大聖女、辞めろって言われました(大歓喜)
【おもしろおかしく、ほのぼのスッキリ痛快に】
日ごろお疲れのあなたに、一服の清涼剤とならんことを――
「セレスティーヌ・ラ・サンクレール、お前から大聖女の任を剥だちゅッ!? ……は、剥奪し、国外への追放処分とする!」
謁見の間。
玉座に座る青年が声を振り下ろす。
噛みはしたが、居並ぶ高官たちの緊張が解けることはなかった。
一方、玉座の正面、壇下で首を垂れる当の大聖女――たったいま解任宣告されたセレスティーヌは、
(よっしゃあぁああーーーっ! 計画っ! どおりーっ!)
内心で小躍りするほど喜んでいた。
――そう、これは茶番である。
他の誰でもない、大聖女本人が綿密に計画してきた、自由を求めた追放劇だ。
セレスティーヌは今一度、己が大望を確認する。
(自由になって絶対に、絶対の絶対の絶対絶対! 青春を! やり直すんだから!)
第一段階はクリア。
さあみんな、シナリオ通り動いてね、とセレスティーヌは薄く笑みを浮かべる。
青年は本来、そこに座る立場にはない。今は大聖女による定例の報告会。開始早々にその任を解き、国外追放を言い渡すような席ではなかった。
それでも彼――リュミエール王国第二王子、リュシアン・ド・リュミエールは今が絶好の機会だと信じきった顔で淡い金髪をかき上げ、顎を反らして悦に入っている。
それがすべて、大聖女によって仕組まれたことだとも知らず。
彼の傍らには、美しい少女がいた。
歳は十八。真珠色の絹地ドレスを着た彼女もまた、玉座の据えられた高所にいてよい立場ではないはずだった。余裕の笑みをたたえてはいるものの、口元はわずかにひくついている。
とたん、心配になるセレスティーヌ。
(あの子、なんか顔色悪くない? はっ!? もしかして。リュシアン君と仲良さそうだから次の聖女候補に仕立て上げちゃったけど、聖女なんてやりたくないとか? だとしたら可哀そうなことしちゃったかも!?)
感情を表に出さないよう努めているが、知らず憂いが漏れたのだろう。
謁見の間の左右に並ぶ者たちは、男女問わず、その憂いを帯びた横顔に魅入られていた。
(そのうちちゃんとフォローしなくちゃだなー。ま、今は次に進まなきゃ)
セレスティーヌは静かに面を上げ、初めて口を開く。
あくまで淡々と事務的に、困ったなーという感情を匂わせるのを意識して。
「畏れながら――ひとつ、お尋ねする無礼をお赦しください」
涼やかに水面を弾くようでいながら、重々しく腹の底に響いてくる声音だった。思惑とは裏腹に、緊張が波紋のように広がっていく。
艶やかな長い金髪が、声に合わせてゆるりと波打つ。碧い瞳に射貫かれた者たちは息を呑んだ。二十代に入ったころから色褪せるどころか輝きを増したその美貌に、誰一人として目を逸らせない。
リュシアンはごくりと喉を鳴らしてから、かすれた声で「述べてみよ」と応じた。
「王子の下知とあらば、黙して従うのが臣下の務めでございましょう。されど、殿下のご寛容に甘えてもよろしければその理由、蒙昧なるわたくしにもお聞かせ願えませんでしょうか」
謙虚だし丁寧だし言い回しはバッチリだ、と自画自賛するも。
リュシアンには真逆に感じられた。言葉の端々に棘があり、我が身をザクザク刺してくるような感覚に襲われる。なんとか自身を鼓舞するように声を張り上げた。
「なんと白々しい! お前がこの二十年の長きにわたり我らを騙していたのはすでに知れているのだ!」
今度は噛まなかったね、えらいね、とセレスティーヌは感心しつつも表情をこわばらせてみせる。
ここからはシナリオの中核。
自分が王宮の人たち――ひいては国民をどう欺いてきたか、糾弾されるターン。
「外敵から護るべく構築された超巨大結界――『聖王大光壁』はこの十数年、盤石なまま――」
老人がなにかをしゃべっている。
続いてリュシアンが滔々と語り、それから別の誰かがなんか言ってた。
(まずい、眠くなってきちゃった……)
なにせシナリオはすべて自分が書いたのだ。正しく筋書にそっていくかを確認するだけの、実に退屈極まりない作業だった。
要するに、追放の根拠は三つ。
大結界の維持に大聖女は不要、そもそも聖殿には籠もらず享楽三昧、さらには地脈の魔力を私的流用――その不滅の若さこそが証拠、と。
どれも、セレスティーヌが五年かけて自分で撒いたものだ。
噂を流し、それを補強する言動を取った。
侍女を使い、聖職者を促し、衛兵や料理人、庭師に至るまで手を回した。ただ一人、国王だけはこの件での接触を避けた。勘がいい彼にバレるかもしれなかったからだ。
クライマックスが近づいてきた。
大聖女が独占する今の体制を解体して複数の聖女による相互監視と効率運用を目指す、と偉そうな人が語り始め、そして。
「クレール子爵家のご令嬢、ミレーユ殿を筆頭聖女として推挙いたします」
リュシアンの傍らに控えていた美少女が、息を整えて一歩前に進み出た。靴音が、やけに大きく響く。一瞬、動揺が覗くも、胸を張って唇を引き結ぶ。
瞳に力をこめ、ミレーユは気丈に正面を見据えて口を開いた。
「不肖、このミレーユ・クレール。多くの方々にご推挙いただき感謝の念に堪えません。もし叶うのならば聖女の大役、国民に恥じぬよう努め、国家のために身を捧げる所存です」
誰かの呆れた声がした。聞こえたのは、セレスティーヌだけ。
ハッとする。一瞬寝てた。あ、もうここまで来たんだ、と眠気を追い出す。
ちらちら見られている気配を感じて目を向ければ、壇上のミレーユと目が合った。
一瞬、怯えをにじませ引きつったものの、己を励ますように口角を上げ、勝ち誇った顔でこちらを見下ろした。それでいてスカートをぎゅっと握りしめる様がなんだか愛おしい。
ここに至り、確信する。
誰もがセレスティーヌを否定していた。
誰もが異論を挟もうとしなかった。
誰もがこの流れは当然だと黙認していた。
つまり、これで。
(あたしは自由だーーーっ!)
二十年ぶりに、空を見た気がした。室内なのに。
胸の奥がじんと熱くなる感覚に浸っていると、
『慣れぬ悪知恵にしては見事なものよ。千年眺めても飽きぬやもな』
頭の中で聞き慣れた声がした。
「ともかく、次がいよいよ最終段階――若返り、だね」
セレスティーヌは誰にも聞こえないよう小声で告げたのち、
「わっかりました。さっそく荷物をまとめて出て行きますね。みなさま今までお世話になりました!」
喜びを抑えきれず早口でまくし立てて謁見の間から飛び出すのだった――。




