に切ったウラズ鳥の心臓。


 砂肝。


 そしてレバーを入れる。


『ジュワァァ……』


 香ばしい匂いが立ち込めた。


 十分に火が通ったところで、塩を振る。


 さらに、ここへ来るまでにニコルが摘んでいた香草を粗く刻み、フライパンへ放り込んだ。


『パチパチ……』


 香草の香りが、脂と一緒に広がっていく。


 内臓は傷むのが早いため、市場にはあまり出回らない。


 希少なウラズ鳥なら、なおさらだ。


 まさに、仕留めた者だけが味わえる特権。


 傷む前に食べてしまおうと、ここで調理することになったのだ。


「できたよ!」


 ニコルはフライパンを火から下ろし、適当な石の上へ置いた。


『パチ……パチパチ……』


 肉汁と香草の香りが、まだフライパンの中で弾けている。


 ニコルはレバーをナイフで一口大に切り分けると、いつの間に作ったのか、木の串を玄斎へ差し出した。


「お先にどうぞ!」


「では……」


 玄斎は串を手に取り、まずは心臓を口へ運んだ。


 ――うまい!


 噛むほどに、濃厚な旨味が口いっぱいに広がる。


 野性味のある風味だが、嫌な臭みはない。


 ウラズ鳥は木の実しか食べないらしい。


 なるほど。


 どこか甘い木の実のような風味も感じられる。


「こりゃ、うまいな」


「でしょ、でしょ!」


 ニコルは頬を膨らませ、目をつむりながら夢中で咀嚼している。


 砂肝はコリコリとした食感が心地いい。


 レバーはねっとりと濃厚で、噛むほどに旨味が広がる。


 さらに香草が、玄斎の知るニンニクにも似た風味を加え、食欲を引き立てていた。


 あっという間に、フライパンは空になった。


「ふぅ……」


 玄斎が一息ついていると、ニコルがバックパックから紙に包まれたパンを取り出した。


「これもどうぞ」


 昼に食べた残りのパンを二つにちぎり、その片方を玄斎へ渡す。


「残った油にパンをつけて食べてみて」


 玄斎はパンを残った獣脂へ浸した。


 たっぷりと油を染み込ませてから、一口。


「……うまい」


 パンのほのかな甘み。


 適度な塩気。


 そして香草の風味。


 そこへ濃厚な獣脂が加わる。


 堪らない。


 あっという間に、パンまで胃袋へ消えていった。


     * * *


 食事を終えると、ニコルはやかんを火にかけた。


 沸騰したところで、乾燥させた葉をひとつまみ放り込む。


『ふわっ』


 湯気とともに、爽やかな緑の香りが漂ってきた。


 ニコルはそれを木のコップへ注ぐ。


「ミンティ茶、どーぞ」


「ありがとう」


 玄斎は受け取ると、一口飲んだ。


 爽やかな香りが鼻を抜ける。


 口の中に残っていた脂っこさも、すっと洗い流されていく。


「……これはいいな」


「でしょ?」


 ニコルは嬉しそうに笑った。


「ニコルはなんでもできるな」


「そーかな? 魔法はダメダメだけどね」


「魔法もスキルだよな?」


「あっ、そっかー。ゲンサイさんは違う世界から来たから、わからないよね」


「ボクの魔法は、まだスキルになってないんだ」


「スキルになってないとは?」


「魔法は、魔法書とかで習得(ラーニング)して使えるようになるんだよ」


「でも、使えるようになっただけでは、スキルにはならないんだ」


「それを使って経験を積むと、スキルへと昇華(しょうか)されて、ステータスに表示されるの」


「ちなみに、使えるだけの魔法と、スキルになった魔法じゃ、威力も効果もまったく違うんだよ」


「ボクの水系魔法は初級魔法なんだけど、スキルとして昇華したら、次の水系の中級魔法も習得できるようになる。そんな感じかな」


「ちなみに、初級魔術はギルドで銀貨六枚で魔法書を販売してくれるんだ」


「ルーキー冒険者の救済価格で安い……らしいけど」


「返済の道は、まだまだ遠く……」


 ニコルは、はぁ……とため息をついた。


「ニコルは魔術師を目指しているのだな?」


「まあ、ボクみたいなのは剣と盾を持ってもねー」


「弓とかは駄目なのか?」


「盗賊スキル的には……相性バツグンなんだろうけどね……」


「盗賊スキルは、ジョブスキルだしね」


「じょ……ジョブスキル?」


「あ……そうか。ゲンサイさんは知らないよね」


「ジョブスキルっていうのは、その人の成長によって発現するスキルなんだ」


「たとえば、剣と盾を使って経験を積むと『戦士』とか『剣士』とか、魔法を使って成長すると『魔術師』とか」


「そんなふうに、スキルが発現するんだよ」


