第7話 最強とは冷ややかな視線なのか
「朝か……」
日の光と小鳥のさえずりで目を覚ます。朝方まで考え事をしていたが、いつの間にか眠ってしまったらしい。寝不足のためか、頭がぼーっとする。寝不足でなければ、爽やかな朝だと思えるのだろうけど、いや、シクシクという不気味な声が聞こえる。
体を起こして音の方を見ると昨夜と変わらず体育座りをしているバルデルがいる。
「あの、バルデルさん。もしかしてずっと昨日からそうしてるんですか?」
「コバヤシよー、俺の盾が傷だらけになってよー、シクシク……」
「……バルデルさんその盾、確か自然に回復するっていうすごい盾なんでしょ?擦り傷くらいならもう治ってるんじゃないですか?」
そう、バルデルさんが持っているこの盾は『聖守護者の盾』。いかなる理不尽も打ち返し守る守護の盾。遥か昔の勇者が使っていたとかなんとかいう由緒正しい物である。
その硬度もさることながら、いかなる傷がついても魔力を注げば自然と回復するというマジックアイテムだったはず。
「確かに傷はもう治ってるけどよー、大事な盾がソリにされてよー、国王陛下にどう顔向けすればよいのか……」
バルデルさんは大雑把に見えて恐ろしく繊細なんだよね。大体こんな大男の趣味が園芸で花を育てることなんて初対面の人に説明しても絶対に信用してもらえないと思う。
「えぇっと、ほら、黙っておけば大丈夫じゃないですか?それにその盾をソリにしたなんて話しても誰も信じないですって」
「そうかなー大丈夫かなー。国王陛下に対する不敬じゃないかなー」
「きっと大丈夫ですよ。もし万が一のことでも、全滅を避けるために仕方なくってきちんと説明すればあの国王陛下ならご理解してくださいますよ」
「そうかなー……いや、そうだな!国王陛下ならわかってくださるはずだ!がっはっは。安心したら急に眠くなってきたぞ。コバヤシよ、俺はしばらく寝るぞ」
言うが早く、バルデルは自分のベッドへ飛び乗り横になるとすぐにいびきをかき始めた。
なんだか、神経質なのか単純なのかよくわからなくなってきた。まあこういったバルデルさんの精神的な?サポートはいつものことだからまあいいんだけど。
それよりも、お嬢様のことだ。プリンもそうだが、お嬢様に万が一のことがあれば元の世界に戻るどころではない。いや。そもそもこれからどうすればいいのか。昨日は色々あって何もかもが有耶無耶になっている。
そうだ、リリィにもエリーにもどう説明すれば、いやそれよりもお嬢様は昨日ので納得なされているのだろうか。今日から俺はどうすればいいのだろうか。
魔王とか4天王とかよりも女性陣とお嬢様の方がよっぽど怖い。いや、とりあえずはお嬢様のこの世界での安全の確保。そしてリリィとエリーになんとか説明して納得してもらおう。いや、昨日の感じだと望みは薄いけどなんとかしなくてわ。こんな時にセバス様がいたらいいアイディアなり、スマートに助け船をだしていただけるのに。
とりあえず朝食でも食べながら何か考え付くのを祈ろう。
そう思い部屋の扉を開け、2階の部屋から一階に俺は歩みを進めた。
階段を下りていると、下からにぎやかな女性陣の声が聞こえた。いずれも聞きなれた声である。
階段の段数を下りるごとに、楽しげな笑い声がはっきりと聞き取れるようになっていく。
キャッキャと、鈴が転がるようなお嬢様の笑い声。そこにリリィのハキハキとした明るい声と、エリーの少し控えめながらも嬉しそうな声が混ざり合っている。
……あれ? 完全に予想が外れた。
昨日の剣呑な空気を思い浮かべていた俺は、拍子抜けを通り越して軽い恐怖を覚えた。
女性陣が仲良くなっているのは良いことだ。……はずだ。でもこの組み合わせで笑い声が上がっているということは、ほぼ確実に俺がネタにされている可能性が高い。
「それでね、リリィ、エリー。現代日本のお出かけスタイルは本当に奥深いんですの。例えばカフェでお茶をする時は、季節や目的に合わせてコーディネートを変えるのよ?」
「まあ! そんなに細かくお考えになるのですか!? お嬢様、ぜひ詳しくお聞かせくださいませ!」
「ふふ、いいですわ。リリィは髪が長いから、編み込みアレンジがよく似合うと思うわ。エリーには少し大人っぽいメイクの技術を教えてあげる。」
三人の笑い声が食堂に響き渡る。よかった俺のことではないらしい。
……完全に女子会だ。しかしこれは好機。これならよくわからないけどいい感じでいろんなことをごまかせるのではないだろうか?
