ノア・ロ・ルキについて②ルキ家の三男
派手な外観をしているスピネルは、中に入っても派手なことは同じだった。それにとてもうるさい。
カジノに用意されているゲームは、ほとんどが現代にある賭けゲームをモチーフにしていた。ルーレット、ブラックジャック、クラップス、ポーカー。他にはいくつか、この世界独自の魔法ゲームがある。ソフィ花のゲーム内で、カジノが舞台になっているシーンがあり、作り込まれた要素だと思われる。ヒロインが攻略対象とお忍びでカジノに遊びに来て、危険な雰囲気を一緒に楽しむのだ。各攻略対象のスチルが最高にかっこいい。・・・ユーザー視点で見れば。
私はカジノの壁際で、シャンパンを片手に物思いにふけっていた。
スピネルは一階が賭場になっていて、二階が運営ブースのようだ。ノアが今日スピネルにくることは、調べがついている。しかし、なかなか接触のチャンスがない。私がカジノに来てから起きたことと言えば、酔っ払いから声をかけられたことくらいである。
金色のシャンパンが入ったグラスを揺らしながら思案する。酔っ払ったふりで、二階に乗り込もうか?
「お嬢様、何かゲームをお探しでしょうか?」
突然、女性から声をかけられた。ディーラーの黒い制服を着ている。青色に染めた髪をボブカットにして、真っ赤な口紅をつけたキリッとした美女だった。
「・・・私、連れと待ち合わせをしていたのだけれど、会えなくて。今日は手持ちがないの。そういったことはいつもパートナーに任せているから」
私は首を振って、笑ってみせた。
しかしディーラーは手を胸元に添えて、優雅にお辞儀をした。
「そうでしたか。すぐに気づくことができず、失礼致しました。こちらをどうぞ」
ディーラーはそう言って、5センチくらいの赤いコインを差し出した。
赤のコインはカジノ内で1万ルーンーーー約1万円の価値だ。
私は思わず、眉を寄せた。
「どういうことかしら」
「当店からのサービスです」
「そんなサービス初めて聞いたわ。後で利子を付けて請求する気ではなくて?」
「とんでもございません。これはオーナーからのプレゼントでございます」
オーナー・・・?
私ははっとして、上の階を見渡した。吹き抜けになった2階をぐるりと囲む廊下の一箇所に、シックな黒いソファーが置かれていた。座っている男の子と目が合う。黒髪に青い目の無表情な男の子ーーーノアだ。私は目を輝かせて、ディーラーに向き直った。
「そのオーナーに会うことはできるかしら?」
「申し訳ございません。オーナーがこのフロアに降りてくることはありません」
「どうしてもダメなの?何か方法があるのではなくて?」
「どなたとお会いするかは、オーナーが決めることになっています。それよりも、どうぞゲームをお楽しみください」
ディーラーが再度コインを差し出した。私は少し考えてから赤のコインを受け取る。
・・・つまり、会いたくなるようなゲームをしろってことね。
私はソファに腰掛けている無表情なノアに視線を戻した。ノアは5歳とは思えない大人びた表情をしてこちらを見ている。しばし見つめ合い、私は彼にウインクをした。
それなら、やってやろうじゃないの。
この世界独自のカジノゲームに、キークーンというものがある。ポーカーや麻雀と似たようなルールで、配られた駒をより強い役で揃えられた人が勝ち、場にある掛け金を総取りできる。普通のゲームと違う所は、駒に魔法がかかっており、駒が動いたり、配られた駒以外は絶対に知ることができない点だ。幅広い年代に指示される一般的な魔法ゲームで、三段階の難易度があり、一番簡単なものは子どもでもルールを覚えられる。
私はキークーンの中で一番低い難易度、通称ストレートに参加することにした。コインを持ってきてくれた女性ディーラーが椅子を引いて、私をゲームのテーブルに座らせてくれる。
同じテーブルには、すでに参加者が揃っていた。
40代の恰幅のいい男性と20代前半の若い女性。男性はコインをたくさんテーブルに積んで、機嫌よくワインを飲んでいた。女性の方は初心者のようで、後ろに年上の男性パートナーが控えていた。
「このテーブルを担当致します、マリと申します。プレイヤー様が揃いましたので、キークーン ストレートを開始いたします。私もディラーとして、参加させて頂きます」
私にコインを届けてくれたマリは、淡々とした声でゲーム開始を告げた。
マリが手元のベルを振ってゲーム開始の合図をすると、目の前に長方形のクリスタルが4つ現れた。外から見るとただの四角い透明なオブジェにしか見えないが、配られたプレイヤーにはきちんと役のついた駒に見える。
私はテーブルのプレイヤーを見渡した。
恰幅のいい男性は、手駒を見ながら口元に指を置いていた。眉を寄せて悩んでいる表情を見せているが、口元を抑えているのは、にやけ口を隠すためだろう。
若い女性は困ったように後ろの男性を見ている。パートナーの男性は、彼女の肩に手を置いてうなずいた。
おそらく二人共、なかなかいい手駒だと思われる。
マリは無表情だったが、目には活気が満ちていた。きっとこの仕事が好きなのね。
三人の様子を観察した後、私は自分の手駒を見た。
黒のクイーン、赤のバラ、赤いトリックスターが2つだ。
キークーンのルールを思い出す。
