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刃の転界者  作者: 利々 利々
第四章 刃術師は幕を斬る
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第10話 戦闘狂、再び

 王国(ミレイ・)五耀(ペンタ・)武闘会(ガントレット)三日目は、貴族推薦が参戦する後半部分が執り行なわれる。

 初戦は一日で三十六戦全部こなしたのに、次は二日間に分けて日程が用意されているのはどういう意図なのか……なんて俺には読めないが、どのみち明日からは毎日試合だ。

 武闘会(ガントレット)出場者が休めるのはこの二日間が最後である。


「――といっても、俺は夕暮れ時まで暇だな」


 俺は初戦が第三回戦の出場だったから、今日の試合は第十四回戦になる。

 昨日と同じように進めば日没前には試合が終わっているだろう。


 とはいえ大円武場(コロシアム)から離れるわけにもいかないし、観戦して過ごしたわけだけど。


 ……一つだけ言い訳ができるなら。


 俺は知らなかったのだ。


 剣でも、奇跡でも、魔法でもなく。

 彼が"最悪"と呼ばれる理由。

 常軌を逸したその災性――計略と呼ぶには脈絡の無さ過ぎる、暴力と呼ぶには規模の大き過ぎる、まさしく災害の如きそれ――が、未だ失われていなかったことを。



  ◆◆◆



 大円武場(コロシアム)内、東門(イースト・ゲート)


 試合の戦場となるところから階段で三メートルほど下がったところに座って、俺は装備の確認をしている。

 まだ日没には早い時間だが、ここは薄暗い。屋内の奥まった場所だという以上に、高く建設された外周設備のおかげで日光が遮られているせいだ。


 アルキスに破壊された避雷針の(サンダー・ドレイン)短剣(・ダガー)は修復できなかったが、使い勝手のいい無限撃ちの(ブーメラン・)短剣(ダガー)猟犬の(ホーミング・)短剣(ダガー)は健在だ。


 武器。防具。魔法(マジック)旅袋(・バッグ)

 他の装備も問題ない。


『お待たせいたしました! 王国(ミレイ・)五耀(ペンタ・)武闘会(ガントレット)三日目! 第十四回戦を開始します!』


 司会者の声が聞こえたところで、階段の上へ出た。


 目を細めて反対側、西門(ウェスト・ゲート)の中へと視線を向ける。まだ階段を上ってきてはいないようだ。今回は正真正銘、初見の敵だから少しでも長く試合直前の観察時間をとりたかったんだが。

 あるいは相手も、それを勘案して階段の下に潜んでいるのかもしれない。


『イースト・ゲートは期待の新星! 初出場の彼はここからどこまで駆け上がれるか!? 飛ぶ矢を落として敵へ迫る、凄まじい剣(さば)きで話題沸騰中! 可愛い森人(エルフ)の少女を倒したことで、一部の観客からのヘイトも上昇中! 無名の男、ジィィィィン!』


 司会者ァ!

 お前に同情した俺が馬鹿だったよ!


 無名の男って呼称もそのまま使ってるし……。


 だが、そんな不満を独り()ちる暇もなく、鉄格子が上がり始める。これ以上はぐずぐずしているわけにもいかない。

 中央近くの線へ、ゆっくりと歩いていき――


『ウェスト・ゲートは――』


 ――そして、気付いた。


 西側に位置する鉄格子の向こう。

 無手で立っているそいつの姿に。


 全身を隙間なく覆い尽くす、重装の金属鎧。

 白銀の装甲。その表面には禍々しい紋様が描かれている。

 騎士甲冑を思わせるデザインだが、佇まいは決して騎士らしくはない。


 鉄格子が上がる。


 いつか見た魔族(デーモン)とは違う――そこへ思い至って、兜の奥と目が合った。

 板金(フル・)の全身甲冑(プレート・アーマー)。中身はいる(ヽヽ)

 記憶の底から名前を引き出す。


「ガンデント」


 俺の声が聞こえたのか、あるいは鉄格子が上がってからようやく俺の姿を認識したのか。

 白銀の鎧――ガンデントはぴくりと反応を見せて、足早に開始線へ……(いや)、俺へ向かって歩き出した。

 とても化けて出たとは思えぬ動きだ。

 足もちゃんとある。


 どうなっている?

 なぜガンデントが生きている?

 あのとき、ガンデントはマクスウェルと一緒に席を外して。

 そしてあいつは死んでいたと――思い込んでいた? 本当に?


 マクスウェルとともに席を外したのは確かだ。

 その後に戻ったマクスウェルが俺たちを襲ったのも、王都への護送にユミナだけがついてガンデントがいなかったのも、自分の目で見たから確かなことだ。


 死んでいなかった、のか?


