第14話 最強とは名を懸けるモノなのか
「戯言だ!!」
宰相が怒鳴る。
「そのようなものが根拠になるものか!!くだらん!命でも掛けたらどうだ!!」
だが、可憐お嬢様は初めて国王へ向き直った。
「戯言?命を懸ける?……違いますわ」
静かな声だった。しかし、その声はその場の誰よりも強く響いた。
「国王陛下」
王が目を細める。
「一国を治める陛下ともなれば多くのものを背負っておいででしょう。このアークレイン王国、まだ拝見したのは少しばかりでしたが、人々は活気にあふれ、街も彩られた素晴らし場所でいらっしゃいます。きっと、現国王をはじめ歴史が今の素晴らし国を支えられておられるのでしょう」
可憐お嬢様は続ける。
「でしたらお分かりいただけるはずですわ」
一歩も引かない。
「我が名は鳳凰院可憐」
その名を静かに告げる。
「鳳凰院家が長女、その者として申し上げておりますの。その名を懸けてお話をさせていただいたということが何よりの証明ですわ。家名をかけているのです、私の命など比べ物になろうはずがありませんわ」
空気が変わる。貴族達の表情が変わる。その出で立ちからどこかの令嬢であろうとは推測されていた。だが、ただの令嬢ではない。そう気付き始める。
「これは」
可憐お嬢様は真っ直ぐ王を見る。
「すべてを懸けてもよいという意味ですわ」
静寂。完全な静寂だった。
「衛兵!!」
耐え切れなくなった宰相が叫ぶ。
「その者達を捕らえろ!!」
怒号が響く。騎士達がざわつく。
「お、お待ちください!」
とにかくなんとかしなくては、その思いから言ってはみたが何も思いついていない。ほんとにどうすればいいんだこの状況……
そうこうしているうちにも混乱が広がる。だが。
「悟」
穏やかな声だった。
「はい」
主の呼びかけに即座に返答をする。その瞬間はすべての悩みも、喧騒も忘れされられていた。
「魔物というのは皆様の敵なのでしょう?」
「ええ、もちろんです。この世界の敵と言ってもよい存在です」
「でしたら」
ぱたり。扇が閉じられる。
「鳳凰院可憐が命じます」
その言葉を聞いた瞬間だった。周囲の喧騒が遠のく。鳳凰院家。俺が仕える家。
幼い頃から叩き込まれた絶対。それは主個人の命令ではない。家そのものの意思だ。
「かの者を成敗なさい」
一瞬。玉座の間の時間が止まった。
「……かしこまりました」
俺は剣を抜いた。
金属音が玉座の間に静かに響く。光り輝く聖剣……などというものではない。
聖剣は光り輝いてはいない。
輝く必要がない。
正しい心を持つ者だけが手にすることを許される剣。その存在自体が、何より雄弁な証だった。この状況でなお、俺は聖剣を持てている。
ならばこの決断はきっと正しい。
その瞬間だった。貴族の一人が悲鳴を声を上げる。
「ほ、本気か勇者!!」
「やめろ!!王の御前だぞ!しかも相手は宰相だぞ!!」
「正気ではない!!それなのに何故聖剣を持てている!やはり勇者は偽物なのか!?」
騎士達も動揺している。
「勇者様が乱心されたぞ!!」
「止めろ!!誰か止めろ!!」
玉座の間が一気に混乱へと染まった。
怒号や喧騒とは対極的に俺の心は氷のように落ち着いていた。主からの勅命が下ったのだ。もはや何かを考えたり、感じたりする必要すらない。信じるべき一つのために俺は剣の柄へ手をかけた。迷いはなかった。可憐お嬢様がそう仰ったのだから、ただそれだけだった。
一歩踏み出す。
「止めろ!!」
