第12話 魔刃将
のたうつ鈍色。
不壊の鎧刃を切り抜けて時間を稼ぐ。
「――『吹雪掴みの七指の手』!!」
白煙を上げて、液体の腕が一つの鎧刃を撫でる。
まるで液体窒素の如く――そのものである可能性も、否定はできないが――七本指の水掌に触れられた鎧刃が白く染まる。
しかし流石は将級魔族というべきか、このまま放置すれば鎧刃は数秒で回復する。
「丁顕・孤廟! 『疾風裂』!」
だからシズカの出番だ。
風を切ってお札が飛び、クラッカーのような爆発が鎧刃を破壊した。
儀霊の一種――だとシズカは言っていた――によって、ヴァレットくんの能力は底上げされている。なんでもユミナに借りた媒体を使って先代の"魔女"の力を発揮しているらしい……降霊術? 的なものなんだろうか。
ともかくそれによって、ヴァレットくんは超氷結の魔法攻撃を使えるようになったのだ。
ヴァレットくんが凍らせ、シズカが砕く。
いまのところこの戦略は十全に機能している。
俺の役目は時間稼ぎだ。
――再生。
その瞬間を見計らって、俺も僅かに鎧刃を斬り取る。
……一応、こういうちまちました削り戦法をこなしてはいるが。
既に一層目の鎧は、ほとんどすべての部分が再生不能に陥っている。かろうじて右の籠手に当たる部分だけが残っている。
ただ、残念ながら二層目以降の鎧にも鎧刃としての機能は備わっていた。
ヴァレットくんと――シズカのおかげ、と言ってやるのは少々癪だが、二人が駆け付けてから数十合。俺は平静を取り戻していた。
分かったことが二つある。
一つはガンデントの鎧刃が同時に展開される数。
合計九つ。
右腕のあたりから三つ、左腕あたりからさらに三つ、そして胴体からも三つ。
ただ、刃一つでもうまく使って同時に二撃ほどを繰り出してくるので注意を要する。
もう一つ分かったことは、鎧刃駆動の規則性。
胴体のものはほとんど自由自在に動いているが、腕に備わった鎧刃は腕の動きと連動している。
自然な体捌きで繰り出せるのは片方だけ。
付け入る隙を見出だすならそこだ。
……問題はどうやって、その隙を掴むかってことだけど。
「ジンさんっ! 来ますよ!」
ヴァレットくんの叫び声で我に返る。
鎧刃を弾く。
相変わらず、向こうの攻勢の間は『斬り徹し』が通用しない。
いかんいかん。冷静になったつもりでいて、かえって思考に集中力をとられ過ぎていたようだ。
……大丈夫。
後ろにはシズカとヴァレットくんがいる。俺が無理に攻める必要はない。ここで盾として機能するのが、俺の役目だ。
「最低限ではあるけどな」
小さく呟く。
聞こえたのはガンデントだけだろう。
第一層の鎧が剥げて、剥き出しになっている双眸――の、形をした刃――が笑うように歪んだ。
「はっはっはァ! やっぱり刃術師はそうじゃねぇとなぁ! さぁ届かせてみろ、お前の刃をよ!」
同時に迫る六つの刃。
それに倍する斬撃。
刃の一つを儀霊の爆発が弾いた。
ナイスだ、シズカ。
だが、依然。ガンデントは哄然と笑いながら鎧刃を伸ばしている。
一つ。
二つ、三つ。
四つ五つ六つ、七、八、九十――!
