14話 小さな冒険者 〜コインの転がる先へ〜
「水よ、我が手に集いて、敵を穿て――〈ウォーターボール〉!」
二十センチほどの水球が、ニコルの木の杖から飛び出した。
『ドン! バシャッ』
水球は、苔のような深緑色の毛並みをした狼の横にある木へと直撃し、弾けて消える。
狼――森狼は、数メートル飛び退いた。
そして牙を剥き、ニコルと玄斎を交互に睨みつける。
分が悪いと察したのか、そのまま踵を返し、森の奥へと逃げていった。
「まーたー……だめだったぁー」
ニコルはふてくされたように、両足を投げ出して座り込んだ。
ここはエストラの森。
イベェールの北門から出て、そのまま約1時間ほど北に進むと森になる。
森の中心には森の名前の由来である、エストラ湖があり、そこから流れる川はイベェールの生活用水を担っている。
玄斎とニコルは朝、ギルドでクエストを受けた。
【魔物素材納品依頼】
森狼の毛皮
数量:1頭分
報酬:銀貨1枚
※素材の程度により減額あり
納期:問わず
昨日、ニコルから「お願いがある」と言われた。
話を聞いてみると、一緒に依頼を受けてほしいとのことだった。
まだ何か含むところがあるようだったが、特に用事もない玄斎は了承した。
この異世界で冒険者として生計を立てるのが、手っ取り早いとも思っていたからだ。
「はぁ〜……これで3回目の失敗だ〜。ゲンサイさん、ごめんなさい」
ニコルが後ろにいた玄斎へ目を向ける。
――だが。
「あれ?」
玄斎の姿が消えていた。
「ゲンサイさん?」
キョロキョロと大きな目で辺りを見渡す。
すると、先ほど森狼が逃げていった辺りの茂みが――
ゴソリ。
と揺れた。
「ひっ……!」
森狼が顔を出した。
「ウワッ!」
ニコルは、器用にも座り込んだ姿勢のまま後ずさっていく。
すると――
森狼の後ろから、玄斎が現れた。
事切れた森狼は、舌を垂らしてぐったりしている。
玄斎はその首根っこを掴み、ニコルの側まで運んできた。
「帰りの時間を考えると、もう挑む時間はないと思ってな」
玄斎は森狼を地面に置く。
「とりあえず、依頼の分はこれでよいな」
さっきの驚きもあって、ニコルは座り込んだまま、コクコクと頷くことしかできなかった。
* * *
「ゲンサイさん、ぼく……なにがだめなんでしょう?」
玄斎はニコルに「僕の実力を見てください」と言われ、今日一日、こんな調子に付き合っていた。
今は森狼の素材を剥いでいる。
戦闘で役に立てなかったので、せめて素材剥ぎだけはやらせてください――と、ニコルが願い出たのだ。
「うーむ……」
玄斎は森狼の皮を剥ぐニコルを、じっと見つめていた。
先ほどのお粗末な戦闘とは打って変わって、ニコルのナイフさばきは見事だった。
無駄な動きが一切ない。
皮を傷つけることなく、素早く剥いでいく。
その手際の良さに、玄斎は感心して見入っていた。
「ゲンサイさん?」
「おう、すまん。あまりに見事な手さばきに感心しておったよ」
玄斎が素直に褒めると、ニコルは照れたように笑った。
「こんなのは誰でもできますよぉ〜」
そう言いながらも、どこか得意そうな顔をしている。
「やっぱり、魔法はスキルの相性かな〜」
なんて言いながら、すでに皮を剥ぎ終えている。
ニコルは持ってきていた紐で、綺麗にまとめ上げた。
スキル……。
昨日の説明から、この異世界で生き抜くための重要なものだということは、一応頭では理解したつもりだ。
だが、いまだに受け入れづらいものでもある。
「道すがら説明したが、俺も違う世界から来て、分からぬことばかりよ。依頼は一緒に受けはしたが、そういった助言は他で聞いたほうが良いと思うぞ」
「びっくりしたよ。あんなに強い人が、ボクと同じブロンズランクで……」
そう言うなり、ニコルはぴょんと直立した。
そして――歌い出した。
『どーこからとーもなく参られた〜♪
神の御使いの勇者様〜♫
光に集いし英雄ら〜♪
悪い魔王をこらしめ〜て〜♪
いずこかへ〜と去ってゆ〜く〜♫』
途中から手振りも加え、歌い終える。
玄斎は「うまいもんだ」と拍手をした。
「ゲンサイさんは、もしや…勇者様?」
おどけた様子もなく、ニコルは真剣な目で聞いてきた。
「ハハッ、残念ながら違うな。神の御使いでもなんでもない。この世界には、敵の術を食らって迷い込んだだけだ」
「うわぁー、なんかとんでもない敵とたたかったんだね」
…ニコルは空を見上げる。
遠い何かを見つめながら話しだした。
「あのとき、ガルドさんが倒れたときに……ボクは諦めてたんだ……」
「…ガルドさん、ごめん。役に立てなくてって……あっちで謝ろうって……」
「そしたら、ゲンサイさんが来てくれて、助けてくれた」
「まるで、ガルドさんの思いを聞き届けて遣わされた、勇者様のように……」
ニコルは、ずっと空を見上げたままだ。
ニコルが玄斎を気にする理由。
それは、ガルドの面影を、自分に追い求めているからなのかもしれない。
おもむろに、ニコルは目深に被っていた帽子を取った。
ぴょこん!
