第11話 "最悪"の展開
すぐさま細剣を引き抜く。
鎧の変化。
マキネシアでの決闘のときに見た、槍の変化に似ている。
だがあのときよりもずっと速く、それに精密だ。
「今の俺様を斬るのは至難だぜ。なにせこの鎧全部が剣の刃先みてえなもんだからよお。不意打ちだろうが体勢を崩してようが、絶対に鍔迫り合いへ持ち込める――今やったように、お前さん向けのこともできるしな」
だが、とガンデントは続けた。
「なあ、刃の。それだけじゃあお前さんが逃げる口実にしかならねえと思ってよ。だからネタバラシを持ってきたんだ。一つは俺が受けた依頼。もう一つは俺が旦那と呼んでいる奴について」
喋りながら、ガンデントは鎧の中から小さな球体を取り出し、それを握り潰した。
……変なドーピングとかじゃないだろうな。
「ああ、気にすんな。今のはただの合図だ。俺様の一存で始めていいことになってるからな。お前に見つかった以上、ここで始めるしかねえってわけだ。……おっと、手で握った理由のほうか? 鎧の中で済ませることもできたんだが、こっちのほうが説明しやすいだろう?」
胡乱げな俺の視線に気付いて、ガンデントが言った。
さらに続けてべらべらと、喋る、喋る。口が軽過ぎる。
「今からその依頼とやらに取り掛かるつもりってことか」
「その通りさ。で――」
「それで旦那とやらは何を為す?」
剣先をガンデントへ向ける。
兜の奥の双眸が、笑うように歪んだ。
「……せっかちだねえ。旦那の目的はな。――脱獄だよ」
瞬間。
俺の脳内ですべてが繋がるより前に。
ガンデントの鎧――否、刃と、ほんの何人かの観客の心臓が、繋がった。
貫かれた、と。
言ったほうが正しい。
「そしてこれが内容だ。つまりお前らは、お貴族程度の奸計なんざ、無視するべきだったんだよ。そうじゃないなら処刑なんぞぶっちぎって、殺してしまっておくべきだったんだ。……これは旦那の受け売りだがな――優先すべきことを間違えた。それがお前らの敗因だとよ」
爆ぜるように、悲鳴が上がる。
波打つように、混乱が広がる。
ぼとり、と音を立てて、ガンデントのそばに何かが落ちた。
その何かから、ガンデントは小さな物体を取り上げた。
握る。
今度は潰さない。
棒の先に膨らんだ球体のようなものがあった。
「待て! ――」
混乱していたのは俺も同じだった。
だから、ガンデントが自身の刃を使って手繰り寄せたのが武闘会の司会者だと、拾い上げたのが司会者の持っていたマイクのような魔法の道具だと、気付いたときには遅かった。
『はぁーっはっはァ! 聞こえるかァ、王都の諸君!』
俺の攻撃を変幻自在の鎧で受け流しながら、ガンデントが叫ぶ。
その音量は司会者の使っていた頃のそれは比べ物にならないほど大きく、マイクが強く発光して見えるほどに魔力を通されているのが分かる。
ガンデントは歩いて位置取りを変える以外、ほとんど棒立ちと言っていい状態だ。
話す間も、刃の変形だけで俺の攻撃をあしらっている。
グレンシャハトのときも思ったが――魔族ってのはどいつもこいつも、万全だとこうも性質が悪いのか。
それとも刃術師の相性が悪いだけか。
……後者なんだろうな。
ちくしょうめ。
『国一つを騙し討ち、英雄一行を騙し討ち、これだけで誰だか分かるよなぁ――だが敢えて言うぜッ! マクシミリアン・マクスウェル一世一代の脱走劇! 処刑前夜も当日も待つ必要は無ぇッ! 派手に劇作といこうじゃねえか!!』
放り出したマイクを、重厚な鎧が踏み潰す。
「――ふうっ。原稿通りに喋りはしたが、慣れねえことはするもんじゃねえな」
そう言ってガンデントはからりと笑う。
「……早まったんじゃないのか? 処刑前夜あたりにやるつもりだったんだろう?」
俺はといえば、ガンデントの宣言からなんとか掴んだワードを繋げて訊くのが精一杯だ。
「あん? ……ああ、今の台詞か? そりゃあ旦那以外の連中がそれくらいを目途にするだろうって踏んでただけさ。これも受け売りだがね。ちょいと早めに動いてやれば、摘発されるはずだった仕込みもブチ撒けられるだろうってのが旦那の意見だ」
ちっ。
考えていやがるな。
何より情報の錯綜が問題だ。
大円武場から逃げ出した人々はもちろん、さっきの拡声を聞いた者も混乱に陥る。
そうすれば、少なくとも王都側はそこに人員をとられる。
だが、マクスウェルを脱獄させるために準備していた奴らは違う。
断片的な情報からマクスウェルの差し金だと気付くか、あるいは単に好機ととらえて動くかは分からないが、とにかく状況を助長しに走るだろう。
ただでさえ抑えがたい混乱を、好き勝手に適当なところで起こせば大好きなカリスマの役に立てるんだからな。
くそっ、頭おかしいんじゃ――
脳裏に昨日のユミナの言葉が蘇る。
偽陽神の奇跡。
思考の誘導。
なにもマクスウェルにとどめを刺せる人材だけを選ぶ必要はない。
逃げてしまえばあっちのものだ。
だからこの状況を作り出せばいい。
いや、待て。
……というか。
「逃げるだけならこんなところで油を売らずにっ! 牢屋からお前と二人で逃げたほうが良かったんじゃないのか!?」
「そりゃあ本人の性分の問題さ! なあ、刃の! 旦那はどうしてこんな状況を選んだと思う!?」
「知るかよ狂人のことなんか!」
「『趣味』だとよ! 旦那は自分が盛大に逃げるためだけに俺様をここに差し向け、信奉者を煽って王都を陥れるのが好みらしいぜ! 『地下牢』よりも『王都』のほうが、自分に脱走されるに相応しいとか言ってたな!」
なんつー傍迷惑!
