第15話 最強とは噂が一人歩きするものなのか
宰相だった魔物が消滅した後、王城は大混乱となった。
それは、ただ一体の魔物を討ち取った――そんな単純な話ではない。
一年間。
実に一年もの間、アスタリア王国の中枢へ魔物が潜伏していたのである。
しかも、その立場は宰相。
王の側近であり、政務の中心に座し、貴族や騎士団、宮廷魔導士達へ指示を下す王国の要だった。
その宰相が、魔物だった。
しかも国王陛下や重臣達が揃う玉座の間で正体を現したのである。
当然、ただで済むはずがない。
鎧を鳴らして騎士達が城内を駆ける。
文官達は青ざめた顔で書類を抱え、侍女達は来客を慌ただしく別室へ案内していく。
廊下では怒号が飛び交い、普段は静寂に包まれている王城は、まるで戦場のような騒ぎとなっていた。
王城は国の象徴だ。
本来なら、静かで、厳かで、秩序に満ちた場所である。
だが今は違う。
整えられた廊下へ響くのは、重々しい足音と切迫した声ばかり。
誰もが走り。
誰もが焦り。
誰もが何かに追われていた。
いや。
正確には、誰もが見えない何かを恐れていた。
宰相が魔物だった。
ならば、他にもいるのではないか。
騎士の中に。
文官の中に。
侍女の中に。
あるいは、今まさに命令を下している者の中に。
その疑念は瞬く間に王城全体へ広がっていった。
疑いは、人の足を止める。
恐怖は、人の心を乱す。
だからこそ、王城はこれほどまでに混乱していた。
――一方、その頃。
そんな王城の騒然とした空気とは、まるで別世界のような時間が流れている部屋があった。
王城の応接室。
そこで優雅なティータイムを楽しんでいる二人の姿がある。
俺と、可憐お嬢様だった。いや、正確にいうなら楽しんでいるのはお嬢様だけだと思う。
案内された応接室は、さすが王城と言うべき豪華さだった。
高い天井。
白と金を基調とした壁。
落ち着いた色合いの絨毯。
窓辺には季節の花が飾られ、部屋には紅茶と花の香りが穏やかに漂っている。
壁には歴代の国王らしき人物の肖像画が並んでいた。
どの顔も威厳に満ちている。
……もっとも。
俺からすると、全員「偉そうなおじさん」にしか見えない。
もちろん口には出さない。
不敬罪は勘弁してほしい。
窓の外には王都アークレインの街並みが広がっていた。
整然と並ぶ石造りの建物。
遠くまで続く大通り。
陽光を受けて輝く尖塔。
異世界に来てから様々な景色を見てきたが、やはり王都は別格だった。
街全体に歴史と権威が漂っている。
……とはいえ。
今の俺に、その景色をゆっくり眺める余裕はなかった。
俺達の前に置かれた小さな机。
その上には二つの指輪が並べられている。
宰相だった魔物が消滅した後に残されたものだ。
あの魔物は黒い煙となって消えた。
左腕も。
服も。
肉体も。
床へ散った黒い魔力さえ徐々に霧散していった。
それなのに。
二つの指輪だけは残った。
まるで、自らが証拠品であることを知っているかのように。
片方は鈍い銀色の指輪。
装飾はほとんどない。
しかし輪の内側には細かな文字が刻まれていた。
文字というより、魔法陣をそのまま縮小したような奇妙な文様だ。
俺には読めない。
だが、普通の装飾品ではないことだけは分かった。
もう片方には黒紫色の宝石が嵌め込まれている。
光を受けても輝かない。
それどころか、周囲の光を吸い込んでいるようにさえ見えた。
見つめているだけで胸がざわつく。
これも魔道具なのだろう。
しかも、かなり厄介な部類の。
本来なら国の調査官へ引き渡すべき代物だ。
国を揺るがす事件の重要証拠。
俺みたいな元一般人が預かっていい物ではない。
……のだが。
リリィやエリーの方が魔道具には詳しいだろうという話になり、とりあえず俺達が預かることになってしまった。
勇者という肩書きは便利な反面、ときどき責任まで雑に押し付けられる。
勇者だから大丈夫。
勇者だから任せよう。
勇者だから何とかなる。
……やめてほしい。
勇者にも胃はある。だが牛のように胃は複数ないのである。
そして今、その胃は二つの指輪を見ただけでじんわり痛い。
