第3話 最強とは高級シルクの扇子なのか
その完璧な微笑みのとは裏腹に4人は困惑していた。いや、正確にいえば3人と残り1人では困惑の内容が違っていた。
リディル・エルフェル・バルデルは各々がイメージした最強とは似ても似つかない煌びやかな少女に対して。
しかし小林は見知った鳳凰院可憐が何故ここにと。
「どうしたのかしら?小林。説明なさい」
その声には何物も逆らうことのできない絶対の圧が籠っているのを4人は各々に感じていた。
冷徹な「圧」が這い寄る。あまりの恐怖に、小林の背中にドッと冷や汗が噴き出した。
しかし、その異常な光景の前に、完全に置いてけぼりにされている者たちがいた。
「……は? え? なに、これ……?」
大魔導士リディルは、持っていた杖をポロリと床に落とした。万物を灰にする『最強の破壊』。それをイメージして呼び出されたはずの存在が、あまりにも自分の想像とかけ離れていたからだ
それは聖女エリフェルにとっても同じことだった
「これは女神を召喚したのでしょうか……いえでも、これは神威とは別のなにか……」
守護者バルデルも、巨大な盾を構えたまま冷や汗を流している。
「だかこれは凄まじいプレッシャーじゃぞい。コバヤシ、あやつはおぬしの名前を呼んでいるが何か知っているのか!?」
「み、みんな静かに……!」
小林が青ざめた顔で仲間を制そうとした、その時だった。
古代魔法の恐るべき代償が3人を襲った。
膨大な奇跡を現実にするための対価。彼らの体内から、すべての魔力と体力が一瞬にして吸い出されたのだ。
「あ、あれ……? 力が……」
「魔力が……空っぽ、です……」
リディルとエルフェルが糸の切れた人形のように床へへたり込み、バルデルも巨体をガタガタと震わせながらその場に膝をつく。これでは立ち上がることすらままならない。
「ハハハ! やはりここか! 妙な魔力の高まりを感じて来てみれば、ネズミどもが自滅しておるわ!」
最悪のタイミングだった。激しい爆音とともに洞窟の岩壁が派手に崩落し、もうもうと立ち込める煙の向こうから不気味な影が姿を現した。
「我こそは魔王四天王獣王バルバドス様が配下、ルグニル!勇者ども、ここで根絶やしにしてくれるわ!」
煙の向こうから現れたのは、不気味に二足歩行するハイエナのような魔獣、ルグニルだった。
「くっ……四天王の配下……! よりによって、こんな時に……!」
リディルが動かない体を必死に動かそうと悶絶し、エルフェルは恐怖に顔を伏せる。
絶望が洞窟を支配した。
彼女らを守ろうとバルデルが盾を構えるが、魔力切れでは彼の自慢の大盾を満足に扱うことが出来ない。恐らく今ここで戦うことが出来るのは異世界からの勇者、魔力が元々ない小林だけだろう。
聖剣を握る小林に力が入る。
「あら、今日はもしかして何かの仮装パーティーなのかしら小林。なかなか趣向を凝らしたことが出来るようになったのね。でも、わたくしの優雅な午後のお茶の最中に突然このような場所に移動させるのは、いかがなものかと思いましてよ」
現状の鳳凰院可憐にとっては魔王も異世界も認識できるものではない。
「お嬢様、これは仮装パーティーではありません!下がっていてください!」
尽くすべき主が目の前にいるのである、1年という時間が過ぎようとも小林はあるべき自身が守るべき相手を間違えたりはしない。
「下がれですって?小林……いつからそのように偉くなったのかしら?私だってもう大人ですよ?あの獣が被り物で人間が中に入っていることくらい知っています。まったく、この鳳凰院可憐ともあろう者が以前はそれで恥をかいたものです。懐かしいわね」
お嬢様はフッと目を細めると、完璧な所作で姿勢を正し、ルグニルの方へと視線を向けた。
「鳳凰院家長女、鳳凰院可憐と申しますわ。そこの着ぐるみのあなた、なかなか面白い挨拶ですこと。無粋なことを言って申し訳ありませんこと。どうぞ劇の続きを演じ遊ばせ」
お嬢様は優雅にそう言い放つと、何事もなかったかのように再びティーカップを口元へと運んだ。優雅なその動作とは対照的に、その場にいる全員が、別の意味で完全にフリーズした。
「……劇、だと……?」
魔獣ルグニルは、一度も向けられたことのない「ただのエンターテインメント扱い」という究極の侮辱に、額の青筋を激しく引き裂かんばかりに怒張させた。
「この俺を、魔王軍四天王が配下たるこのルグニルを……ただの着ぐるみだとぬかしたか、小娘ぇーーーッ!!」
「ちょ、ちょっと、お嬢様!! 本当にマズいですから!!」
小林が悲鳴を上げ、聖剣を構え直す。
「黙れ勇者! まずはそのほざいた口から引き裂いてくれるわッ!」
激昂したルグニルが、獣特有の爆発的な脚力で地面を爆砕。目にも留まらぬ速さで、お嬢様の真っ白なティーテーブル目掛けて飛びかかった。その鋭利な爪は、かすっただけでも大岩を消し炭にする威力を秘めている。
「いやあああーーッ!!」
エルフェルが悲鳴を上げ、リディルとバルデルが絶望に目を見開いた。
小林は目にも止まらぬその閃光を聖剣で弾いた。閃光は背後の壁に軌道を変え、激突するかに思えたが、バン!と大きな音を立ててその軌道を変えて可憐に襲い掛かる。
突然の軌道変化に小林は対処できない!