尖った耳が現れる。
「ボクは、ハーフリングの母ちゃんと、ヒューマンの父ちゃんから生まれた、ハーフなんだ」
「あっ、ハーフリングって知らないよね」
「ヒューマンより小さくて、器用さと敏捷さが特徴の種族なんだ」
ニコルは下を向いて話し始めた。
「じつは……昨日、冒険者をやめようと思って、ギルドへ行ったんだ」
「そしたら、ギルドから出てくるゲンサイさんを見つけたの」
玄斎は黙って頷きながら聞いている。
「とりあえず、お礼だけでも言おうって。後を追っていったら……転んじゃって」
「ハハッ、そうそう。その勢いで銅貨が転がってきてな」
ニコルは玄斎を見た。
真剣な思いを込めた目で。
「ハーフリングの諺に、『迷ったときは、コインの転がる先へ』ってのがあるんだ」
「ゲンサイさんの足元に向かったときに、ガルドさんもそこに立っている気がして……」
「冒険者を続けろって……そして……」
そのときだった。
スッと、ニコルの目が玄斎の後ろへ向いた。
「魔物か」
玄斎は、あえて振り向かず、声を落として言った。
今日ここまでのニコルとの行動で、分かったことがある。
ニコルは、凄まじく索敵能力が高いのだ。
玄斎も舌を巻くほどに。
「後方、30メートルほど」
ニコルも声を落としながら、現状を報告する。
「5本並んで立っている木の、右から2本目。その中間ほどの枝に……ウラズ鳥が1匹」
「強いのか?」
玄斎の問いに、ニコルはウラズ鳥から目を離さない。
「美味いです。とても」
ジュルリ。
最後は、垂れたヨダレをすする音だった。
「……今日はごちそう」
ジュルリ。
そう囁きながら、ニコルは玄斎の横を通り過ぎていった。
呆れて見送った玄斎だったが、すぐにニコルの動きに目を奪われた。
玄斎でさえ見失いそうな、気配の殺し方。
そして、身の隠し方。
移動も、相手の意識の虚を突いているのだろう。
見事だ。
そして、獲物のいる木まで10メートルほどに近づいたところで、ニコルは右手を口元へ持っていった。
数秒後――
ニコルは木の下へ駆けていった。
玄斎には、ここからでは獲物が見えない。
それどころか、ニコルが何をしているのかさえ分からない。
とりあえず待っていると――
しばらくして、ニコルが戻ってきた。
スキップしながら。
手には、軍鶏ほどの大きさをした、木々に溶け込むような擬態色の鳥をぶら下げている。
「ゲンサイさん、ラッキーだよ!」
「ウラズ鳥だよ。ごちそうだよー!」
「焼いて良し、煮て良し、蒸して良し!」
「捕った人が、あまりの美味しさに売らずに食べるってことから、ウラズ鳥っていうくらいなんだよ」
「イヤッホウー!」
ニコルは早速、鳥の首を切り、血抜きを始めている。
いろんなことに圧倒されていた玄斎は、我に返ってニコルに問うた。
「さっきの狩りの身のこなしは、すごかったな」
ニコルは言いづらそうに、
「あれは……えーと」
「それに、仕留めるときに何やら口に手を当てたような仕草を見たが」
ニコルは血抜きのため、鳥を近くの枝に吊るしながら、玄斎を見ずに答えた。
「スキル、『吹き矢』だよ」
「ほう、スキルか。すごいスキルだな」
「対象を麻痺させる効果があるんだ。動物には効きやすいけど、魔物とかには効きづらいんだよ……」
「人には効くのか?」
何気ない質問のつもりだった。
だが、ニコルは少し怒ったように言い返した。
「人は駄目だよ!」
「ボクは、そんなことは絶対しない!」
玄斎は、その剣幕に押されるように謝る。
「すまん。別に悪気はなかった」
ペコリと頭を下げる。
「ううん、こっちこそごめんなさい」
ニコルは、少し俯いた。
「ボクは……『盗賊スキル』持ちなんだ」
玄斎のほうへ振り向きながら、そう言った。
涙が零れそうな目は、木漏れ日とともに揺れていた。
読んでいただき、ありがとうございます!




