第12話 最強とは本質を見抜くものなのか
鳳凰院可憐と申しますわ」
可憐お嬢様はドレスの裾を摘み、優雅に一礼した。まるで舞踏会での挨拶だった。
だが、ここは舞踏会場ではない。
アークレイン王国の中枢。その王座の間である。
突然開いた扉。突然現れた見知らぬ令嬢。そしてその後ろに立つ勇者。
玉座の間は水を打ったように静まり返っていた。
貴族達は戸惑いを隠せず互いの顔を見合わせている。騎士達も動けない。誰もが状況を理解できていなかった。
そんな中、国王だけがじっと可憐お嬢様を見つめていた。
鋭い視線だった。王として数え切れないほどの人間を見てきた男の目。相手の本質を見抜こうとする視線。
だが、可憐お嬢様は微動だにしない。堂々とその視線を受け止めていた。怯みも緊張を感じさせない、いやお嬢様に限って緊張などとは無縁であろう。
そもそもこの人に「王だから緊張する」という概念が存在するのか怪しい。
しばらく続いた沈黙の後、国王が深く息を吐いた。
「勇者か……来てしまったものは仕方あるまい」
低く重い声だった。その一言だけで玉座の間の空気が変わる。
貴族達がざわめいた。追い返されると思っていたのだろう。
「本来であれば無礼者として摘まみ出すところだ」
国王の視線がこちらへ向く、正確には俺へ。
「だが余は忙しい」
ため息をもう一つ。
「そして二度もそちの顔を見るのは気分が良くない」
容赦なかった。少し傷ついた。いや、かなり傷ついた。
だが反論はしない。
王女殿下の件がある以上、俺に対して良い感情を持っていないことは知っている。知っているからこそ黙って頭を下げた。
「要件があるなら今話せ」
「陛下」
すぐに宰相が口を挟む。恰幅の良い身体を揺らしながら前へ出た。
「このような無礼者を――」
「黙れ」
一言だった。だがその一言だけで宰相は口を閉じる。不満そうではあった。だが逆らえない。それだけで国王という男の重みがわかった。
「どちらにせよ国を統べる者として勇者の報告は聞かねばなるまい」
国王は頬杖をつきながら言う。
「話せ」
「……ありがとうございます」
俺は深く頭を下げた。
そしてここまでの経緯を説明する。
本来は最強の召喚の儀式だったこと。
だが現れたのは可憐お嬢様だったこと。
その直後の魔物の襲撃。
そして、魔喰鳥。
正直なところ、俺もあの時は死ぬかと思った。
「討伐したのか」
国王が聞く。
「はい」
「誰がだ」
少しだけ迷う。だが事実なので仕方ない。
「可憐お嬢様です」
沈黙。
「どのように」
嫌な予感がした。だが聞かれた以上答えるしかない。
「箒で」
再び沈黙。
先ほどより長い沈黙だった。
「……箒?」
「箒です」
「掃除に使う?」
「掃除に使うやつです」
国王が黙る。
貴族達も黙る。
何人か頭を抱えている。
気持ちはよくわかる。
俺も最初はそうだった。
考えても理解できないのである。
だが現実として倒してしまった以上、受け入れるしかない。
「馬鹿にしておるのか勇者!非礼もいい加減にしろ!」
宰相の声が響くと、鋭い視線がすべてこちらに向く。胃が痛い。帰りたいです。
しばらくして国王は疲れたように額へ手を当てた。
「……もうよい」
その声音には諦めが滲んでいた。
「相分かった」
手をひらひらと振る。
「下がれ」
その仕草には心底面倒事に関わりたくないという感情が滲んでいた。
「以降のことは追って通達する」
「はっ」
俺が頭を下げる。すると。
「王からお許しが出たぞ!」
また大きな声が響いた。宰相だった。国王陛下に黙れと言われていたのが嘘のように勢いよく前へ出る。
「わかったらさっさとここから失せろ!」
指を突き付けながら怒鳴る。
「勇者といえども今回の件は問題になると思え!」
唾が飛ぶ勢いだった。
「そのことも追って通達する! 覚えておけ!」
周囲の貴族達もざわめく。だが国王は止めない。面倒だから放置しているのか。それとも宰相に好きに言わせているのか。そのあたりはわからなかった。
だが、俺は別のことが気になっていた。
可憐お嬢様である。
国王からも宰相からも歓迎されているとは言い難い。むしろ失礼な態度すら取られている。だから少し心配していた。ご機嫌を損ねていないだろうかと。
だが、可憐お嬢様は怒っていなかった。
黙っていた。
ずっと国王が話している時も。俺が報告している時も。宰相が喚いている今も。
一言も喋らない。ただ静かに。一人の人物を見続けていた。
宰相だ。
そのことに気付いた瞬間。なんとなく嫌な予感がした。
「悟」
可憐お嬢様が口を開いた。喧騒など意に介さない穏やかな声だった。
「はい」
「ご説明なさい」
「え?」
一瞬意味がわからなかった。
「すみません。何をでしょうか?」
「先ほど今までのことについてはご説明差し上げたかと」
「そうではありません」
可憐お嬢様は静かに言う。
「あの者のことです」
そう言って扇の先がまっすぐ宰相を指した。
玉座の間の空気が凍る。
「貴様!」
最初に反応したのは宰相だった。顔を真っ赤にして怒鳴る。
「無礼だぞ!」
脂汗を浮かべながら叫ぶ。
「誰に向かってそのような態度を取っている!」
周囲の貴族達もざわついた。騎士達も困惑している。ホントに胃が痛い。帰りたい。
だが、可憐お嬢様だけは変わらない。
宰相を見つめている。まるで何かを観察するように。やがてぱたりと、扇が開いた。
「悟」
小さな声だった。
「はい」
「私はこの世界へ来て日が浅いのでよく存じ上げませんのだけれど」
「なんでしょう」
「リリィさんやエリーさん、そしてバルデルさんのお話では」
可憐お嬢様は静かに言う。
「魔物というのは皆様の敵、なのですわよね?」
「そうですね」
俺は頷いた。
「でしたら」
扇の先がゆっくりと動く。真っ直ぐ。再び宰相を指した。
「なぜその魔物が国王陛下のお隣にいらっしゃるのかしら?」
玉座の間が再び静まり返った。
そう、可憐お嬢様が扉を開いて現れた時と同じように。




