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異世界お嬢様無双~あの…勇者として召喚されたのは俺なんですけど…~  作者: 芦名 雅


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第9話 最強とは優雅に舞うものなのか

静寂が落ちた。


 街の広場を吹き抜ける風だけが、可憐お嬢様の金色の髪をゆっくりと揺らしている。


 空では魔喰鳥が悠々と旋回し、こちらを見下ろしていた。どう考えても人間が届く高さではない。


 それなのに。


可憐お嬢様だけは、ごく自然に箒を持ち替え、右手で柄を軽く払った。


 ぱん、と乾いた音が響く。


 まるで長年使い込んだ愛刀の具合を確かめる剣士のような所作だった。


 いや、箒ですよね?掃除道具ですよね?……俺の常識がおかしいのだろうか。


「少々軽いですけれど……悪くありませんわね」


 そんな感想が出てくる時点で十分おかしい。


 隣ではリリィが口を半開きにしたまま固まっていた。


「……まさか、本当にそれで戦うつもりかい?」


その問いかけにお嬢様は少し小首をかしげながら答える。


「戦うとはいささか物騒な物言いです事。あくまでこの鳳凰院可憐を空から見下ろすなど

という不届きもに天に代わって罰を与えるだけですわ」


お嬢様はさも当たり前のように答える。


 その言葉を聞いた瞬間、エリーの肩がびくりと震えた。


「て、天に代わって……ですって……?」


 口元を両手で押さえたまま、小さく後ずさる。


「そんな……それは聖典に記される裁きの御使いだけが口にする言葉です……」


 青ざめた顔で可憐お嬢様を見上げる。


「いくら可憐さんでも、そのような畏れ多いことを……」


 しかし当の本人は、不思議そうに首を傾げるだけだった。


「鳳凰院の者が礼節を正すのは当然ではなくて?」


 あまりにも自然な返答だった。


 その場にいた全員が、別の意味で言葉を失った。


可憐お嬢様は静かに一歩前へ出た。


 右手で箒を持ち上げる。


 まるで舞踏会でパートナーへ手を差し伸べるような、無駄のない優雅な動作だった。


 風が吹く。


 紅のドレスの裾がふわりと揺れ、金色の髪が陽光を受けて柔らかく輝いた。


 空では魔喰鳥が悠々と旋回している。こちらを見下ろし、魔力を喰らいながら。


 可憐お嬢様は静かに箒を縦へ構えた。その姿勢は不思議なほど美しかった。


 剣でも槍でもない。


 ただ一本の箒を手にしているだけ。


 それなのに、その立ち姿には長い年月を積み重ねた武人だけが持つ静謐さが宿っていた。


 可憐お嬢様は静かに目を伏せ、小さく息を整える。


 風が止む。


 広場を包んでいた喧騒までが、何者かに奪われたように消え失せた。


 左足が半歩だけ前へ滑る。


 石畳を撫でるように。


 音もなく。


 力みもなく。


 ただ自然に、花が風向きを変えるほどのさりげなさで。


 そして箒の柄がゆっくりと地面へ向けられた。


「鳳凰院流箒術――天掃。」


 静かな声だった。


 誰かへ誇示するでもなく、朝露へ挨拶をするような穏やかな響き。


 ――コツ。


 箒の先が石畳へ触れる。


 それだけだった。


 次の瞬間。


 大地が放射状に砕け、轟音とともに石片が舞い上がる。


 可憐お嬢様の身体は、その反動を感じさせることなく、白い花弁が風へ乗るように青空

へ舞い上がった。


 跳んだ。


 そう認識した頃には、すでに魔喰鳥と同じ高度へ到達している。


 乱暴さは微塵もない。


 まるで空そのものが可憐お嬢様を迎え入れ、優しく持ち上げているかのようだった。


 真紅のドレスが大きく花開き、陽光を受けて眩く輝く。


 青空に、一輪の薔薇が咲いたように見えた。


 魔喰鳥が初めて動揺を見せる。



 黒曜石の翼を大きく広げ、慌てて高度を取ろうと羽ばたいた。


 しかし、可憐お嬢様は空中で静かに身体を返す。


 箒がゆるやかな円を描く。


 その軌跡は武器を振るうものではない。


 高窓の縁に積もった埃を払うように。


 庭へ舞い落ちた花弁を静かに掃き寄せるように。


 余計な力はない。


 余計な速さもない。


 ただ、美しく。


 ただ、正しく。


 そして穂先が先頭を飛ぶ魔喰鳥の額へ、そっと触れた。


「鳳凰院流箒術――清天。」


 囁くような声が風へ溶ける。


 ――ゴッ。


 場違いなほど鈍い音が空へ響いた。


 一羽の魔喰鳥が大きく身体を揺らす。


 その瞬間。


 可憐お嬢様が描いた円軌道が、静かな風となって空へ広がった。


 目には見えない。


 けれど確かに空そのものを掃き清めるような一陣の風。


 逃れようと翼を翻したもう一羽も、その流れへ飲み込まれる。


 二羽の身体が空中で静かに止まった。


 羽ばたきが止まる。


 黒曜石の翼に細かな亀裂が走り、陽光を受けて蜘蛛の巣のように広がっていく。

 そして、音もなく。二羽の巨体は黒い粒子となって崩れ始めた。


 さらさらと風へ溶ける灰のように。


 静かに。


 ゆっくりと。


 黒い煙だけを残して。


 魔族の消滅を告げる不吉な煙が青空へ細く立ち昇り、その足元では二つの小さな魔石が

石畳を転がった。


 ――ころん。 ――ころん。


 乾いた音だけが広場へ響く。


 可憐お嬢様は何事もなかったように地上へ舞い降りた。


 紅のドレスを乱すことなく、箒をひと振り。


 穂先についた見えない埃を払う。


 その仕草まで優雅だった。


 ゆっくりと空を見上げ、小さく満足そうに微笑む。


「今日も良い日和ですこと」


 誰も返事をしなかった。


 返事ができなかった。


 広場には静かな風と、黒煙の消えゆく匂い。


 そして石畳の上に並んで転がる二つの魔石だけが、今目の前で起きた出来事が現実であったことを静かに物語っていた。


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