「っあぁ! 次っ!」
入れ違いに左腕。
三刃から来る六連撃を弾く。
「くそったれめ、素直に『斬り徹』されてろよ!!」
「はははァ! やなこった! 自力で越えてみな!」
鎧刃が跳ね上がる。
衝撃によって、ではない。
ゆえに、次に来るのは。
振り下ろし――
「見え見えなんだよ!」
――だけはない。
銀ッ、と音を立てて、横へ突き出した細剣と鎧刃が重なる。
重量で押し負ける細身の刃を、技巧と経験だけで逸らして外す。
「おおぉ!? いい読みだァ、だがっ! 次はどうかな!?」
歓喜に声を震わすガンデント。
そうやって鎧刃もぶれてくれれば、こっちも『斬り徹し』で展開を変えられるんだが。
「一本も通さないさ。お前の刃はヴァレットくんたちには届かない」
言いながら、細剣を一本持ち替える。
いくら技巧を発揮しても、俺がやっているのは最終的には力押しだ。力押しによって鎧刃を弾いているだけだ。
力を伝えやすくすることはできても、それで剣に負荷がかからないわけではない。
だから消耗する。
地面に落ちた細剣は、半ばから歪み曲がっていた。
背後の気配がゆっくりと横へ移動していく。それに合わせて俺も位置を変える。
「今度は反撃のターンだったなァ!? ――」
ガンデントは腕を振るう。
今度は左腕から。
手を出せば手痛い反撃を受けるという瞬間も、ガンデントが攻撃の手を緩めることはない。
それが確実に俺たちの体力を精神力を削ると、分かっているからだ。
あるいはそもそも、手痛いと思っていないのか。
それに。
「――後追阻撃!」
ガンデントも鎧の消費そのものは減らそうと考えて動いている。素早く引き戻そうとしてみたり、俺に傷付けられた部分を身代わりにしようとしてみたり。
ただ、今のところはヴァレットくんが読み勝っているので功を奏してはいない。いいことだ。
今回は時間差攻撃で魔法の行使そのものを妨げようという考えか。
しかしその戦略は同時に、行使された魔法を躱せない。
そして今までより一瞬早く、ヴァレットくんの声が響き渡る。
「『零れ昇る熱食みの水』!」
「今度はなんですの!? っ丙顕! 重廟! 『燦散火戈爆符』!!」
伏せた刃が届く前に、魔法が完成する。
迫る刃三つの上を、やはり白煙を噴き上げる謎の液体がすさまじい勢いで這っていく。
液体が通った部分はすぐさま凍り、今回は広い範囲に行き渡った冷凍を悉く、シズカの儀霊が砕く。
今回もヴァレットくんの読み勝ちだ。
でもあの反応……シズカも何を詠唱してるのか分かってないのか?
いや、しかし内容を教えると身体性能に偏ったガンデントの耳にも届いてしまうわけで……このまま臨機応変を頑張ってもらうしかないな。
ぎ、儀霊はお札投げるだけで詠唱いらないから……大丈夫だろ。多分。
「何をなさってますの!? 私のことを憐れんだ目で見ている暇があったら短剣の一つでもお投げなさいな!」
「はっはっはっ! 今度は仲間割れか!? だがいけねえな、ンなことしたら終わっちまうぜ!?」
鎧刃五つ。
様子見のつもりか?
「終わらねえならいいのかてめえは!」
「当たり前だろう!? 火種を揉み潰すような真似でなけりゃあ、俺様としては大歓迎さ!」
鎧刃三つ。
残る一つを待って、細剣を構える。気配を探る。視線を巡らせる。
来ない。
来ない。
来ない――っ!?
「あぁ!? 次だとっ!」
八つの刃が交互に襲い来る。
すべて凌いだが、依然として一つが見当たらない。
思いつく解答は――
注視。
右腕。
籠手はない。
刃は二つ。
……そういう仕組みか!
「ヴァレットくんっ!」
「はいなんでしょう!? ――『吾招く氷の褥』!!」
「次で前に出る!」
「了解です!」
「『火輪降魔剣』! ――ちょっと! 何の話ですの!?」
問いに重ねるように、ガンデントの攻撃が続く。
一層目を突破され、急造の右腕から二つの鎧刃を生み出す姿は酷く歪だ。
悪いなシズカ。
お前の対応能力を信じてる。




