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【事件簿・3】マーガレット夫人の思惑

 ◆


「どうじゃ、ナルキス」

『――うーん、窓からじゃ教会の中はよく見えませんね』

「ならば潜入調査じゃ、ゆくのじゃ」

『――えー? なんだか怖いなぁ』

 渋々ながらナルキスは教会へと入ってゆく。


 魔法の通信端末は常時接続、通信アクティブのまま音声を送り続ける設定にする。

 相手が魔力に敏感なら気づかれてしまうかもしれないが、現場を確認するのが優先だ。


 美少女の格好をしたナルキスは、マーガレット夫人に顔を知られていない。見つかっても別に困らない。うまく誤魔化せるのだから問題ない。

 それがシャル・ホムホムの目論見だった。


「見つかったら適当にいいわけをするのじゃぞ。放課後は教会巡りが趣味とか、御朱印集めが趣味とか」

『――もう、シャルさまはお気楽なんだから。邪教の儀式でもやってたらどうするんです!?』

「その時は体験レポートを頼むぞい」

『――帰りたくなってきました。って、いま教会のなかです。明るくて広い。座席が左右に並んでいる礼拝堂です。あれ……? 誰もいない。正面に女神様の像と十字の紋章、祈りの祭壇が見えます。でも神父様もご婦人らしき方も見当たりませんよ?』

 ナルキスが声を潜めつつ、辺りを窺い状況を伝えてくれる。


「ふぅむ? ならば更に奥に進むのじゃ。礼拝堂の裏には懺悔室、あるいは神父のプライベートな居住スペースがあるはずじゃからのぅ。忍び足じゃ」

『――は、はい、がんばってみます……』

 ナルキスの緊張の様子が伝わってくる。


「がんばるのじゃ、期待しておるぞい」

『――緊張してきました。あぁ、歩くたびにスカートの内側がスースーします。見つかって、捕まって、縛られて……変なことされたらどうしよう……!?』

「ナルキスよ、お主の願望レポートは要らぬ」

 シャルは思わず半眼でツッこみをいれた。


「大丈夫でしょうか、ナルキス」

「さぁのぅ。男の娘じゃとてワシの弟子。やるときはやると信じておる」

「シャルさま……」

 ディルファリル地区にある古い教会は、旧聖法派教会に属する由緒正しきところだ。信奉されている月の女神マーニは、魔法の福音を授けてくれる。

 魔女や魔法使いにとっては馴染み深く、実にありがたい神様なのだが……。


 神父とマーガレット夫人が大人の関係、情事の真っ最中というのならば話は単純。夫人が浮気をしている、という結論で終了となる。

 だが、どうも不穏な気配がする。

 教会の中で何が、魔法に関する「企み」が進行しているのではないか……?

 そんな疑念がわく。神父が訪問者を奥に通すことはよくあることだ。悩みを聞くために懺悔室を使い、込み入った相談事なら、礼拝堂の裏側にある小部屋を使う。

 そこで何らかの儀式でも行われているのか、本当に単なる悩み事相談なのか。魔女としての好奇心はさておき、今は探偵としての立場上、なんとしても確かめねばなるまい。


「……マーガレット夫人は、いったい神父様にどんな悩みを相談しておるのかのぅ。まぁ、邪な企みでなければよいのじゃが……」

 つい考えていたことを呟いてしまった。

「悩みや邪な企みとは限らないのではないでしょうか」

「ぬ……?」

 弟子のメルクートの言葉にはっとする。普段は感情を表に出さぬが、鋭いところを突いてきた。

「神に願いを捧げているだけかもしれません」

「願い……じゃと?」

「はい。月の女神様は、願いを叶えてくれると聞いています」

 メルクートは穏やかな表情で、庭に咲くバラの花を見つめながら言った。

「こんなに綺麗なバラを好きなマーガレット夫人が、不貞を働き、あるいは悪いことを企んでいるなんて……。あまり信じたくありません」


「なるほどのぅ」

 シャルは少女の純粋な気持ちからくる言葉に、自らの言動を省みた。

 どうも自分が汚れた大人だからか、男女が人目を忍べば不貞、邪悪な企みが行われている。そんな先入観があったようだ。

 純真な少年少女たちにとって、この世界は、見えている景色(・・)が少し違うのだ。

 身体が子供になっても、シャルの魂と記憶は汚れた大人のそれだった。宮廷での駆け引きや深謀遠慮に毒された、まさに邪悪な魔女そのままだ。

 なんということじゃ……。

 愕然とする。

 せめて、身体のみならず心も感性も、子供の頃に戻れたら良かったのじゃがのぅ。


 ――しくじったわい。

 

 ん?

 なぜ後悔しておるのじゃ? 何に対しての後悔の気持ちじゃ? 

 まるで、自分自身で望んで幼女化したとでもいうような、後悔。

 もう一人の自分が囁いたような感覚に、不意に浮かび上がってきた違和感に戸惑う。


「シャルさま? どうなさいました」

「いや、なんでもない」


 記憶の奥底に何か、知らない陰の部分がある。

 封じられた記憶?