騎士の一人が叫ぶ。複数の兵士が一斉に駆け出した。だが、俺にはその動きが妙に遅く見えた。まるで水の中でもがいているかのように。
誰も間に合わない。俺自身でさえ止まれない。いや、止まる理由がない。
石畳を蹴る。次の瞬間には宰相の目の前だった。
「なっ――」
驚愕に目を見開く宰相。剣を振るう。
一閃。
確かな手応えがあった。肉を断った感触。勝負は決した。そう思った、だが。
「……っ!」
違和感。そこにいるはずの宰相がいない。代わりにぼとり、と何かが床へ落ちた。
左腕だった。切断された宰相の左腕。しかし本来ならその断面から流れ出ているはずの真紅の液体は見られない。
その断面には黒い煙。どろりとした禍々しい魔力だった。
「な……」
「そんな……」
玉座の間が凍り付く。
貴族達の顔色が失われる。騎士達も動けない。誰もが床へ転がる腕を見つめていた。それは明らかに人間のものではなかった。
「……ほう」
低い声が響く。反射的に視線を上げる。天井近く。そこにいた。煌びやかな壁画が彩る壁に異質な影が一つ。宰相がいた。
いや、もはや宰相と呼ぶべき存在ではない。失われた左腕の断面から黒い魔力が噴き出している。顔も歪んでいた。皮膚の下で何かが蠢き。人間の姿を保つことさえ難しくなっている。
「まさか本当に斬りかかるとはな」
歪んだ笑みを浮かべる。
「人間を斬ることに躊躇がないとは、勇者を侮っていた」
一瞬、その視線が俺へ向く。だが、すぐに可憐お嬢様へ移った。
「いや……違うな」
黒い魔力が揺らめく。
「勇者よりも貴様だ」
殺意。それだけが空気を満たす。
「まさか、最強の魔道具を扱うわが姿を見抜く者がいるとは思わなかった」
ギリ、と歯が軋む。
「一年だ」
低い声が玉座の間へ響く。
「一年もの間、この国の全てを欺き続けた」
黒い腕が可憐お嬢様を指差す。
「王を欺き」
「騎士を欺き」
「貴族を欺き」
「勇者すら欺いた」
その顔が憎悪に歪む。
「それを貴様は一目で見抜いた」
黒い魔力が膨れ上がる。
「危険だ」
空気が震える。
「たとえこの身が滅びようとも」
魔力が爆発する。
「貴様だけはここで葬る!!」
消えた。常人にはそう錯覚するほどの速度だった。
一直線。狙いは可憐お嬢様。
その動きの速さに悲鳴すら上がることはない。貴族達はただ息をすることしかできない。もちろん騎士達は反応できない。
だが、俺だけは違った。最初から分かっていた。次にこいつが動くなら、そうこいつが狙うなら可憐お嬢様だと。
だから剣はすでに振られていた。
「――そこだ」
横薙ぎ。白銀の軌跡が空を裂く。黒い影が両断された。
「がぁぁぁぁぁぁっ!!」
断末魔。次の瞬間。魔物の身体が崩れ始める。黒い煙となって。灰のように。
音もなく、そして。
ころり。
一つの魔石が床へ転がった。
静寂。
誰も動かない。
誰も言葉を発しない。
俺は剣を納める。
そして振り返った。
「お嬢様!」
「なにかしら?」
可憐お嬢様は変わらぬ姿でそこに立っていた。
髪一筋乱れていない。
表情一つ変わっていない。
まるで何事もなかったかのように。
すべてを魅了する優雅なたたずまい。
「ご無事ですか!」
思わず声が大きくなる。
だが、可憐お嬢様は不思議そうに小首を傾げた。
「ご無事?」
「え?」
「私はあなたに成敗するよう命じましてよ?」
「は、はい。仰せの通りにいたしました」
当然のことを確認するような口調だった。
そして。ぱたり。扇が開く。
「でしたら何の心配事があるのかしら、悟?」
その言葉に。
玉座の間は再び静寂に包まれた