「そして、発現したスキルの効果で、すごく強くなったりするの」


「だいたい、ジョブスキルはかなり経験を積まないと発現しないことが多いんだ」


「だから、ジョブスキルを持っているかどうかが、シルバーランクへのランクアップ試験の一つだったりもするよ」


「ほう」


「ニコルの盗賊スキルは、すごいものなんだな」


「……ときおり、そんなジョブスキルを持って生まれたとか、経験を積んでない子どものときから持っている人もいるんだよね」


「ほう」


「だいたいは、親が貴族で、剣を使う家系とか、魔法が得意な家系とか……」


 ニコルは、少しだけ俯いた。


「だから、ボクの盗賊スキルは、親が盗賊だったから出たんだ……とかね」


 気を取り直すように、ニコルは言葉を続けた。


「それで、ジョブスキルなんだけど、そのスキル特性の効果がかなりあるの」


「それに、その特徴に準じた派生スキルを覚えやすくなったりもするよ」


「ボクの場合の『吹き矢』とかね」


「まあ、魔物には効かないから、動物の狩りにしか使えないんだけどね」


「そしてね、ジョブスキルは通称『スキルの樹(スキル・ツリー)』って言われてるんだよ」


「いろんな派生スキルが、まるで樹から枝を広げていくようだかららしいんだ」


 ニコルは両手を広げながら説明する。


「だから、強い冒険者ほど、大きなスキルツリーを持ってる」


「ふむ。それならばなおさらのこと、魔法だけに固執せずに、ジョブスキルである盗賊スキルを使いこなしていくのも、良いと思うがな」


「うーん……でも、魔法のほうがドカーンって、かっこいいし……」


「かっこよいか……」


 負い目から盗賊スキルとの距離を置こうとしているのかと思えば、カッコよさもその理由の内なのか。


 玄斎は、ちょっと呆れた。


「……隠密で、そっと近寄り弓で倒す」


「影に潜んで、敵に気づかれずに斬り倒すというのも、かっこ良いかもしれんぞ」


「俺の元いた世界ではな、複数の敵にも怯まず、ときには小型のナイフのようなものを投げて翻弄し、その敏捷な身のこなしは、残像を残すくらいに速い…」


「たしか『忍者』と呼んでいたな」


「に……ニンジャ!?」


 ニコルは、まるで雷にでも撃たれたかのように目を見開き、固まった。


「それはさておいて……」


 玄斎は苦笑する。


「まあ、魔術師が格好良いという、その思いも、あながち魔法使いとして大成するために大事なものであると思うよ」


 現実に戻ったかのように、ニコルは首をイヤイヤと振った。


「そ……そうだよね~」


「魔法、カッコいいし、魔法覚えるのに銀貨六枚、借金してるし……」


 ニコルは意味もなく帽子を脱いだり、被ったりしながら、ボソリと聞いてきた。


「に……ニンジャだったっけ?」


「ちょこまかと、強そうにないよねー……あはは」


「なにをいう」


「隠密や夜襲に長(た)けておって、敵にはしたくない者たちだぞ」


「味方になれば、それは心強い者たちでもあるがな」


 ニコルは帽子を目深に被り直し、ボソリと言った。


「へぇー……そーなんだ」


「それと、魔法に似た、忍術というのがあってな」


「地水火風の術を使ったりな」


 それを聞いたとき、帽子に隠れたニコルの目が『クワッ!』と見開いたのを、玄斎は知らない。


「おっと、もうすぐ日が暮れそうだな」


「暮れると、森に面したイベェールの北門は閉めるのだろ?」


 ニコルは心ここにあらずといった様子で、生返事を返す。


「あ、うん。閉めるねー……」


「ニコル?」


 はっと気を取り直したニコル。


「え? あっ、うん」


「はやく帰らないとだね」


 ニコルは気もそぞろに、バックパックを整理した。


     * * *


 赤く染まる街道を、玄斎の少し後ろについてニコルが歩いている。


 だが、ニコルは考え事に没頭し、何度もふらりと道を外れて、あらぬ方向へ歩き出してしまう。


「ニコル、どこへ行く」


「あ……ゴメン!」


 玄斎の声に弾かれたように戻り、気まずそうに笑いながら走ってくるニコル。


 玄斎はそのたびに立ち止まり、ニコルが追いつくまで静かに待っていた。


 何度も道を外れ、そのたびに呼び戻されては、また玄斎の背中を追う。


 落ちていく夕日の中、長く伸びた二つの影法師が重なり合う。


 幾度となく道を外れても、最後には同じ方向へ戻りながら――


 二人は、夕闇に包まれる町を目指して歩いていった。

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