そんな俺の心境など露ほども気にせず、優雅な時間を過ごしている人物が隣にいた。
言うまでもない。
鳳凰院可憐。
その人である。
「悟」
「はい」
「紅茶のおかわりをいただけるかしら」
「もう四杯目ですけどね」
「良い紅茶ですわ」
そう言って可憐お嬢様は優雅にティーカップを傾けた。
この人だけ空気が違う。
王城は大混乱。
騎士達は走り回り。
国王陛下は対応に追われ。
机の上には怪しげな魔道具が二つ並んでいる。
それなのに。
可憐お嬢様だけは、まるで午後の茶会に招かれた令嬢のように穏やかだった。
背筋は真っ直ぐ。
金色の縦ロールは乱れることなく、美しく肩へ流れている。
ティーカップを持つ指先にも一切の無駄がない。
この部屋の主役は王城の混乱ではない。
紅茶である。
そう錯覚してしまうほどだった。
「落ち着いてますね」
「あら。慌てた方がよろしいかしら」
「いや、慌てられても困りますけど」
「では、落ち着いている方がよろしいですわね」
「理屈としてはそうなんですけどね」
俺は苦笑しながら銀のポットを手に取る。
ゆっくりと傾けると、琥珀色の紅茶が細い糸を描きながらティーカップへ注がれていく。
ふわりと立ち上る香りは実に上品だった。
俺は紅茶に詳しいわけではない。
高級茶葉の味を語れるほど舌も肥えていない。
それでも、この紅茶が良いものだということくらいは分かる。
そして、それを王城が大混乱している最中に四杯も飲める可憐お嬢様の胆力も。
「どうぞ」
「ありがとう」
可憐お嬢様は優雅に微笑む。
その笑顔は、つい先程まで玉座の間で国王陛下と対峙し、魔物だった宰相を断罪した人物とは思えないほど穏やかだった。
この人は本当に不思議だ。
どんな状況でも決して取り乱さない。
焦らない。
騒がない。
いつだって普段通り。
だからこそ、周囲が勝手に振り回される。
玉座の間でもそうだった。
誰もが宰相の言葉に呑まれかけたあの場で。
可憐お嬢様だけが、静かに一歩前へ出た。
そして。
『鳳凰院可憐が銘じます。かの者を成敗なさい』
その一言だけで。
玉座の間の空気は一変した。
怒鳴ったわけではない。
声を荒らげたわけでもない。
それでも、誰一人としてその言葉を軽んじることはできなかった。
俺も、その一人だった。
腰へ視線を落とす。
そこには鞘へ収まった聖剣があった。
今は静かに眠っている。
光も放たない。
ただ、そこにあるだけだ。
だが。
あの瞬間だけは違った。
俺が剣を抜いた途端、宰相だった魔物の表情が変わった。
あれほど余裕を見せていた魔物が、初めて恐怖を浮かべたのだ。
聖剣は輝かなかった。
輝く必要がなかった。
正しい心を持つ者しか手にすることのできない剣。
その存在自体が、魔物にとって何よりの証明だったのだろう。
「悟」
「はい?」
「また難しい顔をしておりますわ」
可憐お嬢様が俺を見つめていた。
「すみません。少し考え事を」
「あまり難しいことばかり考えていては、せっかくの紅茶を楽しめませんわ」
そう言って可憐お嬢様はティーカップを軽く持ち上げる。
「今は、この香りを楽しまなくては」
「紅茶が好きですねぇ」
「好きですわ」
即答だった。
「それとも」
可憐お嬢様は俺の顔を覗き込む。
「この紅茶よりも気になることがおありですの?」
「……まあ、少し」
俺は机の上の二つの指輪へ視線を移した。
可憐お嬢様もまた、同じように指輪を見る。
「悟」
「はい」
「あなたが難しく考える必要はありませんわ」
可憐お嬢様はティーカップをソーサーへ戻した。
かちゃり、と小さな音が部屋へ響く。
「あなたは私の言葉を信じて動いた。ただ、それだけですもの」
可憐お嬢様は穏やかに微笑む。
「ならば、その結果は私に帰結しますわ」
本当にずるい。
そんなふうに微笑まれたら、もう何も考える必要がなくなる。
「悟」
「はい」
「もう一杯いただけるかしら」
「五杯目ですけどね」
「良い紅茶ですもの」
「さっきも聞きました」
「良いものは何度でも褒めるべきですわ」
「王城が大混乱してる中で?」
「だからこそ、ですわ」
可憐お嬢様は当然のように答える。
