第10話 最強とは蜘蛛の子を散らすようなものなのか
「ありえない!」
静寂を破ったのはリリィだった。
「なんで箒なんだ!」
広場中に響き渡る叫び声。リリィは両手で赤髪をぐしゃぐしゃに掻き回していた。いつもは冷静沈着な大魔導士だというのに、今は完全に理性が吹き飛んでいる。
「……リリィ」
「なんだ!」
「落ち着け」
バルデルさんの声は妙に落ち着いていた。逆に気持ち悪いくらいに。
「落ち着けるか!」
リリィが杖を振り回す。
「空を飛ぶ魔物だぞ!? 魔力を喰う魔物だぞ!? なんで箒で倒せるんだ!」
「……俺に聞くな」
「サトルはもっと疑問に思え!」
無茶を言う。俺だって疑問には思っている。思っているのだが。相手がお嬢様なのである。疑問に思ったところで解決した試しがない。昔からそうだった。お嬢様はできる。なぜできるのかは知らない。だができる。そして実際にできてしまう以上、それは現実でありすべてだ。
「リリィ」
再びバルデルさんが口を開く。
「なんだ」
「考えるな、感じるんだ」
「…………」
リリィが固まった。
バルデルさんは腕を組みながら空を見上げる。
「俺も今日はいい天気だと思うよ」
守護者が悟りを開いていた。
「だからって納得できるわけないだろう!」
「だが見てみろ」
バルデルさんが石畳を指差す。
そこには二つの魔石。つい先ほどまで空を飛んでいた魔喰鳥の成れの果てだった。
「魔喰鳥は倒された」
「……」
「しかも二羽まとめて」
「……」
「箒で」
「言うな!」
リリィが叫ぶ。
だが反論はできない。事実だからだ。その様子を見ながら、エリーが胸の前で静かに手を組んだ。
「やはり可憐様は――」
「違いますわ。エリーさんがどのようにお考えかわわかりませんが、私は鳳凰院可憐。それ以上でもそれ以下でもありません」
即答だった。食い気味だった。エリーがしゅんと肩を落とす。可憐お嬢様は何事もなかったように箒を持ち主へ返した。
「ありがとうございます」
「は、はい……」
受け取った宿屋の主人の顔は引きつっていた。無理もない。ついさっきまで空飛ぶ魔物を叩き落としていた箒なのだ。普通に掃除へ使っていい代物なのか俺にもわからない。そんな周囲の反応など気にも留めず、お嬢様は小さく首を傾げた。
「それで?」
全員の視線が集まる。
「王都へ向かわないのかしら?」
静寂。
誰も答えない。
答えられない。
まだ現実を受け入れ切れていなかったからだ。
数秒後。
「……わかった、行こう」
リリィが諦めたように杖を掲げた。
「……じゃあ行くよ」
「いいのか?」
バルデルさんが聞く。
「……よくない」
「じゃあなんでだ」
「……もう今日は疲れた」
至極真っ当な理由だった。
◇
青白い光が杖の先へ集まる。足元に巨大な魔法陣が展開された。先ほど妨害されていた術式も今は安定している。当然だ、空に魔喰鳥の姿はない。
「転送座標固定」
「魔力接続良好です」
エリーが補助術式を重ねる。白い光が魔法陣を包み込んだ。
「転送開始します」
眩い光が溢れる。景色が歪む。身体がふわりと浮いた。何度経験しても慣れない感覚だ。
視界が白に染まる。風の音が消える。
そして――。
次の瞬間、足裏へ固い感触が戻った。光が収まる。
ゆっくりと目を開く。
そこは巨大な転送広場だった。
磨き上げられた白い石畳。王家の紋章が刻まれた巨大な門。空へ伸びる高い尖塔。行き交う無数の人々。
王国最大の都市。アークレイン王国王都アークレイン。
「着いたぞ」
バルデルさんが大きく伸びをした。その声に反応したのだろう。 近くの兵士がこちらを振り返る。そして目を見開いた。
「ゆ、勇者様!?」
その声が広場へ響いた瞬間だった。
「勇者様だ!」
「勇者パーティーがお戻りになられたぞ!」
「守護者殿だ!」
「聖女様もおられる!」
周囲が一気に騒がしくなる。兵士達が慌ただしく走り回り始めた。王城への連絡だろう。
相変わらず大袈裟だ。
「……では私は魔導協会へ行く」
そんな騒ぎの中、リリィがあっさりと言った。
「今回の件を報告しなければならない。魔喰鳥まで出たんだ。放置はできないからね」
「……私は聖堂教会へ向かいます」
エリーも続く。
「各地の状況報告もありますので」
「……俺も守護者協会じゃな」
バルデルさんも頷いた。
「しばらく顔を出しておらんかったしな」
俺は三人の顔を見た。
そして。
「……なぁ、珍しいな」
三人が同時に固まった。
「何がだ?」
「お前ら普段はそういう所に行きたがらないだろ」
リリィが露骨に目を逸らす。
「魔導協会なんて古臭い連中ばかりだっていつも言ってるじゃないか」
「そ、それは事実だ」
「認めるんだな」
「最新理論を説明しても理解しないし、会議は長いし、偉い連中は面倒だし……」
「嫌いじゃねえか」
「嫌いではない!」
説得力はなかった。
「エリーも教会苦手だろ」
「うっ……」
エリーの肩が跳ねる。
「聖女様だなんだって騒がれるの嫌がってたじゃないか」
「皆様が少々熱心すぎるだけです……」
「この前なんか裏口から逃げようとしてただろ」
「忘れてください!」
真っ赤になった。
最後にバルデルさんを見る。
「守護者協会は?」
「……普通じゃぞ」
「この前は?」
「……何のことじゃ」
「もう二度と行きたくないって」
バルデルさんが咳払いした。
「……若い守護者達が、その……元気でな」
「へぇ」
「……妙に距離が近い」
「へぇ」
「……休みの日も会いたがる」
「へぇ」
なんとなく察した。
俺はそれ以上聞かないことにした。
世の中には知らない方が幸せなこともある。
「……つまり」
三人が嫌そうな顔をした。
「お前ら、本当は行きたくないんだな?」
三人とも綺麗に目を逸らした。
わかりやすかった。
「じゃあなんで今日に限って行くんだ」
沈黙。
そして。
「「「今日はいい天気だから」」」
見事に声が揃った。
俺は確信した。
こいつら。
逃げる気だ。
しかも全力で。
◇
数分後。
三人は全力で逃げた。
聖女。
大魔導士。
守護者。
王国最強戦力とは思えない逃げ足だった。
そして。
「悟」
後ろから声がした。
振り返る。
可憐お嬢様が優雅に微笑んでいた。
「はい」
「さあ」
両手を軽く広げる。
見知らぬ王都。
巨大な街並み。
行き交う人々。
その中心で。
当然のように言った。
「案内なさい、小林」
俺はようやく理解した。
あいつらは俺を置いて逃げたのではない。
俺を生贄にしたのだ。
「……かしこまりました」
こうして俺は。
たった一人で可憐お嬢様を連れて王都を歩くことになったのである。




