第13話 決着とエピローグ
そして砂飛沫一つなく、光の刃は掻き消えた。
飛沫の代わりに青白い、幻想的な粒子だけを残して。
「――凄い一撃だったな」
そんな言葉しか出なかった。
防御すら許されずアレを受ける羽目になった、マクスウェルが可哀想だと思えるほどに。
……というか死体とか残ってるんだろうか?
…………いや、そもそも生きてるのか?
「問題、ない。精神魔法は……精神に、対して。攻撃する、魔法。……生命活動に、支障は、ない」
不安になっていた俺の背後から、ユミナの声がした。
いや、生命活動に支障はないって……それ廃人になってるとかじゃないのか?
「廃人でも、生きてる。差別は、良く、ない」
ええ……。
廃人にした本人がそれを言うのかよ。
まあとにかく、生きてるなら縛り上げておくべきだろう――そう考えて、一歩を踏み出して。
「……――――えげつない戦術を使いますね。最近の魔法使いは」
青白い粒子の向こうで、マクスウェルが立ち上がっていた。
びちゃびちゃと音がしている。
顔色は良くない。
口から血を吐いているのだから当然だ。それも、服に染み込めなかった血液が足元に血溜まりを作るほど大量に。
精神魔法は肉体を傷付けない。それが本当なら、マクスウェルは防御魔法を展開したのだろう。
代償として、内臓がやられた。
そしてそれでも、ユミナの最大火力は防ぎ切れなかったと見える。
王子様然とした金髪も乱れて、黒い眼差しもどこか焦点が合ってないように感じられる。廃人一歩手前という感じだ――
「防、御……した、の?」
どさり、と。
状況の考察に腐心していて、俺はその音の意味を、すぐには理解できなかった。
振り返って、ようやく。
倒れ伏したユミナと、そこに広がる血溜まりを見て、ようやく。
ユミナがどうやって――さっきの連続魔法を使ったのかを、理解した。
アルキスが血相を変えて、そこへ走っていく。
瞬間。
「クソ野郎! こっちだ!」
俺はマクスウェルに向けて一歩を踏み出していた。
時機を得たりとばかり、マクスウェルもこちらに踏み込んできている。
踏み込んできては、いる。
だが、
「把派哈玻覇!! %●#※☆!!」
だがもはや。
奴の言葉に思考はない。
奴の動きに思考はない。
マクスウェルは今、身体に染み付いた反射と型だけで動いている。
「アルキス! ユミナを連れて離れろ!!」
一瞬。一秒。一歩でも長く稼ぐしかない。
いや――
ユミナの回復は絶望的。
アルキスだって使った奇跡は相当に大掛かりなもののはずだ。
待っている時間はない。
――俺が勝つしかない。
いける。
敵は満身創痍。それにここまで、何度も見た剣筋だ。
やれる。いや……やるしかない。
歯の奥に走る震えを噛み殺して、俺はマクスウェルに挑んだ。
踏み込んで斬る。
脇腹が焼けるように痛い。
回り込んで斬る。
右耳が燃えるように痛い。
引き込んで斬る。
右腕が焦げ付くように痛い。
俺が正常で、相手が狂乱状態にあるとはいえ、武器による俺の不利は揺るがない。
ほんの少しの負傷を与えるだけでも、俺の受けた傷は深い。
「くそ――」
視界の天辺まで、赤い剣が振り上げられた。
回避。
間に合わない。
防御。
できない。
なら――
左のレイピアを犠牲にして、最後になる一瞬を稼ぐ。
残り一本。
しかし。
しかし、足りない。
一瞬では足りなかった。
狂気を帯びた獣から、間隙を勝ち得るためには。
「ア――亜痾或在鴉飽亞阿――――ッ!!」
刃が迫る。
『そんなことしたら当たんないでしょーが! 次は掠るくらいでいくから、ちゃんと避けなさいよ!』
――走馬灯。
『この世界は、六面世界と呼ばれている』
――――走馬灯。
『ま。強いて言うなら、こう……肩に力入れて肘に移して、次に手首で指の付け根へ、最後に指先まで、っつー感じで順々に力を入れていく感じなんだよ。俺達は適当にやってるけどな』
――――くそっ。
『魔法を使うのにいるのはね、『魔力の通り道』を作る才能なのよ。魔法の武器は魔力を持ってるわけじゃなくて、それの代わりになってるだけ』
――くそっ!
『その通り道に、魔力を流し込むだけなら誰でもできるのよ、この世界ならね』
――だったら、俺だって――!!
