ルーカディウス・ソレイユ・ヴェルチェ・コーラルについて①次期国王
それは母の一言から始まった。
「いい加減、ミラスター様に会いにお行きなさい」
あの時の食卓の凍りつきようといったら・・・。
私はスプーンを持ったまま固まっていたし、父はおろおろとしだすし、兄はことの成り行きを静かに見守っていた。
それからは母と私の押し問答。あれがダメだ、これが嫌だ。そして最後には父が半泣きになり、その騒動は収まったわけだが。
結局のところ、妥協案が提示された。
それは、”ミラとの顔合わせを延ばす代わりに、父に付き添って王宮に出向き、ミラへの拝謁の練習をする”、というものだった。母はかなり不満そうだったが、いきなりミラと会ったら、緊張してまた倒れるかもしれないと涙ながらに訴えたら、さすがに引いてくれた。
・・・しかし母様は一筋縄では行かない。いくら私がわがままを言っても許してくれない時がある。前エルチェカ時代の鬼の王族教育を思い出し、私はブルブルと震えた。
何はともあれ、この機会を活用しなくては。
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コーラル王国の広大な王宮には、様々な財宝が眠っているらしい。特に興味深いのが、希少な魔法道具だ。王族の血筋には強力な魔力が備わっていることが多く、王宮には様々な魔法道具が保管されているらしい。その一つに『想う円』というものがある。王宮の中庭に面する廊下に設置された、大きな美しい丸窓で、四季の移ろいを記憶している。大人の身長の2倍はある大きな窓から見える景色は美しく、文化人に好まれている場所だ。
そして、ルーカディウス第一王子のお気に入りの場所でもある。
「・・・君は誰?城に君くらいの年齢の女の子はいないはずだけど」
ルーカディウス皇太子殿下、愛称ルカ。チョコレート色の髪に碧の瞳を持つ高貴な御方。
彼は丸窓の縁に置かれたクッションに座り、肩を窓にもたれていた。
「エルチェカ・ベル・レイムーンと申します。殿下にお会いできて光栄です。願わくばお話したいことがあり、このまま拝謁願います」
私は前エルチェカ時代に叩き込まれた、完璧な淑女のお辞儀をした。
ルカは眉を潜めると、窓から肩を離して居住まいを正した。
「君はどうしてここにいるのかな。レイムーン公爵家のレディに付き人は?」
「今日は父の仕事についてきました。侍女は連れていません。それは殿下と同じですね」
私は不敵に笑ってみせた。ルカは不気味な4歳児を見て、かなり警戒心を強めたようだった。
「レイムーン公爵家のご令嬢。君は僕の弟と婚約したと聞いたよ。まだ字も覚えていないような年齢の君が、僕と話したいこととは?」
「字は読むことができます。それと、これから起きる重大な出来事について、殿下に助言することも可能です」
私は鋭く言い返した。
ルカは14歳だ。彼からしたら、私はほんの子ども。でもそれを、今から変えていかないといけない。
私はこれから、自分より4倍以上大きな体の相手に、対等な交渉を持ちかけようというのだから。
「これからこの国で起きる重大な出来事について、いくつか助言させていただきます。お許しをいただければ、お目見得できたお礼に2つお話したいことがあります」
ルカが疑い深く私を見た。組んだ足を指でトントンと叩いている。
「情報というのはやっかいだ。すぐに事実の確かめようがない。必要なのは信頼と正確さ。君のような子どもの話をなぜ、僕が聞く必要があるんだ?」
「それは、私が殿下と親しくなりたいからでございます」
「・・・まさか、僕と結婚したいということ?」
ルカが気の抜けたような表情をした。
「レイムーン家はなかなか強欲だな。こんな小さな子どもを送り込んで・・・。僕の弟では満足できないということか」
「いいえ、このことは私の家族とは全く関係がありません。さらにいえば、私は殿下のお妃様にはなりたくありません」
「君はずいぶんとはっきりものを言うのだな」
「どうぞご容赦ください。私の目的はすでに決まってるのです。私の望みはただひとつ」
私はルカの瞳を真っ直ぐに見た。深く息を吸う。
「私が困った時に助けていただきたい、それだけです」
「・・・・」
ルカはしばらく黙ったまま私を見ていた。剣呑な雰囲気をまとっている。
私は、今この時のために準備をしてきた。もし、ここで断られたら・・・。そう思うと、心臓が激しく脈打っている。
「君はずいぶんと横柄だね。まだ何も貢献していないのに、先に褒美を求めている。君にどのような報奨を与えるかは、この僕が決めることだ」
ルカの声は、まさしく王族の威厳を放っていた。
私はルカから目を離さなかった。私には後に引けない事情がある。
「殿下の仰る通り、情報というのはやっかいです。内容を知ってからでないと情報の価値は測れない。しかし、知ってしまえば、知らなかった時には戻れない。交渉の材料にすると、どちらかが不利になる。
ですので、私への褒美については、話を聞いたあとに決めて頂いてかまいません」
私は小さな手でレモンイエローのドレスを掴み、膝を折って再度礼を取る。
「私の願いを叶えてくださるのであれば、それまでの間は全力で、殿下とこの国のお役に立つ事を約束いたします」
私が礼を取ったまま、再び静寂が落ちた。一呼吸、二呼吸たっても沈黙が続く。ありもしない時計の針の音が聞こえてきそうだった。
「顔をあげて」
ようやく静かな声が場を破った。言葉に従って面をあげると、ルカが困ったように頭をかいていた。私は思わず目を瞬かせた。
彼のその仕草が・・・。なんだかとても”普通”に見えたのだ。彼はいい意味で威圧感がない。
この国で国王・王妃に次いで高貴な御方なのに、目の前の彼はごくごく普通の、真っ当な人間の反応をしていた。
「君の望みを叶えるか決める前に、まずは話を聞くよ。決めるのはそれから。あと、僕から聞きたいことがひとつある」
「どうぞ、ご随意に」
「ここに僕がいると、どうして知っていたの?」
「この魔法道具ーーー『想う円』は、殿下のお母上の持ち物と聞き及びました」
殆どは、前エルチェカの記憶とゲームの設定から得た知識だった。ルカの母は病で若くして逝去している。
「美しくて、とても聡明な方だったとも聞いています」
「そうだね」
ルカが物思いにふけるように窓を見る。外の木漏れ日が風で揺れていた。
彼の母は優秀な魔術師の家系だった。王の寵愛を受けて正妃の座についたが、身分は低かったため、その苦労は計り知れない。そして、幼少期にその母を失ったルカも同様だ。
「理由はわからないんだけど・・・ここはなぜか、いつも温かいんだ」
ルカが私に向き直る。
「さあ、話して」
私は胸に息を吸い込んだ。
「良いニュースと悪いニュースがあります。ですので、お伝えするのは」
方向性が違う情報を伝えるときは・・・。
「まずは良いニュースから」




