第12話 逆撃
「なにを――」
「つまるところ滅びこそ、その起因こそが観測こそが、僕の生きる意味だ。趣味というやつですね。だから僕はあなたがたを滅ぼすのです」
その言葉に、逆上しそうになって。
けれど俺はどうにか、一歩退いた。
背筋の粟立つような感覚とともに、熱風が俺の鼻先を掠める。
「――っ」
そのとき初めて、マキシムの微笑に焦りが混じる。
奴の剣が空を斬ったと、意識が認めたのはそのとき。
好機。
と、思った。
思わされた。
隙を見せつけられて咄嗟に振るった細剣は、沸鉄剣によって一瞬で溶解された。
「やはり剣士、ですねえ。隙を見つけると攻撃せずにはいられませんか」
「てめえ――ぐえっ!?」
挑発的なマキシムの態度。
間合いに踏み込みそうになった俺の襟首を、誰かが掴んだ。
いや、誰かなんて分かっている。
「アルキス! いきなり何しやがる!?」
そう言って振り向こうとすると――
「いいから前、見なさい!」
「痛ってえ!」
スパァン! と、いい音を立ててアルキスの平手が俺の後頭部を打った。
だけどその叱咤が、今は心地良い。
変な意味ではなく。
「……ユミナは大丈夫なのか」
仕方なく、マキシムを見たままで答える。
「もう平気よ。あんたが武器を壊してくれて助かったわ。……ありがとう。それにしても良く知ってたわね。血喰らいの剣なんて」
いや初耳ですね。
つーかあの毒武器、そんな名前だったのか。
「おや……これはこれは、衝劇的な登場ですね、神官殿。先程から彼に幻惑魔法が効きにくいのも、あなたのせいですか?」
マキシムはやはりというか、微笑を浮かべたままだ。しかし声が硬い。眼光にも余裕がなくなっているように見える。
本当に切羽詰まっているのかは分からない。
……というか、なんだって? 幻惑魔法?
「その通りよ、幻術使い」
ふふんと得意げに鼻を鳴らしているが、本当だろうか。さっきまで泣いてたのに。
頭の上に疑問符を浮かべていると、アルキスはついでとばかりにぐいと顔を近付けてきた。……近い! いい匂いがする!
「ジン。よく聞いて。あいつは多分、天人よ。ユミナが心を読めないって言ってたから」
「そうか――ところで、アルキス」
「何?」
「マキシムと戦うのには、抵抗はないのか」
「あるわけないでしょ。それより賞金額第三位の大物よ。絶対に生かして捕らえるわよ!」
……うん?
賞金額三位……三位?
「ああ、そうか。マクシミリアン・マクスウェル」
「今気付いたんですか、あなた」
「悪いかよ。あの人相書きで分かるわけねーだろ」
むしろなんでアルキスが分かったのか訊きたいわ。
「私が伝えた。簡単な推理。アルキスは何も考えてない――こんなところばかりに栄養をやっているから」
「わひゃあ!?」
――ユミナの声がした。
直後、ごちんと拳と脳天のぶつかったような音がして、ユミナが呻き声を上げた。
どうやら殴られたらしい。素直に受けたあたり、殴られるようなことをした自覚はあるようだ。
もとい、殴られるようなことをしたようだ。
……俺は何も見ていない。
急に後ろに気配を感じて振り返ってもいないし、ふにゃりと形を変えたアルキスの胸も見ていないし、柔肉に埋もれるユミナの白い指先も見ていない。
「超人的な剣技。邪悪きわまるいたぶり癖。趣味の悪い幻惑の術に、天人という種族。それに――沸騰する剣。これだけ揃って分からないはずはない。最近この世界に来たばかりの誰かさんならともかく、冒険者なら分からないはずがない。……分からないはずがない」
ユミナが懇切丁寧に説明してくれた。どうやらマクスウェルは有名な犯罪者――というか指名手配犯のようだ。
でも最後のはいらなかったんじゃないかな。
「なんで三度も言ったのよ! 私に喧嘩売ってるの!? 仕方ないじゃない! 強い奴なんて見れば分かるんだから、単独で倒せそうな賞金首しか頭に入れてないわよ!」