「混乱している時ほど、心を乱してはいけません。紅茶を味わう余裕を失えば、見えるものも見えなくなりますわ」
「それ、紅茶を飲みたいだけじゃないですよね」
「もちろんですわ」
一拍置いて。
「七割ほどは」
「だいぶ飲みたいだけじゃないですか」
俺は苦笑しながら再びポットを手に取った。
王城中が慌ただしく走り回っているというのに。
この部屋だけは、時間の流れが違っていた。
……いや。
違う。
時間ではない。
可憐お嬢様だけが、どこへ行っても変わらないのだ。
その時だった。
廊下の向こうから、慌ただしい足音が聞こえてきた。
ぱたぱたぱた。
いや。
どたどたどた、という方が正しい。
誰かが全力で走ってくる。
俺はその足音に聞き覚えがあった。
「……何か来ますね」
「ええ」
可憐お嬢様は紅茶を飲みながら静かに答えた。
廊下で誰かが叫ぶ。
「お待ちください!」
「待てません!」
聞き覚えのある声だった。
嫌な予感しかしない。
「リリィですね」
「リリィさんですわね」
二人同時に答えた。
そして。
ばんっ!!
扉が勢いよく開いた。
「サトル!!」
「うおっ!?」
飛び込んできたのは、やはりリリィだった。
いつもの余裕はどこにもない。
長い銀髪は少し乱れ、肩で大きく息をしている。
魔導士のローブもあちこちが乱れ、片手には魔導協会の印が押された書類を握り締めていた。
よほど慌てて駆け付けたのだろう。
いや。
慌てたというより、全力疾走してきた顔である。
「サトル! 無事なの!?」
「無事だけど!?」
俺の姿を確認した瞬間、リリィの全身から力が抜けた。
「良かったですぅぅぅ……」
へなへなとその場へ座り込む。
床へ両手をつき、肩で大きく息をしている。
どうやら本気で心配してくれていたらしい。
嬉しいような、申し訳ないような。
「リリィ、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないよ!」
即答だった。
「ボク、もう生きた心地がしなかったんだから!」
「そこまで?」
「魔導協会に伝令が飛び込んできたんだよ!」
「伝令?」
「そう!」
勢いよく顔を上げる。
「『勇者サトルが玉座の間で剣を抜きました!』って!」
「ああ……うんまあ」
そこまでは事実だ。
「ホントに剣を抜いたんだ!?信じられないよ!それで理由を聞いたら『分かりません!』って!」
「うん」
「そのすぐ後に『勇者が乱心して服を脱ぎだした!』って!」
「情報の劣化が早すぎる! なんで服を脱ぐんだよ!」
真夏の牛乳でももう少し長持ちするぞ。
「さらに!」
まだあるのか。
「『国王陛下をお守りしろ!』って近衛騎士さん達が走っていくから!」
「そこだけは正しいのかよ!」
「ボクはもう、サトルが何をしたのかと思って! 国王陛下の御前で服を脱ぐなんて普通じゃないし!」
「普通じゃない以前に脱いでない!」
「でも剣は抜いてるじゃん!」
「そこだけ切り取るな!」
俺が頭を抱える横で。
「まあ」
可憐お嬢様は静かに紅茶を口へ運ぶ。
「そう誤解されても仕方ありませんわね」
「可憐お嬢様!?」
「悟は確かに玉座の間で剣を抜きましたもの」
「そこだけ聞くと完全に犯罪なんですよ!」
「事実ですわ」
「事実ですけど!」
間違ってはいない。
間違ってはいないのだが。
言い方というものがある。
「でも安心したぁ……」
リリィは大きく息を吐いた。
「本当に国王陛下に斬りかかったわけじゃなかったんだね」
「当たり前だ」
思わず叫ぶ。
リリィは額へ手を当て、大きくため息をつく。
「やっぱりサトルがそんなことするわけないよね……」
「分かってくれるか」
「うん。でも国王陛下を襲うのは駄目だからね?あと無闇やたらと服は脱がないほうがいいよ?」
「だから襲ってない!あと服は断じて脱いでないから!」
話が振り出しに戻った。
まったく進展していない。
そんな時だった。
廊下の向こうから、別の足音が近付いてくる。
今度の足音はリリィほど騒がしくはない。
だが、明らかに急いでいる。
軽く、速く、そしてどこか品がある。
俺は嫌な予感を覚えた。
この流れで来る人物に、心当たりがあったからだ。
ばんっ!