「楽しそうだったぜ! なんかアレだな、謀略っつーのか! 戦の前から楽しそうだった!」
「そりゃ結構なことで!」
嫌なことを聞いた。
謀略……ガンデント比だったとしてもそれは、マクスウェルがしっかりとものを考えられる状態にあるということだろう。
ユミナの霊破斬に意味がなかった……わけではない、と思う。
きっとマクスウェルが強靭過ぎたのだ。
あるいは最初から狂っているから効かない、的な。
「刃のォ! お前なんか失礼なこと考えてないか!?」
「敵に対して失礼もクソもあるか!」
「ははははは! それもそう――っぐ!」
笑うガンデントに、鈍っ、と爆音。
同時に、ガンデントの身体が揺らいだ。
隙と呼んでいいのかは分からなかったが、間合いの中にあった変形鎧刃を素早く『斬り徹し』で捌く。
流石に無限に生まれてくるわけではあるまいし――おっと。これはフラグとかいうやつになりそうだから考えないでおこう。
ちらりと、ガンデントが傾いたのと反対側――攻撃が飛んできたであろう方向を見る。
戦場にはいない。
もっと上。
観客席は混乱の真っ只中。
もっと上。
その上空に、布が浮いていた。
いや、布というか……絨毯?
「次は私ですわね! 甲顕留めて伏廟あり。丙顕・壬隠、陳びて倶廟。双儀続きて連廟と成せ!」
「ちょっ、お嬢様!? 無理を――」
「――お黙りっ! お姉様に与えられたこの役目、私が為さずして誰が為すというのですっ! ――秘之室『紅勺戴天砲』!!」
絨毯が喋った! ……なんて冗談を言う暇もなく。
炎が空を覆い尽くす。
「いやこれはまずいって!?」
落ちてくるのか降り注ぐのか分からないが、俺の頭上まで赤で埋まっている。考えるのは巻き込まれないように距離をとりながらだ。
声が聞こえたのは絨毯の上と、ガンデントのすぐそば。接近戦を挑んだヴァレットくんと、遠距離から援護射撃をしてくれているシズカのコンビ……の、はず。
俺の聞き違えでなければ。
「それにしたって後先考えなさすぎだろ……ッ!!」
雨のように炎が降る。
一つ一つはそれこそ雨粒のように小さいが、触れた先から地を舐めるように炎が拡が――否、正確に言おう。爆ぜている。
「ヴァレットくん……は、無事か」
炎に追われるような格好になっているが、ヴァレットくんはギリギリのところでなんとか余波を受けていないようだ。
あの儀霊がちゃんとガンデントを狙ったものだったなら、範囲外にさえ出てしまえば影響はないだろう。
……なぜか全身にお札を貼り付けているのが気になるが、服の部分がミイラ男のようになっているだけだから魔法の防具の代わり的な何かだろうか。
内なる力が暴走したりしないだろうな。
見慣れない様子の知り合いに声を掛けるべきか悩んでいると、すぐそばにシズカの乗った絨毯が降りてきた。
「ご無事で何よりですわ。おかげでヴァレットにおろす時間も稼げましたし、これで万全の――」
シズカの言葉を遮るように。
ぐらりと、地面が揺れた。
爆音が響く。
空気の波を大円武場の壁面に叩き付け、跳ね返った音ごと噛み砕くような、音とも風ともつかない不可視の暴虐。
地面の上に立っていた俺はもちろん、シズカも絨毯の上から投げ出され、巻き上がった砂煙でヴァレットくんの姿は見えない。
「――そうか。万全か」
爆心。
風の源となり、唯一晴れ渡ったその場所に立っているそいつが、小さく呟いた。
そう、小さく呟いた――だけのはずの声は、しかし俺の耳朶を重苦しく震わせた。
鎧。
中身がない――というのとは違う、不可思議な光景だった。
「待ったぜ。俺様は千年待った」
鎧の内側に、人の身……それ以前に、およそ生体と思しきものはなかった。
一番外側の変形する鎧刃の下は、右腕のない一回り小さな鎧。兜状の頭部には眼差しを思わせる刃の輝き。
さらに内側には腰から下がない鎧。頭部――兜がなくなり、次には左腕。
部位を少しずつ失いつつ、マトリョシカのように段々と小さくなっていく多重層の鎧はやがて心臓ほどのサイズになった。
否。
それすらも一部が打ち砕かれていた。
「だから俺様も、本気でいかせてもらうぜ」
全九層。
銀の複装が剥がれ落ちて、最後に覗いたのは黒々とした心臓。
剥き出しのそれは蜘蛛が巣を張るようにグロテスクな血管状の何かを鎧へ伸ばし、脈打つたびに心臓と血管の中で紫色に光る何かが流れているのが分かる。
……その状態で何を循環させているのかは分からないが、黒い表面に内側から淡く輝く紫色は、いっそ幻想的ですらあった。
その心臓も、すぐに見えなくなる。
鎧の再生。
嫌な言葉が脳裏を駆け巡り、一番外側の鎧刃が面頬を残して再生した。
それが余裕ではなく、限界であることを祈りながら。
俺は剣を握る。
「魔王麾下三将が一、『戦戈』のガンデント・クリーク。――推して参る」




