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刃の転界者  作者: 利々 利々
第四章 刃術師は幕を斬る
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第09話 シズカ・レーゼイン参戦す

「……なるほど。公爵家の威信を背負って、その令嬢が出場する。これは確かに前代未聞」


「前代未聞? 本当か?」


 この国なら王子――というか御鈴の後継者が、やっていそうなもんだけど。

 案外そこはきっちりしてるんだろうか。


「そちらには前例がある。そもそも王座に推薦枠はない。一応、武闘会(ガントレット)を主催しているという体だから」


 ……ああ、なるほど。

 国の威信をかけて王様が出場した前例はないって意味ね。


 俺が一人得心しているうちに、いつの間にかユミナは席を立っていた。


「さて。私はこのまま帰る。魔法は張ったまま残していくけど……解けないとも限らない。認識阻害(デッドアングル)の首飾り(・ネックレス)はつけておくといい」


「――あ、おいユミナ。見ていかないのか? これで最終戦なのに」


「見ておきたいものは見た。私は今日も仕事があるから」


 そう言ってユミナは人の波の中に消えていった。

 仕事……? こんな時間から?


 もしかして俺と同じで、ユミナも不審者の観察を請け負っていたんだろうか。

 考えてみれば確かに、神銀級(ミスリル)まで登り詰めた天人(デイヴァ)なんてこの任務にはうってつけだ。


 ……まあ魔法は残していってくれるようだし、俺たちはこのまま観戦して帰るとするか。


「ほれアルキス。ポップコーンだ」


「えー? 寝起きはポテチップの気分なんだけど」


「我が(まま)言うな。それ食べたら出してやるから」


 ていうかポテトチップスのこと変な発音で覚えてんな。

 俺がポテチって呼んだりポテトチップスって呼んだりしたせいか?

 伝わるからいいけどさ。


 それより試合だ、試合。


「あの獣人(セリアン)は強そうだな」


 格好がアマゾネスみたいだ。

 それに、角が生えている以外は頭部が人間だ。迷宮都市(レイレンツィカ)王宮都市(ミレニアン)ではたまに見かけるが、辺境の街(マキネシア)では見なかったタイプの獣人(セリアン)である。


(ブル・)獣人(セリアン)ね。据え付けの窓口机(カウンター)ごと床を引き剥がしたりするらしいわよ」


(こえ)ぇよ」


 なんで最初に出てくる逸話がそれなんだよ。

 もっとイイ感じに『ちからもちー』的な話はないのかよ。


 ――そんな会話をしているうちに、シズカが開始位置について試合が始まった。


 初手は"赤鬼(バッシュ)"――(ブル・)獣人(セリアン)の女性が駆け出し、シズカがそれを邪魔しようと結界を張った。

 斧が結界を叩き、結界に(ひび)が入って揺らぐ。

 ひらりと舞った()(れい)の札が鳥のように(へん)()して飛び、赤鬼の角がそれを打つ。


「あの角って武器になるのか……」


「あら。(ブル・)獣人(セリアン)の角突きは怖いのよ。熟練の角突き士なら盾から背骨まで一息に貫けるらしいからね。あんたも気を付けなさいよ」


「へ、へえ……そうなんだ……」


 角突き士ってなんだよ。

 というかなんでそんな怖い逸話ばっかりポンポン出てくるんだよ。

 盾ごとどころか剣しか持ってねえわ。


 気を取り直して、戦況。


 シズカの後退よりも、赤鬼の前進は速い。

 だが赤鬼が押しているのかどうかと問われれば、それはまた別だと言わざるを得ない。

 なにせ傷を負っているのは赤鬼ばかりで、シズカのほうは景気良くお(ふだ)()()いている以外は無傷。

 いわゆる懐が痛むという状況だが、お札をケチっている様子もない。


 本気で勝つつもりなのだろう。

 当然か。

 ここに出ているというだけで、彼女はレーゼイン公爵家を背負っている。


「奥の手まで見られるかな? アルキス」


「どうかしらね。接近される前に決着がつくような気もするけど。他にいい当て馬はいるかしら」


 もう次以降の心配か。

 シズカの勝ちは揺るがないと踏んでいるんだろう。


「……アルキス的には、シズカが決勝まで上がってくると?」


「そりゃあね。あたしとジンを除いたら、シズカとヴァレットが図抜けてるもの。あの二人だって神銅級(オリハルコン)にいくか、神鉄級(アダマンティン)のまま終わるか、ってくらいの実力は持ってるし」


「へえ。アルキスより上なのか」


「冗談。あたしは神銀級(ミスリル)の実力はあるわよ。飛び級以外は一年に一つしかランクを上げられないって決まってるから、まだ神鉄級(アダマンティン)なだけで」


 ふんっ、と鼻息荒く唇を尖らせたアルキスから視線を外して、()(たび)戦場を見る。


 ――赤鬼が、膝をついていた。


 対するシズカも壁際まで追い詰められている。


 だが余力がどちらにあるのかは明白だ。

 シズカはその気になれば余裕を持って横へ逃げられるのに対し、赤鬼は大斧を担いだまま、残る十メートルを一歩すら詰められそうにない。


 シズカが攻勢の素振りを見せれば、すぐに降参するのが賢明だろう。


 あの赤鬼は実力不足ではあるが冷静にシズカの()(れい)を迎撃していたし、それくらいの判断はできるはずだ。

 ……できなかったとしたら、気絶するまでシズカにやられるだけだしな。


「俺らもそろそろ帰ろうか? もう見るものはなさそうだし」


「あんた結構冷たいわね……一応、一緒に突発迷宮(エンカウンター)を踏破した仲なのよ?」


 あいつの俺への態度が原因だよ。主には。

 残りは単純に、済ませておきたいことがあるだけだ。


「まあいいわ。あたしももう眠いし……また明日ね。勝ちなさいよ。期待してるから」


「おう、また明日」


 アルキスを見送って、俺も立ち上がった。

 さて。

 ヴァレットくんでもいいが、とりあえずシズカに会いにいくとしよう。


 ……ああ、アルキスにポテチあげるの忘れてたな。



  ◆◆◆



 献々(こんこん)と、拳の骨が扉に響く。


『――鍵は開いておりますわ』


 部屋の中から聞こえてきた声に、眉根が寄るのを自覚しながら扉を開く。

 ユミナがルームサービスで運ばせたものと同じ、悪目立ちしない程度の装飾が施された大きなソファにシズカは座っていた。

 後ろにはヴァレットくんを侍らせている。


「よう。報告にきたぜ」


「随分と早かったですわね。(わたくし)の試合は見てくださいまして?」


「途中まではな」


 流石にあの状況からじっくり眺めていようなんて気はない。

 閉会の挨拶なんて毎日聞くものではないだろうし。


「それは結構。もう一つ、昨日の成果はございまして?」


「いいや。天人(デイヴァ)の友達が同伴してたもんでな。……まあ、それは今日もだったんだけどさ。毎日ついてきそうな調子だったから」


「諦めて今日は依頼に腐心頂けた、と。何よりですわね。では、お伺いしましょうか」


「ああ。まずは――」


 合計三十八人。

 未捕縛の者は二十三人。


 報告を終えて、俺の今日は終わりを告げた。

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