第5話 最強とは体幹の強さなのか
宿の部屋の扉が静かに閉まり、可憐お嬢様が奥の寝室へと入られたのを見届けた小林は安どの息を漏らした。洞窟を抜け、半日走ってようやくついた村で小林はお嬢様へ「とりあえずお疲れでしょうから今日はお休みください事情は必ず明日ご説明差し上げます」といった手前明日までに説明を考えなければならない。
いや、それよりも可憐様が最後まで「ところで小林プリンはどちらにあるのかしら?もう1年も待っているのだけれども」とプリンのことを気にしていたことが一番厄介だ。
「おまけせください。ですが至高のプリンですから最高の場所でお召し上がりいただかなくてはなりません。もうしばしお待ちを」などとありもしないことをいって乗り切った。この1年でずいぶん口も上手くなったものである。明日のことを考えると胃が痛い、ずいぶんと久しぶりに胃が痛くなった。胃薬が欲しいと小林が考えていると、二人の影が一気にサトルへと詰め寄った。
口火を切ったのは、全知の大魔導士リディル・リファイン――リリィだった。
「ちょっとサトル! ホントになんなんだあの娘は!? 魔獣をぶっ飛ばすなどまだ生ぬるい、あの凄まじい猛スピードの揺れの中で、ティーカップの飲み物が一滴もこぼれないなどと、一体全体どういうことになってるんだ!?」
リリィは頭を抱えてガタガタと机を揺らす。隣に立つ約束の聖女エリーも、アメジストの双眸をこれ以上ないほど怒らせて激しく頷いていた。
「落ち着いて、リリィ。ほら、大魔導士っぽい威厳溢れる余裕をもって……」
小林はなんとかリリィをなだめようと声をかけた。しかし、その言葉が逆に彼女の堪忍袋の緒を爆音を立てて引きちぎることになる。
「大魔導士っぽい威厳溢れる余裕って何だ、サトル!? そのような余裕があるなら最初からこんなに頭を抱えていないよ! あのティーカップの慣性制御は明確な理への冒涜、あるいは新種の怪異だぞ!?」
「ほら、あれだよ……お嬢様はすごい体幹……なんだよ」
小林はお嬢様のことをよく知ってる。だからその程度のことは普通だと思う。しかしながら、一般人には理解しがたい現象なのも理解できる。だから説明するなら『体幹がすごい』になるのであるが当然納得できるわけがない。リリィはさらに声を荒らげた。
「体幹どうので魔法を使わずにあんな現象起こるわけないだろ!?前々から思っていたんだよ、いくら聖剣があるからっていっても魔力がないサトルが普通に戦えているのがおかしいって。サトルの世界ではあの程度普通ってことなんだね!?」
隣で腕を組んでいたエリーが、冷ややかに静かに頷いた。
「リリィの言う通りですわ、コバヤシ様。水属性の私が神に誓って断言いたしますが、あれは明確な怪異の類ですわ。それほどの強くなる方法があるならぜひ私たちにもお教えいただきたいですわ。……というか、さっきから壁の向こうでシクシク聞こえるのですが、あれはどうされるのですか?」
エリーが視線を向けた先には、城塞の守護者バルデル・スタインがいた。二メートルを超える地属性の大男は、鋼鉄のフルプレートアーマーを軋ませながら、体育座りで小さく丸まっている。
「コバヤシ殿……いや、おいコバヤシ……。俺の『聖守護の大盾』を見てくれ……。皆に乗られたせいで、滑走傷が……。竜の息吹すら弾く俺の絶対守護が……(シクシク)」
「お黙りなさい、バルデル」
エリーはふんと鼻を鳴らした。
「コバヤシ様、とりあえずあの方のことをご説明してくださるかしら」
「……説明、ですか」
小林はワインレッドのベストを引っ張り、胃のあたりを軽く押さえながら、リリィとエリーの二人に苦笑いを向けた。
「いや、あのお方はええっと、鳳凰院可憐様といって俺の……主?雇用主?なんていえばいいんだろう?命の恩人が一番しっくりくるかな?まぁとりあえずお嬢様は俺と同じ世界の人間で間違いないよ。お嬢様はこちらでいうなら、アスタリア王国のフィオナ王女みたいな立場の方なんだ。俺は幼い頃に色々あって天涯孤独になってね。そこを鳳凰院家に拾われたんだ。で、可憐お嬢様の執事見習いとしてずっと過ごしてたんだ。だからお嬢様のことはよく知ってるよ。」
「……で、そのお嬢様がなんで最強を召喚する古代魔法で現れたんだい?」
そう、おそらく小林以外の3人が疑問に思っていたことをリリィは小林に尋ねた。
「えーうーん、いやあの魔法って最強を呼び出す魔法なんだったよね?ちなみに皆はなにをイメージしたの?」
「ボクは!万物を灰にする『最強の破壊魔法』の術式を構築していたんだ!」
リリィは自慢の大きなとんがり帽子をさらに歪ませ、悔しげに拳を握りしめた。
「私は、すべての傷を瞬時に癒やし、あらゆる穢れを滅する『究極の神聖奇跡』を心より願っておりましたわ」
エリーもアメジストの瞳に深い困惑を滲ませ、胸元の聖結晶のロザリオをぎゅっと握りしめる。
すると、壁の向こうの薄暗い隅っこから、鼻をすする重低音が響いてきた。
「俺は……俺はどんな理不尽な絶望からも仲間を絶対に守り抜く、『無敵の城壁たる大盾』をこの魂に求めていたんだ……(グスッ)」
三者三様、人類最高峰の異能たちがそれぞれの『最強』を思い浮かべて魔力を捧げたのだ。その事実に小林は深く納得しつつも、己の胃に走るキリキリとした激痛に顔を顰めるしかなかった。
「なるほど。大魔導士の破壊、聖女の癒やし、守護者の盾、か。……うん、みんなの言いたいことはよく分かったよ」
小林はそっと視線を逸らし、頬を伝う冷や汗を拭った。
「だけど、大変申し訳ない。俺だけは魔法陣が光った瞬間、別のことを考えてたんだ。……そういえばお嬢様に、一日三十個限定のプリンを買ってくるように言いつけられていたっけなぁ、って」
「「…………は?」」
リリィとエリーの思考が完全に停止し、部屋の中に不気味な沈黙が流れた。
「いや、だって本当に恐ろしいんだよ、お嬢様の逆鱗に触れるのって。だからあの時の俺にとっての世界最強の恐怖であり、絶対に逆らえない最強の概念こそが、鳳凰院可憐お嬢様その人だったんだ。……ああそうか!破壊・癒し・守護、全部可憐お嬢様に当てはまる……そして最強……だからお嬢様が召喚されたのかもしかして……」
「私たちのイメージ全てを押し退けて、プリンで人間一人を召喚したというのですか、コバヤシ様!?」
「魔法の歴史に対する最大の冒涜だぞ、サトル! 古代魔法を何だと思っているんだい!」
机をバンバンと叩いて詰め寄るリリィとエリーに、小林は両手を上げて必死に弁明する。しかし、二人の頭痛はもはや限界を迎えていた。
「……私の祈りはプリンに負けてしまうのですね……もう嫌、私、聖女を辞めさせていただきたいですわ……」
「私の『全知』の肩書きを『無知』に変えてくれ、サトル。世界の理がゲシュタルト崩壊を起こす……」
完全に自信を喪失し、がっくりと机に突っ伏すリリィとエリー。
壁の向こうからは、いまだに「俺の絶対守護が……(シクシク)」とバルデルの泣き声が聞こえてくる。そうして夜が更けていき4人は疲れ切って解散したのだった。




