第11話 最強とは右側だけを通るモノなのか
三人と別れた後。
俺と可憐お嬢様は王城へ向かって歩いていた。
王都の中央を貫く大通り。
行き交う人々は多い。
だが可憐お嬢様は周囲の賑わいには目もくれず、真っ直ぐ王城を見据えている。
「悟」
「はい」
「本日中に国王陛下とはお会いできるのかしら?」
「難しいと思います」
「まあ」
可憐お嬢様が首を傾げた。
「それはなぜ?」
少し答えにくい質問だった。
だが後で知ることになる話だ。
隠すようなことでもない。
「実は俺、あまり王様に好かれていないんです」
「まあ!」
可憐お嬢様が足を止めた。
そして少し眉を寄せる。
「何か失礼があったのですね」
「違います」
即答した。
「本当に?」
「たぶん」
「たぶん?」
自分で言っておいて少し自信がなくなった。
いや、失礼なことをした覚えはない。
ないはずだ。
「それなら尚更ですわ」
可憐お嬢様は真面目な顔になる。
「悟に思い当たらなくても何か不快に思われることがあったのでしょう。それなら雇い主である私がご一緒にお詫びしなくてはなりません」
「だから違うんです」
「違うのですか?」
「ええ」
俺は苦笑した。
「その、王様にはお一人娘の王女殿下がおられるんですが」
「王女様」
「はい」
「おいくつですの?」
「俺と同じくらいだったと思います」
「まあ」
可憐お嬢様は小さく頷いた。
「それで?」
俺は少しだけ声を落とした。
「俺が召喚されてしばらくした頃です」
「ええ」
「王女殿下が眠ったまま目を覚まさなくなりました」
可憐お嬢様の足が止まる。
「眠ったまま?」
「はい」
「病気ですの?」
「原因不明だそうです」
「お医者様は?」
「わからないと言われていて」
「この世界には魔法なるものがあるのでしょ?その魔法では?」
「わからないとのことでした」
「ではエリーさんのような神官のお力は?エリーさんから神職の方は魔法とは別の奇跡の聖名があるようにお聞きいたしましたわ」
「わからないとのことでした」
しばらく沈黙が続いた。
王城へ向かう人々の足音だけが耳に届く。
やがて。
「それは……お気の毒ですこと」
可憐お嬢様は静かにそう言った。
怒りでも困惑でもない。
純粋な同情だった。
「王妃様も大変でしょうね」
「ええ」
俺は頷く。
「王妃様もその件でかなり気を病まれているそうです」
「そう……」
可憐お嬢様は少しだけ目を伏せた。
「大切なお嬢様が目を覚まされないのですものね」
「それで」
俺は続ける。
「勇者召喚の代償じゃないかって言われるようになったんです」
「なるほど」
可憐お嬢様は小さく頷いた。
「ですから悟が嫌われているのですね」
「まあ、そんな感じです」
可憐お嬢様はすぐには何も言わなかった。
ただ王城の尖塔を見上げる。
しばらくしてから。
「それは」
一拍置いて。
「さぞお辛いことでしょうね」
「え?」
「国王陛下も」
静かな声だった。
「王妃様も」
可憐お嬢様は続ける。
「大切なお嬢様が目を覚まされないのでしょう?」
「……そうですね」
「しかも原因もわからない」
小さく目を伏せる。
「でしたら誰かのせいではないかと考えてしまうお気持ちも、わからなくはありませんわ」
責めるような声音ではなかった。
むしろ。
どこか相手を思いやるような声音だった。
王女を心配し。
王妃を心配し。
そして王様のことまで案じていた。
「でしたら尚更ですわね」
「何がです?」
可憐お嬢様は優雅に扇を開いた。
「ご挨拶です」
「挨拶?」
「ええ」
当然のように頷く。
「国王陛下も王妃様もお辛いのでしょう?」
ぱたり、と扇を閉じた。
「でしたらお見舞いも兼ねてご挨拶いたしませんと」
そう言って微笑む。
まるで当たり前のことを言うように。
俺は思わず苦笑した。
やはりこの人は少しずれている。
だが。
そのずれ方は嫌いじゃなかった。
「参りましょう、悟」
「はい」
こうして俺達は王城へ向かうのだった。
◇
王城へ到着したのはそれから程なくしてのことだった。
王都の中心にそびえる巨大な城。
白い城壁。
磨き上げられた石畳。
何重にも配置された衛兵達。
さすがは王国の中枢である。
「立派ですわね」
可憐お嬢様が王城を見上げる。
「そうですね」
俺も頷いた。
王都の象徴と言われるだけのことはある。
「鳳凰院家ほどではありませんけれど」
「あ、そうですね」
俺は普通に頷いた。
事実だった。
鳳凰院家の本邸は山一つを所有していたし、庭園だけで下手な村より広い。
比較対象がおかしいだけである。
可憐お嬢様も満足そうに頷いた。
そのまま俺達は王城の中へ足を踏み入れたのであった。
◇
王城へ到着したのはそれから程なくしてのことだった。
王都の中心にそびえる巨大な城。
白い城壁。
磨き上げられた石畳。
何重にも配置された衛兵達。
さすがは王国の中枢である。
「立派ですわね」
可憐お嬢様が王城を見上げる。
「そうですね」
俺も頷いた。
王都の象徴と言われるだけのことはある。
「鳳凰院家ほどではありませんけれど」
「あ、そうですね」
俺は普通に頷いた。
事実だった。
