ノア・ロ・ルキについて③妹がいる
カジノ スピネルから急いで出ると、私は転移魔法でなんとか屋敷に帰った。父の書斎に戻ったときには、完全に子どもの姿に戻っていた。
床に尻もちをつきながら、呆然とする。
「・・・ギリギリ」
私はしばらく思考が停止した後、パタリと床に倒れた。結構疲れた。
床の上に寝転びながら、変身魔法が解ける時間を測っていた時計を見る。
「・・・あれ、あと30分ある?」
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後日、私はルキ一族の邸宅に来ていた。偵察第二弾である。
ルキ一族の邸宅は、キシェラ区の中心地から少し離れた場所にあった。そこら辺の貧乏貴族よりも遥かに立派な邸宅があり、庭なのか森なのか分からない広い敷地を有していた。
「お天気が良くて、絶好の偵察日和」
高いところにいると風が気持ちいい。大きな樹の枝に腰かけて、私は離れた位置からルキ一族の邸宅を見ていた。
親指と人差し指で輪っかを作り、自分の右目に当てる。小さな自分の手に魔法をかけて、指の輪っかが望遠鏡の役割を果たすようにした。
今日のルキファミリーは、外の芝生で剣の鍛錬をしている。
ジェシー、ライアン、アンジェラが三つ巴で剣の勝負をして、ノアとファミリーの構成員が審判を行っていた。アンジェラは女の子で、年齢が一番下にも関わらず、かなり優勢だった。素早い動きで2人の斬撃をよけて、結果、高笑いしながら、兄たちを地にのしている。
兄二人を倒したアンジェラは、審判だったノアに声をかけた。おそらく剣の勝負にノアも参加するように誘っているのだろう。ノアは淡々とした表情ではあるが、嫌そうにアンジェラをあしらっていた。
カジノでの出来事を思い出す。
調査済みの兄姉たちについては、概ね結論が出ている。しかし、ノアがどんな人物なのか、私はまだ結論を出せていなかった。
「もう少し調べてみないと」
私は再度、指望遠鏡を覗き込んだ。結局ノアは、無理無理剣の稽古に駆り出されていた。しかも今度は、ジェシー、ライアン、ノアの3人対アンジェラという偏ったチーム編成である。
さすがのアンジェラも苦戦を強いられたようで、かなり健闘した後、ライアンに取り押さえられ、ジェシーに峰打ちされて勝敗が出た。ハンデを考えれば、なかなかの勝負だっただろう。
やはり戦闘力に重点をおくなら、アンジェラは一強である。彼女を盟友にできれば、何かあった時に心強い。
しかし彼女は、好戦的な性格と暴虐武人な振る舞いで有名だった。父親からの言いつけを破って、お叱りを受けていることも常である。つまり、誰かに従ったり、言いつけを聞くようなタイプではないということだ。絶対的な信頼関係が築けるかは、自信がない。
ジェシーは次期当主という確固たる立場、ライアンはファミリーへの忠誠心。三人とも盟友にふさわしい人材は言えなかった。
「残りはノアとマーゴ。どちらかなのよね」
マーゴについてはまだ調査を進めていない。ノアについて結論が出ていない今、先にマーゴを調べてもいいかもしれない。
そこまで考えていると、バッチとノアの瞳と目があった。無表情なダークブルーの瞳。
私は指の輪っかから目を離して、眉をひそめた。
この距離で私の視線に気がついたということ・・・?