気付いた瞬間、俺は短剣を投げていた。
投げた後に去来したのは、奇妙な脱力感と小さな達成感。
理解する。
なんのことはない。
この世界にいる者が当たり前にできるのなら、この世界にいる俺だって当たり前にできる。
当たり前にできることなのに、どうすれば歩けるかを考えながら足を浮かせて、俺がやっていたのは片足立ちだった。そんな些細な行き違い。
なんのことはない。
アルキスの言った『魔力の通り道』とやらは俺の身体にもちゃんとあった。だのに俺は、必死に猟犬の短剣の『通り道』だけに魔力を通そうとして、空っぽの水路をかき混ぜていた。
ユミナの言うところの『水路』を潤すための水は、短剣ではなく俺が持っていた。
たったそれだけのことだった。
光の軌道が、視界の中で突き進む。
そして。
ガギン!! と音を立てて――
――投げた短剣の柄尻を、レイピアの切っ先が叩いた。
軌道が変わる。
短剣が上へ跳ねていく。
「――ッ!?」
先ず一瞬。
猫騙しを食らったように、鼻先で起こった金属音にマクスウェルが怯む。
次の一瞬。
横薙ぎに振るったレイピアを奴が防御しようとした瞬間、切っ先を返して逆へ回り込む。
最後の一瞬。
上空からマクスウェルを狙って飛来した猟犬の短剣が、沸鉄剣に溶解される瞬間。
「終わりだ、三下!!」
今度こそ本命のレイピアを放つ。
――細剣の切っ先が、マクスウェルの右腕を貫いた。
◆◆◆
「はい、口開けなさい。あーん」
「……あーん」
十日後。
街に帰ってから数えると、三日後になるか。
俺は『翡翠の酒瓶』亭の一室で、屈辱の日々を送っていた。
アルキスに三食『あーん』してもらえるという意味では、あまり屈辱ばかりでもないのだけど。
主に着替えとか風呂とか、アルキスに頼めない部分を助けてくれるオッサン連中に、『最近お嬢とどうなんだ』ということばかり訊ねられるのだ。
しかも毎日担当者が変わるので、都度同じことを訊かれる。
それというのも全部マクスウェルのせいだ。
あの野郎が鍛冶神の御手の剣なんて物騒なものを振り回したのが悪いのだ。
なんだ武器を溶解させる剣って。卑怯だぞ。
とはいえあいつのおかげで、俺は銅級冒険者として認められたわけだが。
ついでに銀章級にも、筆記試験さえクリアすれば即座に認めてもらえるというお墨付きがついたらしい。喜ばしいことだ。
……っと、現実から意識が離れてしまった。
今は至福のほうの時間なんだから、味わっておかないと。
「次は何がいい?」
「……じゃあリゾットで」
「ほいさ。あーん」
「あーん」
あの戦いで、結果的に一番重傷を負ったのは俺だった。
ユミナの反動ダメージは消化器系に集中していたらしく、アルキスに力を与えているのが毒殺に造詣が深い神様だったせいもあって、俺とマクスウェルの決着後も十分ほど治療を行なわれて完治。
俺は決着の後、マクスウェルを縛り上げたところで気絶していたようで……右腕と脇腹、あと少しだけ耳にも火傷と裂傷を負った状態で街に戻る羽目になった。
それをアルキスが気に病んでいる様子だったので、ならばと俺から提案したのだ。
今のところ、アルキスは甲斐甲斐しく世話をしてくれている。
とはいえしばらく不自由なだけで、傷跡は残らないそうだ。
〈針子縫〉のおっちゃんやべえ。一センチくらいの轍みたいだった傷跡が、痛みもなくするする治っていくんだもんな。
びっくりしたわ。
「あれ? ジンのスプーンってどっちだったかしら?」
「俺に訊かれても……自分で食べるのはどっちを使ってたんだ?」
「うーん……まあどっちでもいいわよね。冷めちゃうよりマシでしょう? はい、あーん」
「あーん」
リゾットが俺の口の中へ、アルキスが使っていたほうのスプーンに乗って運ばれてきた。
役得役得。
そういうわけで利き腕の使えない俺は今、アルキスに『あーん』してもらう権利を得て生活しているわけだ。
……まあ。
本当は左手でも右手と同じことができるように訓練されてるから、左手でも飯食えるんだけどね。
利き腕が怪我してるのは事実だからセーフ。
ユミナは去り際に意味深な薄笑みを浮かべて『……お大事に』と言っていたから、バレているだろうけど。
そうそう。
ユミナは今朝、マクスウェルを護送する馬車に、護衛としてついて街を出た。
あの化け物マジック・ウェポンは俺たちが街へ戻って即日、王国王都へ発送されたので危険はかなり減っているはずだが……彼女なりに気になるところがあったらしい。
ただ、彼女の隣にガンデントはいなかった。
それがユミナにとって重荷になってしまわないか。それだけは気がかりだ。
「……むむむ」
「うわっ。なんだよ、アルキス」
気付けばアルキスが、俺の顔を覗き込んでいた。
「俺の顔に何かついてるか?」
「そうじゃなくて。ユミナのこと考えてたでしょう」
「い、いや……考えてないです」
「考えてたのね」
じろりと目が冷たくなる。料理もあっという間に冷めそうな、ノンレム睡眠でも覚めそうな勢いの視線だ。
「ウィッス。考えてました」
正直に答えておく。
「リゾット没収」
「そんな」
「……まあいいわ。今回は見逃したげる。それよりあんたの火傷が治ったら――」
本日二度目の『今回は見逃す』だった。
いつになったら見逃されなくなるのか試してみたくもあるが、それはそれで愛想を尽かされたときのような気がするのでやめておこう。
男は誠実が一番だな、うん。
「口閉じてたら食べらんないでしょ」
「おっと、すまん。あーん」
――まあ、とにもかくにも。
今だけは、この幸せな時間を噛み締めていよう。