再び扉が勢いよく開いた。
「サトル様!」
「うわっ!」
今度はエリーだった。
白い法衣の裾を翻しながら部屋へ飛び込んでくる。
肩で息をし、頬は少し赤くなっていた。
どうやらこちらも全力で走ってきたらしい。
普段の落ち着いた聖女らしい姿はどこにもなかった。
「ご無事でしたか!」
俺の姿を確認した瞬間、エリーは胸へ手を当てて安堵の息を漏らす。
「だから何があったんですか」
「聖堂協会へ伝令が参りました!」
「そっちもか……」
嫌な予感しかしない。
「王城で勇者様が乱心されたと!」
「そこまではリリィと同じだな」
なんだか嫌な流れだ。
「そして!」
ほら続きがある。
「王女殿下を襲おうとしたと伺いまして!」
「ちょっと待て!どうしてそうなった!?」
国王陛下を襲ったより幾分か聞く人が聞けばたちが悪いぞ。
国王陛下はどこへ行った。ホントにこの国の伝令がどうなってるんだよ!
「違うのですか?」
「違う!」
「でも玉座の間で剣を抜いたってボクは聞いたけど?」
「剣抜いた!?聖剣を!?え?じゃあ王女殿下の殺害を企てたの!?」
ちょっと待て、どうしてそうなるんだよ。情報の九割が間違っている。
それなのに残り一割だけを頼りに全体の話を組み立てるのはやめてほしい。
「違うから!その話9割間違っているから!」
「つまり伝令が間違っていたのですね?安心しました、本当でしたらとっくの昔に焼き討ちの末ギロチン刑でさらし首になっていますよね」
本気でほっとしたようだった。
いや待て、安心してくれるのはいいけど今聖女の口から出ちゃいけないワードが複数出てたぞ。
どうやら聖堂協会では、完全に俺が王女を襲撃したことになっていたらしい。
どんな伝言ゲームだ。
いや。
ここまで来ると、もはや別の物語である。
となると、なんだかもう一つ嫌な予感がする。
予感はすぐに音となって現れる。
どしん。
どしん。
どしん。
一歩ごとに床がわずかに震える。
嫌な予感がした。
いや。
この音には聞き覚えがある。
リリィとエリーも同時に扉の方を見る。
「……まさか」
「来ますね」
可憐お嬢様だけは、静かに紅茶を口へ運びながら微笑んでいた。
「最後の一人ですわね」
その直後だった。
ばんっ!!