 視界の端。

 大円武場(コロシアム)で最も豪奢な装飾を施された一帯で、大きな身振り手振りをともなって暴れている人間がいた。

 声は聞こえない。


 来賓席か、貴族席か。

 そも来賓席があるのかどうかも知らないが、上でメイプル――じゃなかった、カエデ様が(いや)らしい笑みを浮かべているところを鑑みるに国家単位の事態ではない。

 思いつくのは『すりかえ』あたりか。


 つまり――


「久しいじゃねえか、刃の」


「……元の(ヽヽ)出場者(ヽヽヽ)はどこへやった?」


「あん? ……ああ、どっちのことだ? 昨日までは出場者だった奴のことなら知らねえよ。昨日の最終戦を見て触発されたお坊ちゃんなら、部屋で寝てるぜ。おかげでやりやすかったと、旦那も言ってたな」


 旦那?

 そいつの差し金か。


 ふむ。

 するとシズカに触発されたおバカ令息が気絶させられて……その親御さんか。観客席で騒いでいるのは。


 司会のほうを見る。

 こちらに注意は向いていないな。

 流石に推薦主の貴族が暴れ始めては試合も開始できないだろう。


「そうか……ところで。お前は死んだと思ってたよ。生きていて何よりだ。どうやって生き残ったのか、是非とも聞かせてもらいたいね。それから、すぐにユミナのところへ戻らなかった理由も」


「ふぅん。それを訊くのか。と、いうことは……お前さんは何も知らないんだろう? 刃の。――教えてやるよ。俺様は死んだ。マクシミリアン・マクスウェルに挑んで、あの森でな。そして権能ごと魔王様の腹の中に戻されて、もう一度生み落とされたってわけだ」


 魔王。


 突発迷宮(エンカウンター)で遭遇した、魔王麾下(きか)三将を名乗ったあの魔族(デーモン)の記憶が蘇る。

 そう、魔王に生み落とされたということは、つまり――


魔族(デーモン)は死んでも生き返る。そしてお前も、魔族(デーモン)だった」


 あのときの召喚者はおそらくユミナ。

 俺と決闘したときに言っていた、殺す気はないが殺しにきてもいいという条件だって、自分が死んでも生き返ると知っていたから出したもの。

 そう考えれば合点がいく。


「そういうことさ。そして今回、また召喚された。もちろん(あね)さんの望みじゃない」


「旦那とやら――魔王の命令か」


「いやいや、早とちりし過ぎだろ。魔王様にそんな野心はねえよ」


 魔王じゃない。

 とすると人間側の可能性もあるか。

 召喚ができる人間で、ユミナが護衛に選ぶほどの魔族(デーモン)を従えられる存在。


 ……俺だと心当たりに限度があるな。

 そっちはガンデントの口が滑るのを期待するか、ユミナに訊くとして。

 今はこいつが召喚された目的のほうが肝要だ。


「『不死』とか『怠惰』とか、そういう役立たずの――ってのは魔王様に言わせりゃ、俺様たちのほうがそう(ヽヽ)らしいが――権能を腹の中に収めたまま、今日も魔界(ビヨンド)の中枢で二十四時間睡眠さ」


 やれやれとでも言いたげに(かぶり)を振ったガンデントは、ゆるりと視線を観客席へ向けた。


「なあ、刃の。いい眺めだとは思わねえか。青田買いコンテストは終わり、強い冒険者(トレイラー)連中はもういねえ。貴族の子飼いどもも昨日、今日とほどよく疲弊している――」


「……何を言ってる?」


「ああ、すまんな。ちぃっと頭に血が上っちまった。何分(なにぶん)、俺様はこっちも本分みてえなもんだからな。つまり今回の召喚者殿……旦那のご意向ってやつさ。冒険者(トレイラー)風にいうと依頼の目標ってところか」


 意向?

 条件?


 本分というのは魔族(デーモン)としての権能とやらか。

 だが強い奴がいない状況というのは、こいつの性格に反するはずだ。


 ――違う。


「なあ、刃の。知ってるか? 魔族(デーモン)魔界(ビヨンド)でこそ誰も彼もが全力を発揮できるが、表面界(にんげんかい)では召喚者との相性で、使える力が違うんだ」


 権能とやらに性格が引っ張られるというだけだ。

 性格を元に権能が存在するわけではない。


(あね)さんはどういう趣味なのか、わざわざ系統の違う俺様を召喚していたがね。旦那は違うぜ。正真正銘、俺様との相性だ。槍なんぞの形に権能(ちから)を固めて、準備しておく必要もねえほどにな」


 ガンデントの戦闘狂は、権能の一部によってもたらされたものでしかない。


 だとすれば――!!


「――だから、こういうこともできる」


 がきんっ、と。


 金属音を立てて。


 細剣(レイピア)の横腹を(つま)むように、ガンデントの鎧がうねった(ヽヽヽヽ)

 『斬り徹し』は成らず。

 刃は、届かなかった。

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