8話
「さっきのやつら、こんなところに潜って危なくないのか」
「あのご老人は随分慣れているようだったし、子連れで潜るくらいだから大丈夫なんだろうね」
狭い通路の中、テオが後ろを振り返りながら口にした疑問にフード男が答える。真っ暗な通路の中、残された痕跡が発する微かな光だけが二人の頼りだった。通路はどれくらい続くのかわからないが、先を進む男にはかなり離されただろう。今のうちに気になっていることを聞いておくことにしたテオは、先を進むシエルに背後から声をかけた。
「さっき受け取ったのはなんだ?」
「ん、これかい?」
シエルが後ろ手に持っている印章を見せる。どこかで見覚えがある気はするのだが思い出せない。
「君、本気でこれが何かわからないのかい?」
シエルの呆れた声色。そう言われても思い出せないものは思い出せない。テオが黙っていると、一つ小さく溜息をついてから説明してくれる。
「シェラトゥ教団の印章だよ。こちら側に中身を見せない開いた本と、それを取り囲む鎖。それに、シェラトゥの神秘性を象徴する黒い暗幕だね」
言われてみれば、ミレナが見せてくれた魔術学校の制服にも同じようなものが刺繍されていた気がする。あちらは少し簡易的なデザインだったが。
しかし、この通路に出入りしたやつがそれを落としたということは。
「教団が拝の金鎖と繋がってるのか?」
「さぁね。僕たちみたいにやつらを探ってたのかもしれないし、別件でここを通っただけかもしれないけど……まぁ、繋がっていると考えるべきなんだろうね」
シエルの声色はやや硬い。どうやらこの事実は認めがたいことらしかった。こんな怪しい風貌だが、意外と信仰心が厚いやつなんだろうか。
神の使徒が犯罪組織に協力しているなんて聞いたら、大抵の人はそうなのだろう。テオのように七神を全く信仰しないほうが珍しいのだから。
やがて二人は狭い通路からやや開けた空間――流れの激しい水道管の中に出る。木で組まれた足場が反対側まで続いており、その先はまた同じような通路になっているようだ。人の滅多に通らない空間に、無理やりに道を作ったのかもしれない。随分手の込んだことをするものだ。
足元に気を付けながら慎重に渡り、反対側の通路へと足を踏み入れた。痕跡はまだ続いている。一体どこまで進むのか、なるべく覚えながら進んできたつもりだったが、さすがに距離と方向がわからなくなっていた。
運河沿いから大雑把に上層方面へ進んできたのはわかるが、詳細な位置は見当がつかない。内心で舌打ちし気を引き締める。こんなところでくたばろうものなら、恐らく誰にも発見されないだろう。
「お前は禁書の欠片を探してるって言ってたよな」
「ああ、そうだよ」
「それは結局なんなんだ?」
シエルは禁書の欠片を探している。そして、今追っている拝の金鎖と思しき連中もそうだ。だが、テオの知る限りでは禁書の欠片はただそういうものがばら撒かれたという噂があるのみで、それがどういう物なのかまではわかっていない。つまり、テオと同じ情報、噂しか知らない人間であれば好奇心以外に探す理由などないはずだ。
シエルは一度立ち止まり、テオの方を振り返った。暗闇の中、フードの中の顔色は全く伺えないが、こちらを探るような視線は感じる気がする。フードの中に半ば睨みつけるようにして視線を投げ返してしばらく待つと、やがてシエルは再び前を進み始めた。
説明するつもりはないということだろうか。諦めて後をついて歩き出すと、シエルが口を開く。
「禁書というのはシェラトゥ教団が守っているものだよ。もちろん、他のものを指すこともある言葉だけど、この都市で禁書と言えば恐らくそれで間違いない。禁書庫の中、奥深くに封じられている」
「それの欠片ってことか。それはどういう本なんだ?」
「そこまでは僕も知らないし、ほとんどの信徒も知らないはずだ。けど、教団上層部の人間や、あとは領主も知っていると聞いたことがある」
そこまで聞いて、シエルが躊躇った理由も察しがついた。つまり、禁書の欠片を集める動機がある人間はかなり限られるはずだ。教団の上層部か領主。
拝の金鎖の裏にいるのもそういった連中の可能性が高いということだ。普通の神経なら気軽に言い触らして回ろうとも思えないだろう。
「もちろん、それら以外にも密かに情報を持っている人もいるかもしれないけどね。例えば領主の部下であれば、立場によっては知らされているかもしれないし」
その時、テオの頭に浮かんだのは弟分と妹分の姿だった。
アシェルと共にいた宮廷魔術師の使い魔が狙われた可能性。ミレナが禁書庫で起きた事件に関わっている。そして、禁書の欠片を求める拝の金鎖。店長の想像通り、裏でろくでもない事態が進行していそうだ。
そして、恐らく二人はそんなことには露ほどにも気付いていないだろう。




