10話 災厄の棺
全てが息を潜めたように、あたりは静まり返っていた。
草や土が擦れる音だけが、かすかに響く。
〈雷禍のメイジ〉グルザムの【雷禍の槍】による麻痺がようやく解け始め、冒険者たちは呻きながら立ち上がる。
だが、その体は火傷と裂傷で満身創痍であった。
それでも、彼らは目を逸らせない。――あの闘いを見届けるために。
玄斎が〈血斧王〉バルグロスへ歩み寄るたび、王はじりじりと後退し、やがて冒険者から離れた開けた場所に移った。
「このあたりで、いいだろう」
言葉が終わるより早く、玄斎の姿が掻き消えた。
瞬歩。
次に現れたときには、すでにバルグロスの眼前。
ギクリと目を見開き、反射的に振り下ろされた赤く脈動する大斧を、玄斎は小手を取って捻る。
巨体が宙を舞い、背から地に叩きつけられ土煙が舞う――。
幾度も飛び起き、斬りかかるバルグロスは、幾度も地に転がされた。
そのたびに轟音と地響きが鳴り響く。
バルグロスの呼吸は荒く、立ち上がる動きも鈍っていく。
その光景を、ソニアとカイは呆然と見つめていた。
言葉を探そうとしても、喉が乾いて声が出ない。
やっとのことで、カイが搾り出す。
「な、なんなんだ、アレは…信じらんねぇ」
ソニアがなんとか言葉をつないだ。
「⋯バルグロスの脅威は……《血を吸う斧》……。
斬られたら…生命力を…吸われる。それに……群れを従えていたら……傷を負っても…仲間を斬って回復する……。
……手に負えない……そんな怪物なのよ…」
ソニアは玄斎の戦いを見つめながら言う。
「……なんだったの……さっきの巨人は……召喚術?私の識る魔法にはない。それに、あの威力は……」
ソニアの声は震えていた。恐怖か、驚愕か。
――玄斎が告げる。
「いくぞ。構えよ」
バルグロスは咆哮とともに斧を振り下ろす。
大地が爆ぜたその瞬間、玄斎はすでに横へと抜けていた。
右掌が脇腹へ伸び、気合と共に衝撃が走る。
「ふん!」
バルグロスの体が痙攣し、血を吐いて膝を折った。
「身法も、健在のようだな」
跪いた王を見下ろしながら、玄斎の口から静かに真言が洩れる。
「オン・クロダラ・ハリマリタ・ソワカ」
結ばれた一指印に呼応し、光が凝縮する。
現れたのは、四角い光の棺。
「結界術――棺封」
光の方形に封じられた王の瞳に、ついに恐怖が浮かぶ。
玄斎は冒険者たちの方へと振り返らず歩き出す。
歩きながら、両掌を打ち鳴らす。
「パン」
結界が一回り縮む。
「パン」
さらに縮まり、バルグロスは押し潰され、指一本動かせなくなる。
三度目の掌打。
乾いた音が夜空に響いた。
次の瞬間、結界は赤に染まり、王の巨体は圧壊する。
残されたのは、肉塊と赤黒い大斧だけだった。
「闇修験法の四法。真言、身法、符術、結界術……いずれも使えるか」
玄斎は誰に告げるでもなく呟き、歩き続ける。
冒険者たちは声を失っていた。
ソニアもカイも、胸に渦巻くのは安堵でも歓喜でもなく、理解を超えた存在への畏怖だった。
二つの月が、なおも玄斎の影を濃く落としていた。
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