駒は黒と赤の2色があり、役はキング、クイーン、ナイト、バラ、王冠、トリックスターの6つである。同じ色の駒で、キング、クイーン、ナイトを揃え、なおかつ一つしかない金の王冠をそろえた手駒が一番強い。トリックスターは希望した時に他の駒に姿を変えることができるが、何に変わるかはランダム。唯一、同色のクイーンとバラが揃った状態でトリックスターを使うと、キングに姿を変えることができる。ちなみに王冠が場に出ると、金の鐘が鳴ってプレイヤー全員に知らせることになっている。
つまり、私の手駒はいいとは言えないということだ。
戦略を考えながら、トントンと駒を叩く。叩かれたクイーンが起こったように私の指を払った。
「皆様、掛け金をご提示ください」
マリが感情の伴わない声で告げると、黄色のコインを1枚テーブルに置いた。黄色のコインは1枚5千ルーンである。ゲームの難易度が上がるにつれて、カジノ側がかける金額は上がっていくことになっている。
男性は赤いコインを1枚かけた。若い女性はおどおどしながら緑のコインを3枚ーーー3千円分をかけたが、後ろにいる恋人から指示されて赤いコインを1枚足した。
「お嬢様はどうなさいますか?」
マリが私を見ながら聞いてくる。私は笑い返すと、赤いコインを1枚、テーブルの上に置いた。
「全財産で」
「ご希望があれば、コインをくずすことも可能です」
「いいえ、このままでいいわ。ありがとう」
「承知しました」
他のプレイヤーが私を見ているのが分かった。意識して余裕の表情をつくる。
心理戦は私の得意分野だ。見せてあげようじゃないの。
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結果、私は資金を5倍まで増やした。一晩で5万ルーン・・・。普通にこれで生きていけるのでは?悪役令嬢として破滅したら、ギャンブラーにジョブチェンジもありかもしれない。
ひと稼ぎしたところで、ゲームから離脱し、私は壁際にある休憩スペースに座っていた。赤い生地に金の刺繍がされた、ふかふかの一人掛けの椅子に座る。
冷静になり、こんなことをしている場合ではないと思い出したのだ。お金を稼ぎに来たのではない。実は変身魔法には時間制限がある。無駄なことに時間を使ってしまった。
肘をついて、はぁと落胆のため息を付く。
「お姉さん、どうして途中でゲームをやめちゃったの?」
すると隣から、男の子特有の涼やかな声が聞こえた。声の方を見ると、綺麗な黒髪の男の子が立っていた。黒髪にシャンデリアの光が反射して、天使の輪が輝いている。
私は目を見開いた。
「あなた、ノアね」
「・・・どうして俺の名前を知ってるの」
「私、あなたに会ってみたかったの」
ノアは大きなダークブルーの瞳をかすかに揺らした。しかし無表情は変わらない。
ルキ一家は美形一族だったが、ノアは正しく天使のような整った容姿の男の子だった。子ども特有のぽってとしたピンクの頬に白磁の肌。冷淡な表情を浮かべていても、子供らしさと相まって美しさを際立たせていた。
ノアは子供用の黒い礼服を着ており、膝丈のズボンをはいていた。黒いスーツに赤いネクタイ、膝小僧の下でソックスガーターを留めている。
うん、間違いなく現代だったら、美形子役として芸能界にスカウトされていたに違いない。
ノアが無表情に私を見つめ返してくる。
「お姉さん、ここには何しに来たの?カジノにゲームをしに来たんじゃないよね。お酒を飲みに来たわけでもない。シャンパンを持ってても飲んでなかった。何か悪いことしようとしているなら、諦めて帰って」
「そうね、そのうち帰るわ。もう少ししたら。ねえ、座って私とお話しましょう」
「俺のことを知ってるなら、うちの家族のことも知ってるよね。ここでトラブルを起こすと大変なことになるんだ。女の子でも」
「大丈夫。トラブルなんて起こさないわ。少しお話がしたいだけ。その証拠に、このコインは返すわね」
じゃらり、とコインをノアの手に乗せた。
「・・・これは初めてきたお客さんへのプレゼント。お金に変えて持って帰って」
「じゃあ、コインをあなたに渡す引き換えに、私とお話ししてちょうだい」
私は組んだ足に肘をついて、笑顔で黒髪の天使を見た。
ノアはなんというか。率直に言って。
すっっっごくかわいい!!!!
ちょっとキュンとしながら、私はノアを見つめた。ほっぺた触ったりしたらまずいかな。・・・いやいや、私はショタコンではない。誤解されないように気をつけないと。
「ねえ、あなた、まだそんなに小さいのに、カジノのオーナーなんてすごいのね。大変じゃない?」
「楽しいこともあるよ」
「お仕事頑張ってるのね。とっても偉いわ。でも、他にやりたいこともあったりしないの?遊びたいこととか」
「そんなことお姉さんには関係ないでしょ」
「じゃあ、あなたはこの仕事が好きなのね。ご家族から任された仕事だから?」
この質問にだけ、ノアがかすかに眉を動かした。
「家族に何かするつもり?」
「まさか。私はあなた達のただのファン。害することなんて考えてないわ」
「それがいいよ。うちは、家族に手をだされることが嫌いだから。ねぇ、お姉さん」
ノアがこちらに歩み寄った。私の膝に手を置く。
「今日は大人しく帰って。それから、ここにはもう来ないほうがいい」
暗い青色の瞳が真っ直ぐに私を見つめていた。・・・この子、本当に5歳なのかな。
ぐらり、と自分の視界が揺れた。私は組んでいた足を崩す。指に力をいれるが、手の感覚がおかしい。
変身魔法が解けかかっているのかもしれない。時間的にもそろそろ魔法が解けるころだったかも。
私はめまいに揺れながら、急いで立ち上がった。
「ノア、また機会があればお話ししましょうね」
そう言って、ノアの返事を聞く前に、私は急いでカジノから出た。