鳳凰院家の本邸は山一つを所有していたし、庭園だけで下手な村より広い。
比較対象がおかしいだけである。
可憐お嬢様も満足そうに頷いた。
そのまま俺達は王城の中へ足を踏み入れる。
勇者という肩書きのおかげか、途中までは驚くほど順調だった。
そして。
王座の間へ続く巨大な扉の前で足を止める。
人が三人並んでも余裕で通れそうな大扉。
その左右には鎧を纏った騎士が二人立っていた。
「申し訳ございません」
騎士の一人が恭しく頭を下げる。
「陛下は現在ご多忙につき、すぐにご面会していただくことはいかに勇者様といえども致しかねます」
やはりそうなるか。
俺は内心で苦笑した。
王様が俺を快く思っていないのは今さらだ。
「ですが、お越しになられたことはお伝えいたしますので少々こちらでお待ちください」
「まあ」
可憐お嬢様が微笑んだ。
「それはご丁寧にありがとうございます」
騎士が安堵したように頷く。
話のわかる方だと思ったのだろう。
「では失礼いたします」
一礼すると騎士は廊下の奥へ消えていった。おそらく回り込んだところにある連絡通路にいったのだろう。一介の兵士が正面扉から入るようなことは当然しないだろう。
残る騎士は一人。
巨大な扉の脇へ直立する。
静寂が流れる。数秒。
そして。
「悟」
静寂を破るお嬢様の凛とした声が響く。
嫌な予感がした。
「はい」
「どうやらお通りしてよろしいようですわね」
始まった。
「お嬢様」
「なんですの?」
「どうしてそうなるのでしょうか?」
「あら?」
本気で不思議そうに小首を傾げる。
演技ではない。
本当にわからないらしい。
「こちらの方は扉をお守りになられていらっしゃるのでしょ?そして先程までお二人いらっしゃいましたでしょう?」
「いましたね」
「今はお一人ですわ」
「そうですね」
「でしたら、見てごらんなさい」
可憐お嬢様は当然のように言った。
「この右側はどなたも今はいらっしゃいませんでしょ?といことは、今はこの右側は通ってもよいということですわ」
「え?」
俺は自分の耳を疑った。いや、疑ったところで意味はない。
残った騎士の肩もびくりと震える。
ぱさり、と扇が開く。
「悟は賢いのですから、もう少しお考えなさい。仕方ありませんわ、もう一度説明いたしますわね。ですから先程の方は、この扉をお守りしていらっしゃったのでしょう?」
「そうですね」
「今はいらっしゃいませんわ」
「そうですけど、そうじゃないです。その方は陛下へ自分たちのことをお伝えしに行ったんです」
「ええ、そのようですね。ですが……」
可憐お嬢様は頷く。
「結果としてお一人減りましたわ。そしてそのことで右側の扉には誰も立っていらっしゃいませんわ」
「……そうですね」
「でしたら」
満面の笑顔だった。
「ここの右側は通ってもよろしいのではなくて?」
「だから違います」
俺は頭を抱えた。
可憐お嬢様は少し考える。
本当に少しだけ。
「なるほど」
納得したらしい。
よかった。
そう思った。
「悟」
「はい」
「つまり悟は扉を開けるのが失礼ではないか、と考えているのね。もちろん全部開けてしまうのは失礼でしょう?私もそのようなことに気が回らないわけありません。きちんと扉を守ってお仕事をなさっていらっしゃいますのに。ですから私は右側だけと言っていますわ」
俺は天を仰いだ。左の兵士は明らかに慌てている様子だ。
「わかったかしら?では改めてこの鳳凰院可憐が命じます。こちらの扉の右側だけお開けなさい」
無理だった。この言い方をする時は最終警告だ。
真顔だった。
「……かしこまりました。お嬢様」
可憐お嬢様は扉を見る。
次に騎士を見る。
そして柔らかく微笑んだ。
きっとその笑顔は真面目に職務を果たしている兵士への労いなのだろう。
可憐お嬢様はそういう方だった。
ただ、その笑顔とは対照的に、俺の顔は今ひどいことになっているに違いない。
そして俺たちの会話を聞いていた騎士も、何を言われているのか理解できず、身動きが取れなくなっていた。
普通、そんな理屈は思いつかない。
現実は非情だった。
「お、お待ちください!」
我に返った騎士が慌てて制止する。
だが、もう遅い。
鳳凰院家の勅命を受けた以上、いかなる困難があろうとも実行しなくてはならない。
それは子供の頃から俺に染みついた習性だった。
肩にかけられた騎士の手を意に介さず、俺は扉へ力を込める。
ぎぃぃぃ――。
重厚な扉がゆっくりと開いていく。
その見た目に相応しい手触りと重さ。
そして今の俺にとっては、世界一重い扉でもあった。
開いた扉のその先には、赤い絨毯。並ぶ貴族達。王国の重鎮達。
そして。
最奥の玉座に腰掛ける一人の男。
国王だった。
突然開いた扉に全員の視線が集まる。
静寂。
数秒後。
「――誰だ、貴様は」
低い声が玉座の間へ響いた。
可憐お嬢様は少しも怯まない。
ドレスの裾を摘み。俺が開いた扉をくぐると前に出て優雅に一礼する。
「初めまして」
まるで舞踏会での挨拶のように。
「鳳凰院可憐と申しますわ」
そして柔らかく微笑んだ。
「本日はご機嫌麗しゅう、国王陛下」
玉座の間の空気が完全に凍り付いたのである。




