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異世界お嬢様無双~あの…勇者として召喚されたのは俺なんですけど…~  作者: 芦名 雅


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第6話 最強とは見慣れない夜空なのか

漆黒の夜空を領するのは、寄り添うように凍てつく二つの青白い月。その周囲を埋め尽くすのは、元の世界ではいずれも決して見たこともない歪な配列でまたたく無数の星々だ。  

それらは小林が過ごした17年の記憶にはない光景、見知らぬ世界の象徴だった。


 音もなく吹き抜ける微風が、肌を刺すような異世界の冷気を運んでくる。かつて彼の日常を満たしていた、あの色鮮やかで絢爛な街並みはどこにもない。そこにあるのは、異形な星天の下、まるで世界そのものが息を潜めているかのような、冷徹な静寂に沈む無彩色の街だけだった。


 昼間のことを思い返す、もしかしたらもう会うことはないかもしれないと思っていた主との邂逅。


(明日なんと説明すればいいのだろうか……)


 仲間と別れて部屋にこもったが妙案は浮かばず、部屋の隅でうずくまていたバルデルもいつの間にか眠りについていたが小林は眠ることもよい考えが浮かぶこともなく、ただ部屋にいるだけの閉塞感に耐えかね、彼は気分転換のために、静まり返った街を一望できるこの丘の上へと足を伸ばしたのだ。


「はぁ……」


 何度目かもわからないそのため息は夜空に吸い込まれる。


「私の従者ともあろうものが、ため息をつくなど見過ごせませんわね」


 背後から不意に響いたその声に、小林の心臓が跳ね上がった。足音はおろか、草を踏みしめる音すら一切しなかった。


 ただ、最高級のレースとフリルが擦れ合う微かな「絹擦れの音」だけを伴って、その人物はそこに佇んでいた。


 驚きに目を見開きながら、弾かれたように振り返る。そこには、二つの青白い月光を浴びて、まるで闇夜に咲く一輪の真紅の薔薇のように、圧倒的な存在感を放つ主の姿があった。


 数えきれない死線を超えてなお気が付かずには背後をとられていた。


鳳凰院可憐


 気配はなくそこにある絶対。認識さえしてしまえばその絶対に圧倒される。


 完璧に巻かれた縦ロールの髪を夜風に揺らし、最高級のレースを重ねた真紅のゴシック・ロリター調ドレスを完璧に着こなした最強のお嬢様が、すっと背筋を伸ばし、優雅に腕を組んでそこに立っていた。サファイアのように青く澄んだ瞳が、いたずらっぽく小林を見下ろしている。


「お、お嬢様……っ!?」


 驚愕のあまり、声が裏返りそうになる。


「私の体内時計ではすでに日付を跨いでいますけど、ご説明はあるのかしら小林?」


 「せ、説明、ですか……」


 小林は引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。お嬢様の言う「ご説明」が、この異世界召喚という天変地異のことではないのは明白だった。そんなこと可憐は一言も言っていなかった。そう可憐が小林に問はただ一つ。


『……ところでプリンは買ってこれたのかしら?』


 可憐にとって突然異世界に召喚されようが、魔獣に襲われようが、聖騎士の盾で移動しようがそのようなことは粗末なできごとでしかないのである。可憐の発する言葉こそが絶対なのである。


 言葉が出てこない。なんといえばいいのだろうか。小林は思考を巡らすが妙案などというものは浮かんでこない。こういう時は筆頭執事のセバスチャンが助け船を出すのが常であったが、世界を跨いだここにその援護は期待できない。まさに蛇に睨まれた蛙とはこのことであろう。心なしか小林の頬を撫でる風が数段回冷たく感じるようになったのは気のせいではないように小林は感じていた。