三度目の扉が勢いよく開いた。
「コバヤシ!!」
「うわっ!?」
部屋へ飛び込んできたのは、やはりバルデルさんだった。
重装鎧を着たまま全力疾走してきたらしい。
肩で息をしながら立っているだけなのに、鎧はがしゃがしゃと鳴り続けている。
額には汗が浮かび、息も荒い。
ここまで一気に駆けてきたのだろう。
「無事か!?」
「だから無事ですって!」
俺が答えると、バルデルさんは心底安心したように大きく息を吐いた。
「良かったぞ。ワシは突然の話で気が気ではなかったぞ!」
そのまま近くの椅子へ腰を下ろす。
どすん、と重い音が部屋へ響いた。
「もしかして守護者協会にも伝令が?」
「おう! その通りだ!」
バルデルさんは力強く頷く。
「王城から伝令が飛び込んできてな!」
「やっぱりか……」
もう嫌な予感しかしない。
「最初は『勇者が玉座の間で剣を抜いた!』だった!」
……おっ。
今度の伝令はまともだ。
いいぞ。
その調子だ。
「次に『勇者が宰相を襲った!』というではないか!」
うん。
多少表現は雑だが、大筋は間違っていない。
伝令もやればできるじゃないか。
「そして最後には──」
一拍置く。
「『乱心した勇者が王女殿下のドレスを着て、宰相の寝込みを襲った!』というではないか!!」
「なんでそうなるんですか!!」
思わず机を叩いた。
「なんだ、伝令は間違っていたのか? では安心した。ここへ急いで来たが、コバヤシがドレスを着ておらんから、もしや何かの間違いかとは思ったのだ。いや、ドレス姿では動きづらいから急いで着替えたのか?」
「着替えてないから! 初めから着てないから!」
バルデルさんは腕を組み、真剣な顔で頷く。
「そうか。では念のため確認するぞ」
「はい?」
「まず、ドレスは着ておらん」
「着てません!」
「宰相の寝込みも襲っておらん」
「襲って……」
いや。
襲ってはない。
斬っただけだ。
「あ」
しまった。
その一瞬の沈黙を、バルデルさんは見逃さなかった。
「つまり宰相を襲ったのは本当なのか!?正気かコバヤシ!!男同士は感心せんぞ?いや、ワシは妻と子供がおるから違うぞ?」
「なんでそうなるんですか!!」
話を聞いてくれ。
一つも聞いていない。
どういう伝言ゲームをしたらそうなるんだ。
情報を伝えるたびに新しい設定が追加されている。
もはや伝令ではない。
創作である。
「あまりの内容に、守護者協会の連中も全員固まっておったぞ」
「でしょうねじゃないですよ!!」
「それでも皆、『さすが勇者様だ』と言っておった」
「守護者協会の連中はどういう集まりなんですか!!どこに感心してるんですか!?」
「だが」
バルデルさんは真顔で俺を見る。
「ワシも少しはおかしいとは思った」
「思いましたよね?」
「だが、コバヤシならやりかねんとも思ってな」
「なんでですか!!」
「ほら、お主……初陣のあとの祝賀会の時‥‥あ!」
そこで言葉が止まる。
「……いや」
すっと目を逸らした。
「何でもない」
「いやいやいや!」
俺は思わず身を乗り出す。
「今、絶対何か思い出しましたよね!?」
「忘れろ」
「忘れられるわけないでしょう!」
「この話は墓まで持っていく」
「余計気になるじゃないですか!」
俺は助けを求めるようにリリィとエリーを見る。
二人は。
すっと視線を逸らした。
「……」
「……」
「え?」
嫌な沈黙が流れる。
「ちょっと待って」
俺は二人を交互に見る。
「なんで目を逸らすの?」
そういえば、そんな祝賀会もあった気がする。
皆は酒を飲んで盛り上がった……ような記憶はある。
俺は未成年だから飲んでない。ん?飲んでないよね?
あれ?
その先だけが、妙に思い出せない。
……というか、今まで祝賀会のことは忘れていた。
「…………」
リリィは小さく咳払いをした。
「……ノーコメントで」
「いやいや!」
今度はエリーを見る。
「エリー?」
「その件につきましては……」
一瞬だけ困ったように微笑み。
「私は何も見ておりません」
「どういうこと!?」
何かを知っている人が一人から三人に増えた。
しかも全員口を割る気がない。
何なんだ。
俺が思い出せないことで、一体何があったんだ。
「まあ」
その時だった。
可憐お嬢様が優雅に紅茶を一口飲む。
「若気の至りというものは、誰にでもありますもの」
「可憐お嬢様!?」
可憐お嬢様は、それ以上何も語らず、ただ優雅に紅茶を口へ運んだ。
……いや。
伝令の内容よりも。
俺が忘れている"祝賀会の夜"の方が、よほど恐ろしい気がしてきた。