「その強い犯罪者を、分からずにパーティに引き入れたくせに」
「うるさい!」
……。
どうしても言いたい。一つだけ、言わせてほしい。
「緊張感ン!! お前らもっと緊張感持って! あいつ強敵だから! オークとかトロルとか比じゃないから! 『斬り徹し』は使えないけど俺と互角ぐらいの剣術使えるし! あの剣めっちゃ厄介だから!」
「知ってる。でも問題ない。こっちは三人。向こうは一人。負けるわけがない」
「こればっかりはユミナに同意するわね。負けるわけが――」
「――訂正する。負けるかもしれない。真面目にやるべき」
「あんたそんなにあたしと一緒が嫌なの!?」
話進まねえ……。
「ふむ……そろそろ仕掛けても、いいですか?」
「ほら敵にも気ィ使われてるじゃん! お前らもっと真面目にやって!」
狂犬状態のアルキスをのらりくらりと躱して、ユミナが口を開く。
「仕方ない。でも、負けるわけがないのは事実」
その心は?
「実力だけなら神銀級の冒険者が一人、知恵も実力も兼ね備えた正真正銘の神銀級が一人、それにあなたがいる。負けるわけがない」
どくりと心臓が跳ねる。
『あなたがいるから負けない』。
……いい言葉だな。是非とも今度アルキスに言ってもらいた――
「相手がたとえ、キュビリス全土で第三位の賞金首でも。
"冒険者狩り"
"災厄の蒐集者"
"亡国の一撃"
"史上最悪の水銀級冒険者"
――マクシミリアン・マクスウェルであっても、私たちの敵ではない」
「めっちゃいっぱい異名ついてるじゃん! 怖ッ! 俺たち今から国滅ぼすレベルの敵と戦うの!? 三人で!?」
ぶるりとユミナが震えた。
まさか、俺が言葉に出して詰め寄ったせいで怖じ気づいたとかじゃ――
「……すごく、いい反応。ここまでいじり甲斐のある獲物はアルキス以来」
「お前っ、おま……お前ぇ!!」
「あんたやっぱりあたしのことからかってたのね!?」
「僕も随分と、甘く見られたものですね」
マクスウェルは、沸鉄剣を無形の位に保ったまま動かない。
「三人がかりなら、僕を殺せるとでも?」
「殺しはしない。あなたは生きたまま捕らえる必要があるから。あなたを殺すのは法であって、王家であって、断頭台の刃であって、私たちじゃない。……それでも、私たちの勝利は揺るがない」
「ユミナ。大した自信を持ってるところ悪いけど、俺は厳しいと思うぞ。特に生きたままってのは」
「……生きたままじゃないと賞金が入らない。困る。多分アルキスが」
「あたしは困らないわよ!」
「じゃあ殺してもいい」
「駄目よ! 生きて捕らえるの!」
どっちだ。
……どっちでもいいか。
相手は賞金首。しかし現実との兼ね合いも大切だ。
そうしないとこちらが呑まれる。
「話が進まないわね。勝つ算段はあるの?」
「ある。ジンとマクスウェルが――」
「――おっと。流石に作戦会議はさせませんよ?」
ユミナが説明を始めようとした途端に、マクスウェルの剣が閃いた。
「ちっ。目敏いわね」
「本当に。残念。ほんわかした雰囲気なら見逃すと思ったのに」
「そんだけ話してる時間あるなら説明しなさいよ!?」
アルキスの指摘ももっともだ。
だけど、俺はもう――やることは決まっている。
満を持して、俺はマクスウェルの前に立ちはだかった。
三人で協力して一人を倒すという点に絞れば、これが最適解だ。ユミナは論外、アルキスも近距離戦ができないわけではないが、弓も奇跡も扱える。対して俺には細剣しかない。
地球から銃火器でも持ってきていれば別だったが、あいにくとこの世界へ持ち込んだのは身一つのみ。
だから俺が奴を引き付けて、アルキスとユミナが遠距離から仕掛ける。
俺の役目はまず戦闘不能に陥らないこと。次点で『斬り徹し』を叩き込むことだ。
