9話
「あれが拝の金鎖の拠点か」
下水道から通路を抜けた先は洞窟になっていた。木の根や発光石の埋まった天井に、床や壁はいたるところに苔が生えている。天井の発光石と所々に設置された篝火のおかげで、陽の光がないにも関わらずぼんやりと明るかった。
二人がいるのは高い崖の上。反対側には地底湖があり、その湖のほとりに木の柵と天幕を並べて拠点が作られていた。上り下りには梯子を使用するようだが……ここ以外にも出入口はあるようだ。洞窟の壁にはいくつか横穴があり、穴の近くに物資が積まれているところもある。
「見張りがいるね」
「こっちには気付いてない」
木の柵に囲われた拠点の外側、柵の切れ目に立つ見張りの隙をついて梯子を滑るように下り、手近に積まれていた荷物の陰に隠れた。拠点の様子を伺うが、見張りが退屈そうに欠伸をしている以外に見えるものはない。もっと接近する必要がある。
シエルが見張りのいる出入口と反対側の側面を指さし、二人はそちらに回り込むように移動する。幸い、この辺りには木や茂みがあり身を隠す場所には困らない。
「近づくか?」
「いや、先に退路を確保しよう」
そう言ったシエルは横穴の一つを確認しに行く。慎重に穴を覗き込むシエルを待ち、テオはいつでも飛び出せるように構えた。しばらく間を置き、やがてテオの方を向いて手で丸を作って見せる。テオは内心で胸を撫でおろし、素早く拠点を囲む木の柵に張り付いた。シエルもすぐに合流し、二人はじっと耳を澄ませる。
「それで、ガキには逃げられたんだな」
「はぁ、まぁ」
話し声が聞こえてきた。向こう側に誰かいるようだ。
「そいつは確かにグレイフォードって名乗ったんだな?」
「えぇ。あの使い魔と一緒にいたガキと同じですよね。家族にしちゃ似てなかったけど」
「……はぁ。グレイフォードってのはある孤児院出身者の姓だ。同じとこの出なんだろうよ」
「それで、どうしたらいいでしょう」
「ほっとけ。身内の巻き込まれた事件について調べてただけだろ。あの使い魔は孤児院とは関係ないはずだ」
「はぁ」
使い魔?
宮廷魔術師の使い魔のことだろうか。アシェルが一緒に戦ったとかいう。
「雇った傭兵もどきは使い魔に手を出して……恐らくは殺された。宮廷魔術師の弱点でも分かればと思ったが、とんだ藪蛇だったようだな」
「あの使い魔を人……猫質にして宮廷魔術師を揺すろうって話でしたよね?」
「もしくは使い魔を消して宮廷魔術師の情報源を断つかだな。まぁ、はなからあまり期待されてない作戦だったさ。だから傭兵もどきを使ったんだ」
「しかし、使い魔一匹いなくなったところで、情報源なんて他にいくらでもあるんじゃ」
「そうでもないさ」
一度もったいぶるように間を置いて会話は続く。
「今の宮廷魔術師は晶魔なんだ。なんでも、領主が周囲の反対を押し切って拾ってきたガキを宮廷魔術師にしたって話だが……ふん。案の定周囲から孤立してるそうだ。あの宮廷魔術師には自由に使える駒なんてほとんどいないんだよ」
「客人の目的は、宮廷魔術師の」
「排除だ。晶魔ごときが偉い顔してるのが気に食わないんだろうさ。ま、俺たちとしちゃ金にさえなればそれでいい」
「今後も宮廷魔術師を狙うんで?」
「いや。凄腕の魔術師を相手するには安すぎる。てきとうに情報集めてるふりだけして、別件に集中するほうがよさそうだ」
ここまで話しているのは二人だけだが、もっと大人数がいる気配を感じる。それに、上からざっと見たところ、ここ以外にも天幕はいくつかあった。各天幕に最低一人いると仮定すると、少なくとも五人……実際はもっといるだろう。
「そうなると、禁書の欠片ですね」
「あぁ」
禁書の欠片!
テオとシエルは一度顔を見合わせ、聞き逃すまいと木の柵に耳を押し付ける。
「なんでも、シェラトゥ教団が保管していた禁書とやらの一部らしい。いくつあるのかも不明、なぜ都市にばら撒かれたのかも不明だが……くくっ、このぺらい紙きれ一枚で大金になるそうだ」
「それ、そんなに価値があるものなんで?」
「これ一枚じゃ大した価値はないさ。とはいえ、全く何の力も持たないってわけでもないようだがな」
禁書の欠片の現物がここにある。
シエルは立ち上がり、周囲を警戒するように視線を巡らせた。まだ会話を聞いているテオに小声で声をかける。
「潮時だね。そろそろ撤収しよう」
「ここまで来て退くのかよ」
「拠点も割れたし、やつらが持ってることもわかったから十分だよ。それより、見つかったら多勢に無勢だ。無理すべきじゃない」
シエルの言うことも一理あることはわかっていた。
たしかに、敵の人数も不明、そもそも今いる場所がどこなのかもはっきりとはわかっていない。であれば、そうすべきだと思う。
アシェルの件にしたってそうだ。会話を聞く限り、アシェルが狙われる理由はもうなさそうに思える。ミレナも同様で、禁書が紛失した事件にたまたま巻き込まれただけであれば、この騒動にこれ以上巻き込まれる心配は少ないだろう。
だが、なぜだろうか。妙に後ろ髪引かれる。
その違和感の正体を探るテオの視線が、シエルの懐に吸い寄せられた。先ほどの印章をしまっていた場所。この件の裏に関わるかもしれない、シェラトゥ教団の印章。
禁書。教団。妹。
禁書の欠片の存在を知ったミレナがどう行動するか。そして、禁書の紛失に関わり、神を崇拝する潔癖な妹が、教団の闇を知ったら?
まだ可能性の話でしかない。しかし、テオにはこれを確かめずにはいられなかった。教団と拝の金鎖の関係。
なにより、欠片の現物はここにあるのだ。
壁から離れたシエルの横で、テオは自らの拳に魔力を集中する。
赤の魔術。拳を強化して威力を増すだけのシンプルな術式。込めた魔力の量によって、その威力は――。
「ちょ、何を!」
「下がってろ」
シエルは慌てて静止しようとするが、一歩間に合わない。
テオの拳は炎を纏い、粗末な気の柵に叩きつけられる。瞬間、炎が爆ぜた。砕け散った木片が飛び散り、柵の向こう側にあったらしい天幕が吹き飛ばされる。中にいた人間は、天井をなくした部屋の椅子に馬鹿みたいに座ったままだったり、椅子から転げて転倒したやつ、立ったまま放心してる男もいた。
シエルは手のひらで目を覆い空を仰いだ。
「なんてことを」
対して、テオは不敵に笑みを浮かべ、状況を飲み込めない男たちに宣言する。
「ブツがここにあるんだから奪えばいいだろうが。おい、それをこっちに渡しな!」