「くっそ!お嬢様!!」
「……騒々しいですわね。これは私も参加型の劇というものでしょうか?やれやれですわ。そういったことはあらかじめせめてセバスは通していただかなければと思いますけど。せっかく小林が趣向を凝らして用意した劇ですから私も一人の演者として楽しむことにいたしましょう」
可憐はため息交じりに、手元にあった高級シルクの扇子をパッと優雅に広げた。優美な孔雀が羽を広げるがごとき扇子ではあるが、常人の思考ではそんなもので死を招く閃光を止められるわけがない、そう思う。
キィンッ! と、洞窟内に硬質な鋭い音が響き渡ります。お嬢様は席を立つことすらなく、迫り来るルグニルの必殺の爪撃を、広げた扇子の面だけで平然と受け止めた。
信じられない光景が広がっていた。誰しもが、死の閃光そのものですらあり得ない光景に驚愕を浮かべる。
いや、この場でただ一人小林だけはあるいは……と予見していた。だが予見していたからといって自らが恩義ある主に向かう脅威を見過ごすことはできない。すぐさま聖剣を握り直し、驚愕で身動きが取れなくなった獣へと向かう。
刹那の思考。その瞬間にも生じた凄まじい衝撃波が、二人の間でバチバチと火花を散らせた。
「な、何だと……!? 俺の爪を、ただの扇一枚で……!?」
ルグニルが驚愕に目を見開き、およそ獣のその口からは発せられるとは思えない声を上げていた。
まさにその直後でした。可憐は不快そうに目を細めると、手首を信じられないほどの速度で返し、目にも留まらぬ速さで扇子をクルクルと回転させました。
(あれは鳳凰院流扇術!鳳凰院旋風!!)
以前の小林には見ることすらかなわなかったその動き。しかし、勇者となり1年の戦いの果てに、今の小林はその神速の軌道をしっかりと眼に焼き付けることができた。それほどに、お嬢様の一撃は美しく、神速に迫る速度にも関わらず優雅で可憐、そして絶対的だった。
湿った空気が淀んでいた洞窟の最奥に、突如として激しい暴風が巻き起こる。回転する扇が乱気流を生み出し、ルグニルの巨体を容赦なく巻き込んだ。
「ぎゃ、がっ……!? 身体が……浮くーーーッ!?」
突進のエネルギーを完全にコントロールされ、暴風の渦に揉みくちゃにされたルグニルは、今度こそ衝撃の彼方へと弾き飛ばされた。
背後の分厚い岩壁をぶち抜いて洞窟の遥か外へと消滅していくルグニル。凄まじい風圧だけで、洞窟の奥に巨大な風穴が穿たれた。
「ふぅ……。昨今のお芝居の技術は本当に大したものですわね。ワイヤーアクションと言うのかしら?素晴らしい演技でしたわ。まさか私が扇を使うことになるなんてね。急に舞台に立つなんて経験ありませんでしたから、ついつい力が入ってしまいましたわ。小林、あの者の素晴らしい演者に褒賞をお与えなさい。そうね、金額などはセバスとご相談なさい」
((((いや、死んでるだろあれ))))
鳳凰院可憐以外の4人の思考は、完全に一致していた。
遥か遠くの風穴の向こうでは、魔族の消滅を告げる黒い煙が静かに立ち上り、彼らの力の源たる『魔石』が、コロンと冷たく転がっているのだった