 なんじゃ、これは……。


「シャルさま!」

 不意に魔法通信端末が明滅した。

「むっ?」

 黒曜石のような光沢をもつ手のひらサイズの結晶に、着信の文字が浮かび振動する。

『――見つかっちゃいました! あぁ! やばい、あっ……! ごめんなさい、ごめんなさいいい!』

「どうしたのじゃナルキス!」

『――あっ、神父さまだめ、だめぇ……』


 音声はそこで途切れた。


 まずい。どうやらナルキスが見つかって捕らわれてしまったようだ。

 下手をすると拷問、いや命にさえ関わるかもしれない。


「……緊急事態のようですね」

「ぬぬぅ、しくじりおって。ワシ自ら乗り込まねばならぬか……!」


 ◆


 戦闘要員として、弟子のアテナに連絡すると王宮で馬を借りて馳せ参じると言う。

 何事かと驚くメリヘリア嬢に事情を話し、出発の支度を整えている間に、事態は急展開を迎えた。


 なんと、マーガレット夫人が馬車で帰ってきたのだ。それもナルキス少年を乗せて。


「……大歓迎されちゃいました」

「えぇ。素敵な出会いに感謝するわ」

 照れ笑いを浮かべる男の娘の肩に手を添えて、マーガレット夫人は優しく微笑んでいる。


「ったく、心配させおって」

「お菓子に紅茶までご馳走になっちゃいまして。神父さまも喜んでくれて」


「えぇ! この子が教会に来てくれたとき、運命を感じたの。神様、月の女神さまのお導きだって」

「いえ、あの養子にはなりませんけど……」

 ナルキスが少し困った顔をする。

「あらいやだ、私ったら。つい……。でも高名な魔女シャーロッテさまのお弟子さまなら、今後とも是非ともお付き合いさせていただきたいの」


「それは……構いませんが」

 ナルキスはシャルとマーガレット夫人の顔を交互に見て、小さな声で言った。

「よかった! ナルキス君には、まず娘のお友だちになって欲しいの。あぁ、その格好も素敵……! 男の子なのによく似合っているわ」

 マーガレット夫人はうっとりとしてナルキスを眺めている。

 婿が養子が欲しい、ということらしいが……。女装癖に染まった「男の娘」でよいのだろうか。


「ま、まぁ……なんにせよ、これでメルヘリア嬢の夫人への疑いも晴れたわけじゃ」

「とんだ早とちりでした。私としたことが……。本当にごめんなさい、お母様。疑ったりして」

「いいのよメルヘリア。私こそ、娘のあなたに黙って、こそこそとしていましたから……。誤解させてしまったのは私の方。愛してるわ、メルヘリア」

 バラの咲き乱れる庭先で、マーガレット夫人は娘のメルヘリアをぎゅっと抱き締めた。


 そう。

 すべては「誤解」だった。

 結論から言えば、マーガレット夫人は神父に頼み、願いを叶えるために、月の女神様に特別な祈りを捧げる儀式を執り行っていた。

 それは魔力を込めた祈りを対価に、願いを叶えるというものだった。


 願いとは「魔力を宿した(可愛い)婿養子が欲しい!」というもの。


 祈りの儀式の最中に、ひょっこり現れたのがナルキス……というわけだ。

 夫人も神父さまもこれには驚いたという。

 あまりにもタイミングがよかったからだ。

 元々魔女であったマーガレット夫人は、一目でナルキスの資質――魔法力を秘めた子だと見抜いた。

 そしてあろうことか、神父もナルキスの正体を「少年だ」と見抜いたという。少年好き……かどうかはわからないが、なんたる眼力の持ち主だろう。

「最初は何をされるかと思いましたけど」

 ギラギラとした目を向けられたナルキスは、その場から逃げ出そうとしたが、神父に捕らえられた。

 そして大歓迎。

 お茶とお菓子を振る舞われながら、根掘り葉掘り、身の上や、家庭環境などを聞き出されたらしい。


「事件は解決ですね」

 メルクートが澄まし顔で言って、メルヘリア嬢の淹れてくれたお茶を口にする。

「そうじゃのぅ、一件落着じゃ」

「いやいや!? 僕はこれからどうすればいいんですか!?」

 ナルキスが涙目で訴える。

「別に、ワシの弟子であることには変わりなかろう。ナルキスが、どこのお屋敷に婿入り、輿入れするかはぬしの自由じゃ」

「そんなぁ……」


「毎日、迎えの馬車を出しますからね!」

「お、お母様、でもちょっと話が急すぎて……」

 メルヘリア嬢は顔を真っ赤にしている。けれど願いが叶いつつあるマーガレット夫人はノリノリだ。


「シャルさまぁ! アテナ参上しました! 殴り込みですよね!? ナル君を助けに……って、あれ?」

 馬の蹄の音と共に、赤毛のツインテール少女が飛び込んできた。ズザアァ! と土煙をあげながら急停止。戦闘装束に着替えたアテナだった。


「一足遅かったのぅ、事件は無事解決じゃ」

「えぇ、そんなぁ!?」

 がっかりするアテナに、メルクートが苦笑する。

 シャルはそんな様子を眺めながら、美味しい紅茶に舌鼓を打つ。


 ――しかし、ワシの記憶に何か齟齬があるのやもしれぬとは……。


 疑念が残ったのは、シャル・ホムホム自身についてだった。子供の身体になった事と関係があるのではないか?


 ともあれ、事件はひとまず幕を下ろした。


<第一部、完>

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[良い点] 現場に向かった男の娘に何があった!? 捕縛されて、洗脳された可能性があるのでは……。 マーガレット夫人の祈りが神に通じたという美談となりましたが、本当にそうなのか。 夫人と神父は被疑者であ…
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