「っつーわけで、お前の相手は俺だ!」
どうせお前も心は読めるんだろう。
「実力差はさっきの一対一で分かったでしょうに。今、ここで逃げるなら、あなただけは見逃して差し上げますよ?」
「もう甘言には乗らねえよ!」
そして彼我の距離が詰まる。
「動きが良くなりましたね! 実に劇的だ!」
「もう後ろを守る必要がないんでね!」
「そうですか! では僕も少しばかり――賢明に動くとしましょう!」
突然、マクスウェルがしゃがみ込んだ。
隙、じゃない。ほとんど這いつくばっているような状態でさえ、俺の首を獲ろうと狙っている。
狙いは――
「射線か!」
横へ飛び退く。
俺が避けるのを知っていたかのように、俺のいた場所を矢が貫いていった。
しかしマクスウェルも、一瞬とはいえ射線を切った。生まれた空隙は、達人が矢を回避するには十二分だった。
結局、俺とマクスウェルの距離が離れただけだ。
「もうちょっと余裕持って射ってもいいぞ! アルキス!」
ていうかそうしてください。
一歩間違ったら俺に刺さってたぞ……。
「そんなことしたら当たんないでしょーが! 次は掠るくらいでいくから、ちゃんと避けなさいよ!」
偏差射撃って知ってますか、アルキスさん……?
いや、それもそれで当たらないだろうけど――
――――?
なんだ、今……何か忘れていたような……。
「死合いの最中に余所見ですか!?」
ちっ! 元気な野郎だ!
躱して、振るって、躱して、振るって。
耳の先を掠める矢を見届けながら、マクスウェルと対峙する。
アルキスの矢は的確だ。
秒間一発超。おそらく最高速度の連射を保ちつつ、しかも移動して射っている。
時に樹上から。
時に落下しながら。
時に走りながら。
移動と射撃。
二つのアクションを能力の限界ギリギリで両立している。
しかも絶対に欠かせないポイント――それがなければ俺の首が獲られている、というところ――には欠かさず援護射撃が入る。
神業と呼ぶ他ない。
正直に言ってアルキスの援護がなければ、俺の時間稼ぎはあれから一分と保たなかっただろう。
だが。
あれから既に、一分半が経過している。
俺は暗がりに光る碧色の瞳に視線を送った。
「――忌々しい射手は、そこですか!」
マクスウェルが身体を半身だけ、背後に振り向ける。だが俺は釣られなかった。
奴の動きは誘いの姿勢だ。アルキスを守ろうと俺が飛び出せば、また罠にはまることになる。
この百秒――独りで戦った時間も含めれば、もっと長い――の間に、こいつのやり口はおよそ把握した。
まだ時間は稼げる。
最初の位置からは二百メートルほども後退する羽目になったが、お陰でマクスウェルの実力はかなり正確に把握できた。
「どうしたァ、史上最悪! 寝てんのかよ!?」
百十秒。
挑発に意味がないのは知っている。
だからこれは合図だ。『会話を挟める程度の余裕ができた』という意味の。
「減らず口を! 追い詰められているのはあなたですよ!」
マクスウェルの剣が空を熱して、蜃気楼を斬った。
百二十秒。
矢は、止んでいた。
ここからは、俺一人で時間を稼ぐしかない。
マクスウェルの剣をギリギリで躱す。間隙にレイピアを縫い込んでいく。
十秒。
一歩遅らせれば一句紡げる。一秒稼げば一節唱えられる。
二十秒。
他を狙う余裕は与えない。絶対に殺されてもやらない。
三十秒。
刃より細い死線の上を、駆け抜けていく。それでも、焦りは身を焼いていく。
……四十秒。
――早く、早く、早く。
「疾ッ――!!」
五十秒。
『斬り徹し』のレイピアを投げる。
当たれば致命傷となる一撃を、マクスウェルは防ぐしかない。
攻勢から防御へ、奴が転じたのは僅かに一瞬だけだった。
詰みの状況からは脱したが、それで稼げるのはご覧の通り一瞬のみ。
奥歯を噛む。
――三分だ。そろそろ来てくれ――!!