信じられない思いで再度、目に指望遠鏡を当てる。ノアはこちらに視線を固定したまま、私がいる方向に歩きだしていた。
「・・・嘘でしょ」
私は本能的に樹から飛び降りると、逃げることにした。万が一にも捕まることだけは困る。
落下速度を魔法で相殺し、ガサリと草の上に飛び降りた。そのまま走り出し、ロ・ルキの邸宅から距離を置く。
あの距離で私の存在に気がついたとは思えないが、それでも逃げたほうがいいと思ってしまった。
そのまま走り続け、茂みを出た。出たところで、私は思わず立ち止まってしまう。小さい女の子がしゃがみ込んで泣いていたのだ。
これは流石に…。
このまま走り去るのは良心が痛む。私は今、人としての徳を積んでいる時期なのだ。
私は悩んだ末に、女の子に声をかけた。
「あの・・・大丈夫?」
隣に座り込み、女の子の顔を覗き込む。突然声をかけられて、女の子はびっくりしたように顔をあげた。女の子は、金色の髪をポニーテールにして、ブルーの瞳をしている。
「あなた、誰なの・・・?」
女の子は舌足らずに話すと、涙を拭った。しかし、とめどなく涙が溢れ、頬を濡らしている。
「私は・・・その・・・道に迷ってしまって。これから帰るところなの。あなたは?怪我でもしたの?」
「あたし…。ううん、怪我はしてないの」
「なら、どうして泣いているの?あなたも道に迷ったのかしら?」
「あたし・・・あたしは・・・」
女の子は言葉をつまらせて、またうるうると泣き出してしまった。
「あたし、喧嘩が弱いの・・・!」
そしてうわーん、と泣き崩れてしまう。
え。・・・えぇええ!?
「あなた、喧嘩に弱くて泣いているの!?なぜそんなことで?冒険家か武闘家志望なのかしら??」
「ぐ、ぐす・・・。う、うちの家族は、強いことが、たいせつなの。兄様、姉様はいろんな才能があるのに、あたしには、何もなくて」
「何もないだなんて。自分のことをそんなふうに言う必要はないわ。そもそもあなた、今、いくつなのかしら?」
「・・・3さい」
3歳!?!?
未就学児が何を言っているのだ。
3歳で、強いことが大切と言われる家庭で、兄弟が優秀・・・。
「て、まさかあなた、マーゴ・ロ・ルキですの?」
パチリ、と女の子が私を見つめた。
「お姉さん、どうして、私の名前?」
当たりかーーー!
「そんなのもちろん、あなたが有名なルキ一族の娘だからよ。でも、どうして金髪・・・。もしかして、その髪色は変装なの?マーゴは黒髪のはず…」
「う、うん。落ち込んだ時はこれをかぶるの。一人になりたくて、家から出ようとすると、みんながうるさいから・・・。これ、ただのウィッグだけど、意外と気づかれなくて」
泣いていた女の子ーーもとい、マーゴが付髪を取る。その下からは、ルキ一族特有のさらりとした黒髪が現れた。それだけでかなり印象が違う。
「掌握しましたわ」
「え?」
「今まであなたのことを知りたくても、あまり情報がなくて・・・」
マーゴについての調査結果が芳しくないのは、まだ幼い子供だからと思っていた。しかし、その推測は外れていたようだ。
「今お話ししていて、よくわかったわ。あなた、変装とか隠密が得意なのではなくて?」
「えっと・・・。確かにかくれんぼは得意。でも今までそんな事、考えたことないけど・・・」
「だったら、考えてみるべきだわ。他のきょうだい達と差をつけるなら、あなたのユニークな部分を発揮したほうがいいと思うの」
喧嘩なんて一つの指標で図るのはもったいない。
「強さが必要なら、自分の得意な方向で才能を伸ばしてみるのはどうかしら?私の母様は、強さにもいろいろあると言っていたわ。それにあなた、とってもキュートよ。それも大事な武器だわ」
私はそう言って、マーゴの頬を撫でた。涙は乾き始めている。
安心させるために私がニッコリ笑うと、マーゴはほうけたように私を見返した。
ガサリ、と茂みが揺れた気がした。
しまった。逃げる途中だったのに、つい長話をしてしまった。
私はマーゴの手をギュッと握る。
「あなたとお話できて嬉しかったわ。また会いましょうね」
「え、お姉さん、ちょっと・・・」
「それじゃあね!」
私はマーゴの返事を聞かずに、一目散に逃げたのだった。




