14話
目覚めたテオを迎えたのは、よく見慣れた自室の天井だった。半開きの視線を彷徨わせると、カーテンの向こう側が明るいのが目に入った。
「とっくに昼だよ」
声の方向に視線を向ける。ベッド脇の椅子に座って、店長が林檎を剝いて自分で食べていた。見舞いじゃないのかよと声に出して突っ込む気力も湧かず、テオは黙って起き上がろうとしたところで右腕が動かないことに気付く。
左腕で寝具をめくろうとするが、そちらも酷い痛みが走る。構わず寝具をめくりあげたところで、ガチガチに固定された右腕が目に入った。
それを見てようやく、自分の状況を思い出す。あの後、誰かがここまで運んでくれたのか。
怪我を自覚すると急に痛んでくるのだから不思議なものだ。
「すみません、面倒かけて」
「珍しくしおらしいじゃないか」
揶揄うような調子の店長に、テオは舌打ちで応じた。
「悪かったな、面倒かけたみたいで」
不機嫌そうに言い直すテオを見て、店長は愉快そうに笑う。
腕の痛みに耐えながら体を起こす。壁にかけられた時計を確認すると、ちょうど下水道に潜ったくらいの時間帯だった。
「君、一日中寝てたんだよ」
「ってことは今日は」
「二人が来る日だね。起き上がれそうかい?」
痛みに耐えながらゆっくりと左腕を回す。うん、動けないことはなさそうだ。幸い、脚はなんともないようだし。
その様子を見て店長は一つ頷く。そこで、サイドテーブルに置かれた紙片――禁書の欠片が目に入った。テオの視線に気付き、店長がそれを拾い上げる。
「これが禁書の欠片だそうだね。フードの紳士が置いていったよ。君に預けておくってさ」
「シエルが……?」
あいつ、探してたはずじゃなかったのか。
「僕が持っているよりマシそうだって言ってたけど、彼は何者だい?」
「さぁ、知らん」
「……君は本当に細かいことを気にしないね」
呆れた様子で溜息をつく店長。シエルがこれを持ってきたってことは、戻ってきたシエルがこれと俺を回収してここまで送ってくれたのか。テオは一人納得し、しかし、どうやってここがわかったのかと首を傾げた。
まぁ、どうでもいいか。無事に戻れたんだから。
なんだか一段落ついて大きく伸びをしたい気分になったが、腕が痛くてそうもいかない。これはしばらく不便しそうだ。
「それで、何があったか聞いていいかな?」
「……どこから話すかな」
頭を掻き、言葉を探す。まず牢屋で囚人と面会し、その後で尾行がついて……。
順に話す中で、結局肝心の拝の金鎖とシェラトゥ教団の繋がりを掴めていないことを思い出す。禁書の欠片は手に入れても、それはテオの目的ではない。
テオの話を聞き、今度は店長が口を開く。
「それについてはフードの紳士が教えてくれたよ。拝の金鎖と教団の関係は、ようするに雇い雇われの関係さ。シェラトゥ教団はいくつかの仕事を拝の金鎖に依頼している」
「それは聞いた」
「依頼内容は宮廷魔術師の暗殺か、その地位から引きずり下ろせる材料を探すこと。あとは禁書の欠片の回収だね」
拠点で盗み聞きした話と一致する。使い魔を誘き出すために猫を誘拐したのも、その一環だったわけだ。そして、偶然かはわからないがテオがそのことを嗅ぎつけたのを知り、尾行についたところ逆に尾行されることになったと。
禁書の欠片の回収についてはそのままだが……。
「依頼は教団の一部が出している……でいいのか?」
「フードの紳士が言うには、依頼の大元はデジーリオという男だそうだ。シェラトゥ教団の中にいくつかある派閥のうち、過激派って呼ばれてる連中のトップだよ」
「そのデジーリオってのはどんなやつなんだ?」
「教団の古株なんだけどね。もう結構年を召したおじいちゃんだよ。若い頃は模範的なシェラトゥ教徒の代表って感じだったけど、年を取るにつれて周囲との衝突も増えてきたようだね」
「周囲との衝突ってのは?」
「教団内でもそうだけど、外部の……例えば領主とか、商会とか。教団の地位向上というか、とにかく権力志向が強いみたいだね。まぁ、学校にはあまり関与しない人だから君はあまり興味ないと思うよ」
であれば、ミレナがこのことを耳に入れる心配はなさそうか。
「結局、禁書の欠片ってのはなんなんだ。シエルは教団が持っていた禁書の一部だなんて言っていたが」
「うーん……こんな状況だし、話してもいいかな」
店長はまた煮え切らない様子で悩んでいた。
「そんなに話しづらいことなのか?」
「あの禁書は都市の負の遺産なんだよね。できれば知らないでいるに越したことはないが……まぁ、君になら話してもいいだろう。くれぐれも言っておくけど」
「誰にも言わん」
店長は満足そうに頷く。
「これは本当に昔の話で、あくまで伝え聞いたものでしかないから事実かどうかは私にもわからない。都市ができた頃だから千年以上前のことだ」
「その頃からあったものなのか?」
「そうらしいね。この都市ができて間もない頃、下層の住民が全滅する災厄があったのは知っているね?」
「あー……そんなおとぎ話を聞いた気がする。たしか獣が暴れ回ったとか」
「それが事実らしい。禁書はその災厄を招いたもので、シェラトゥ教団はそれを厳重に守り続けている」
テオは顎に手を添えて思考する。おとぎ話の獣と、禁書の関係。そして、神獣を隠しているという中央の疑い。
「その話が事実なら、その暴れた災厄ってのが」
「神獣なんだろうね」
なんてことない話かのように、店長はあっさりと認めた。食えない人だ。
ということは教団が禁書の欠片を求めているのは、禁書を取り戻すためってこと……か?
「ここで不可解なのは、シェラトゥ教団が欠片探しに拝の金鎖を利用するところだ。もし誰かが禁書を手にしたら再び災厄を招く可能性もある。だから回収するのは当然なんだけど」
「裏社会の組織を頼るのは不自然だな」
店長は指を一本立てて頷く。
「拝の金鎖に依頼したのが教団の過激派なら、恐らく領主や教団も出し抜いて禁書を手にしようとしているんだろう。そいつらが禁書を求める正確な理由はわからないが」
「ろくな動機じゃないだろうな」
「同意だね。私としてはこのことを領主に報告するつもりだよ。その後のことは領主の指示を仰ぐけど、恐らくはそいつらよりも先に欠片の回収を進めることになるだろう。私たち情報屋としての次の仕事はそれになると思うよ」
欠片の回収と情報収集。情報屋としての方針はどうせ店長任せなんだから、そのあたりは任せておけばいい。
「だから一刻も早く怪我を治して復帰すること。君はもう孤児院の子供じゃなくて情報屋なんだ。素人さんの喧嘩じゃないんだから、変な無茶をして余計な怪我をするのはこれっきりにしてくれよ」
立ち上がった店長に林檎を口に放り込まれ、テオは鬱陶しそうに手を払おうとする。が、左腕がうまく動かずされるがままになってしまう。
こんなことになるくらいなら、次はもう少し慎重に動いてもいいかもしれないと思った。