「困ると視線が泳ぐ癖が治っていないので小林。鳳凰院家に連なる者としてそのような態度を見せてなりませんと申し付けていたでしょうに」


 ため息交じりに可憐はお気に入りの扇を広げで口元を隠している。刺すような視線で小林を見つめていた可憐の表情がため息とともに緩む。


「……よろしいですわ。なにかご事情があるのでしょう。今日の変わった劇もこのそらもどうも私の見慣れたものと少し違うようですし、これはあれかしら。咲夜さんがよくお書きになられているお話のようなものなのかしら。そうそう、咲夜さん小林がプリンを買いに行っている間に新作をお書きになられたのよ。ぜひ目を通していただきたいですわ」


 可憐は元の世界の親友に思いを馳せていた。咲夜、西園寺咲夜は鳳凰院可憐の学友である。親友といってもあくまでそれは可憐目線での話である。


 咲夜は可憐と同じく17歳。つまりは小林とも同年代ではある。鳳凰院家と西園寺家は互いにライバル関係にある。小林のいた世界に魔王などというものは存在していない。しかしながら、絶対的な力は存在していた。


 それこそは世界を統べる4大財閥、鳳凰院家・西園寺家・ヴァンダービルト家・ローゼンベルク家。東の大陸のヴァンダービルド家、西の大陸のローゼンベルク家と明確に分かれて存在する2家と違い、鳳凰院家と西園寺家は同じ国の中に存在する。


 そして圧倒的とまではいかないまでも鳳凰院家と西園寺家には1位と2位という差があった。それはお互いの娘たちの教育に、生き方に明確な差が生まれた。


 鳳凰院可憐はすべてを統べるものとして、帝王とし絶対的な生き方をしているのに対して西園寺咲夜は幼い頃から断るごとに言われ続けていたのである「鳳凰を穿つべし」それは明確なものなど何もないにも関わらず自身が鳳凰院可憐に劣っているという劣等感を植え付けられるには十分であった。


 そんな彼女たちが、いや正確には可憐が一方的に親友として認識し、その咲夜の趣味を知るにいたったかについては今語るべき時ではない。


「あ、新作出たんですね。俺好きなんですよね、あの中二病全開の展開。」


「いつもお伺いしていますが、その『ちゅうにびょう』というのは私にはよくわかりませんわ。セバスに何度お聞きしても『現代医学では治療法が確立されていない不治の病』としか言いませんし……。そのような病であれば親友の一大事だと思いますけど、セバスにも『病のことには触れずにいることこそが一番の治療』などと意味が分かりかねることを言いますし。試しに咲夜さんにお伺いしても叫び声をあげながら悶えて走り去っていくばかりですし」


「あはは……」


 小林は乾いた苦笑いを浮かべる。 そんな黒歴史の爆弾を問い詰められれば、自分だって同じ行動をするに違いない、と確信したからだ。そんな小林から目をそらして可憐は天を仰ぎ見る。


「……成すべき宿命を抱く者の瞳には、決して揺らがぬ『絶対』が宿っている。その力の前には世界の理など紙切れに等しい。ですか、お父様がおっしゃられていたことが今ならわかりますわ」


 ふっと目を細め、可憐は幼き日に父から授かった言葉を反芻していた。鳳凰院家にある以上は万物の長たれ、しかしそれはそこに胡坐をかいていいという意味ではない。そのに至るべき道、それを支える人々の力を見極め、敬い、尊べば鳳凰は更なる高見へと至る道筋となるであろう。心の中でその言葉を反芻する。


「私はね小林。鳳凰院家の庭園で麗らかな日差しの中で食べるプリンが大好きなのです。だからこの場所が嫌いというわけではありませんが、プリンを食べるならあそこと決めているのです。ですから小林……」


 言葉を区切ると、可憐は小林の方へと真っ直ぐに向き直った。その瞳には絶対の力がある。小林がよく見知った絶対が。


「貴方がなすべきことをなしたあとでプリンを買ってきなさい」


 そういうと可憐は小林の返事を待つこともなく町へと下っていった。何も聞かずともすべてを理解しうる。幾度も目にした可憐の変わらない強さが小林の瞳に、耳に、すべてに語り掛けていた。


 いつのまにか小林を撫でる風は温かみを帯びていた。そうして人知れず、異世界の異分子たちの夜は静かに更けていくのであった。


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