俺は覚悟を決めて、努めて明るい声をかけた。
「おはようございます。お嬢様、リリィ、エリー。朝から随分と楽しそうですね」
三人の視線が一斉にこちらを向く。
「あら、悟。おはよう。ちょうどいいところに来たですわ」
「おはようございます、コバヤシ様!」
「おはよう、サトル……! もうお嬢様からすごいお話を聞かされて、胸がときめいて止まらないよ!」
三人とも満面の笑み。特にリリィの笑顔は元気いっぱいで、エリーは目を輝かせている。
「え、えっと……どんなお話を?」
「現代日本の『ファッション』と『美容』についてですわ」
可憐お嬢様が優雅にティーカップを傾けながら答える。
「特に『プリンセスライン』や『ロリータファッション』……悟もたまに私の着替えを手伝ってくれますわよね?」
ちょっと待て。
それは完全に誤解を招く発言だ。
「お嬢様、それはお着換えを用意していたのであって、着替えのお手伝いはセレス様がされていたはずです……!」
「ふふ、照れなくてもいいですのよ。ねえ、リリィ、エリー。悟は意外と手先が器用なんですの。紐を締めるのも慣れたものですわ」
「「へぇ……」」
リリィが興味津々で身を乗り出し、エリーがじっと俺を見つめてくる。その視線はなにやら氷冷魔法のごとく冷たい
これはまずい。完全に誤解されている。
「お嬢様、それは靴の紐の話でございますね!そうですよね!主語は正しくお願いいたします!」
必死に訴えたが、可憐お嬢様はティーカップを優雅に置き、くすくすと笑いながら首を軽く傾げた。
「まあ、悟ったらまたそんなつまらない言い訳を。靴の紐だけじゃありませんわよね? 靴の紐もですけど、ドレスのファスナーも……夜会のお支度ではいつも後ろから手伝ってくれていましたのに」
「ですから!それも純粋な業務です! 本当にただの……!」
「「へぇ……」」
リリィとエリーの声が重なった。
二人の視線が、俺に向けられる。
リリィは笑顔のまま、でも目が全く笑っていない冷ややかな視線。エリーは控えめに微笑みながらも、じっと値踏みするような、どこか冷たい目で俺を見つめてくる。
……これはまずい。かなりまずい。
「コバヤシ様……意外と積極的だったのですね……」
エリーの声は明るいが、視線は氷のように冷たい。
「……ふうん。知らなかったよ、サトル、ずいぶん大人なんだね」
リリィも静かに、でも明らかに温度の低いトーンで続ける。
その冷ややかな視線が、俺の背中をぞわっとさせた。女性特有の「あとで話があるわよ」オーラが全開だ。
可憐お嬢様はそんな空気などまるで意に介さず、満足げに微笑んだ。
「ふふ、いいんですのよ。悟は私の執事見習いなんですから、身の回りのお世話は当然の責務ですわ。ねえ、リリィ、エリー。あなたたちも後で悟に紐の締め方を教えてもらいなさい。とても丁寧ですのよ?」
「「そう……それはとても楽しみですね」」
即答だったが、二人の声には先ほどまでの明るい女子会の雰囲気が明らかに薄れ、代わりに探るような冷ややかさが混じっている。
俺は冷や汗を拭いながら、必死で話題を変えた。
「と、とにかく朝食にしましょう! 冷めてしまいますよ!」
冷めるのは朝食なのか、この場の空気なのか。
席に着くなり、目の前に並んだ朝食を前にしても食欲が全く湧かない。
そんな俺の気持ちを一切介していない様子で可憐お嬢様は優雅にナイフとフォークを動かしながら、当然のように宣言した。
「それはそうと、先ほどお話にありました国王陛下なるお方にご挨拶に伺わなければなりませんね。私も鳳凰院家を背負うもの、そういった各界の方々には我が家の代表としてうかがわなければなりません」
可憐お嬢様はフォークを優雅に置き、当然のように言い切った。
その言葉に、俺の背筋が一瞬で凍りつく
。
(待て待て待て……いきなりハードル上げすぎだろ!)
リリィとエリーも一瞬ぴくりと反応した。
「あの……お嬢様」
俺は慎重に口を開いた。「国王陛下への謁見は、勇者である俺が正式に依頼を出してから数日待つのが普通でして……いきなり行って会えるようなものでは——」
「まあ、悟ったらまたそんな弱気なことを」
可憐お嬢様は優雅に微笑みながら、俺の言葉を軽く切り捨てる。
「あなたは勇者として召喚されたのでしょう? ならば王宮の門など開けて当然ですわ。もし門番が邪魔をするようなら、私が直接話をつけますわよ?」
……それが一番怖いんだよ!
リリィが冷ややかな笑みを浮かべながら、俺に視線を向ける
。
「コバヤシ様……お嬢様がそこまでおっしゃっているのですよ? 勇者様として、しっかり先導して差し上げないと」
「……そうだよ、サトル」
エリーも静かに、でも冷たい目で俺を見ながら続ける。「お嬢様のご期待に応えられないなんて……情けない、よね?」
二人の視線が再び俺に突き刺さる。
さっきの誤解がまだ完全に生きているせいか、冷たさの中に「失敗したらただじゃおかない」みたいなプレッシャーが乗っかっている気がした。
俺は観念して肩を落とした。
「……わかりました。お嬢様のご希望通りに手配いたします。ただ、せめて朝食が終わってから……」
「もちろん。まずは食事を済ませて、身支度を整えましょう」
可憐お嬢様は満足そうに頷き、再び優雅に朝食を再開した。
食堂には再び静かな緊張感が漂う。
リリィとエリーは時々俺の方をチラチラと冷ややかな目で見ながら、可憐お嬢様の話に相槌を打っている。
話題は再び日本のファッションに戻り、時折「紐の締め方」とか「夜会のお支度」といった危険な単語が飛び出すたびに、俺の胃が痛くなった。
(バルデル……早く起きてくれ……頼むからこの地獄の朝食タイムに助け舟を出してくれ……)
しかし二階からは、まだ大きないびきが聞こえてくるばかりだった。