最後のレイピアを、引き抜いた瞬間だった。
願いを容れるかのように、俺の眼前に光が広がったのは。
「――『暗獄神の慈雨』!!」
「……って、うおわあああぁぁぁ!?」
広がった光が槍となって、まるで雨のように降り注いだ。
「俺まで殺す気かよ!」
「あんたなら躱すでしょ!」
「そりゃまずいな! 俺が躱すってことは――」
「――ええ、僕も躱していますよ!」
光の槍雨の向こうから、沸騰した一撃が肌を焦がす。
現れたマクスウェルの頭上には、奇跡によるものだろうか、ボロボロになった半透明の盾が浮いている。
しかしそれも、二撃目を交える前に消えた。
マクスウェルは無傷だった。
いや――『慈雨』そのものによるダメージが、ないだけだ。
立ち止まって数瞬。睨み合うことができるほど、マクスウェルの身体は傷付いていた。
「やってくれましたね……」
だらりと、左腕が力なく垂れている。
あの『盾』を呼び出すために代償となったのだろう。
肩から手首まで重力に身を委ね、指先はぴくぴくと痙攣している。この戦いの中では使い物になるまい。
しかしあれだけの反動を受けるとなると、相当に強い奇跡か魔法だったはずだ。
その強固な『盾』を、廃墟も真っ青の穴だらけ・罅だらけにするとは、アルキスが恐ろしいと言えばいいのか。それとも咄嗟の判断で左腕を捨てられるマクスウェルが恐ろしいと言えばいいのか。
「ですが、僕は元より右腕一本で戦っていました。次の一撃が来る前に――」
「――来る前に、どうするつもりかしら?」
アルキスの声。
普段なら、なんでお前が得意気なんだと言いたいところだが。
今に限っては俺も同じ気分だ。
次いで響いたのはユミナの声。
「――『魔六道佐の封眼視』」
同時に、マクスウェルの周囲に六つの目玉が現れた。
一つ一つが人の頭ほどのサイズをした目玉。その目の中心から、つまり瞳のド真ん中から鎖が現れ出てマクスウェルを捉える。
……グロっ!?
えっ、なにこれこういう仕様なの?
その後も鎖はマクスウェルを絡め取っていくが……あの目玉に近付こうとした途端、鎖の先端がこちらに向きそうになった。
どうやらこの術の最中に、俺の出番はないらしい。
仕方ない。ユミナの本命を待つとしよう。
でもずっと見てたら吐きそうだ。黒目から鎖が生えてくる映像とかショッキング過ぎる。
とはいえこれで仕留め切れなかったら真っ先に剣が向かってくるの俺だしな……。
あれはゼラチン。
あれはゼラチン。
あれはゼラチン。
などと自己暗示を唱えていると、後ろからさらに声がした。
おそらくこちらが本命だ。
「……っ。――『霊破斬』」
それは、青白く光る刃だった。
ガンデントの槍よりも巨大な――そう、柄のないそれは、しかし刃だけで十メートルを超えていた。
きっと傍目にはゆっくりと。
しかし間近で見る身からすれば凄まじい速度で――その刃は振り下ろされた。




