同行
リュカとイーズが出会って翌々日。もうしばらくすれば町が見える頃合いになると、疲労で少なくなっていた口数も回復していた。西に移動しながら会話をしたが、リュカも勇者について詳しく知っているわけではない。
「僕としても困っているんだ。なんなんだろうね、世界に平和をだとか。抽象的過ぎる。もし仕事でこんな指示出されたらたまったものではないよ。ひとまずこうして各地を歩き回り情報収集をしているのさ」
「それで成果は」
「いいや、まだまだ。風の勇者とも顔は合わせたけど、彼女の神託も曖昧だったし。それよりまさか他の勇者が見つかるとはね。これはこれで大収穫だよ」
彼女ということは風の勇者は女性なのだろう。イーズは特に掘り下げることもなく相槌を打った。それよりもイーズには気になることがあった。
「ところで俺が嘘を言っている可能性を考えないのか。俺は信仰心があるとは言えないし、神託が授けられた実感はない。それでも勇者だと?」
「神託に証拠を求めても仕方ないよ。それに僕も風の勇者も信仰はないんだ。勿論最初は騙る者も多くてね。だから王立魔法研究所にこれを作ってもらったんだ」
これ、と言いながらリュカは右手中指に着けた指輪をイーズに向けた。無色透明な宝石のついたそれは、リュカを飾る装飾品のひとつというわけではなかったらしい。
「幸い神託を疑う必要のない勇者が2名いたからね。僕と風の勇者の合致する項目、魔力回路がどうとかも言ってたかな。それに加えて騙る者たちと僕ら勇者で明確に反応に差がある項目を、とにかくしらみ潰しで探すんだ。まったく研究者というやつは狂人だね。で、それらを反映して……ああ長々と失礼。要は勇者以外が着けると石が濁るようになってるんだ」
実は君が寝てる時に試させてもらいました、とウィンクと共にリュカがあっさり暴露した。比較対象が多ければ多いほど正確性は増す。勇者を騙る者たちもそういう意味では役に立つ。そんなこともあるのだなと、イーズは自身に馴染みのない話を聞き流した。それはそれとしてリュカの発言に引っ掛かった。
「起きなかったのか? 俺が」
「ぐっすりだったよ。見張りがいると思うと気が緩むものなんだろうね。出会った時は見事な狸寝入りだったのに」
「……そうか」
「何を気にする必要があるんだい? そのために僕が見張ってたんだろう。成長期なんだから寝るのも大切だよ」
イーズはなんとも奇妙な気分になった。リュカといるとどうも警戒心だとか、そういう生きていくのに必要なものを忘れてしまう瞬間がある。出会って2日経っただけの男だが、自身にとって大変危険であると分かった。
「んん……」
呻き声。2人は足を止めて勢いよく振り返った。荷台の上の少年が僅かに身動いでいる。
「おや。おーい、君、分かるかい?」
リュカが声をかけても反応はない。試しにイーズがペチペチと頬を叩いてみると、鬱陶しそうに眉を寄せて、ぼんやりと薄く目を開けた。しかし数秒経つとまた目を閉じて再び眠りに入ったようだった。
「回復してきてるのかも。近いうちに目を覚ましてくれるといいね」
「そうでないと困る。何処かには置いていきたい」
「君、本当にこの少年に思うところないんだね。もしなかなか回復しなかったらどうするんだい」
「捨てていく」
「はい?」
リュカはぎょっとしてイーズの顔を凝視した。あまりにも当然のように言うものだから、なかなか理解が難しい。
「わざわざ壊滅した村で見つけた生き残りを、手当てしてここまで連れてきたんだよね」
「ああ」
「それをポイって?」
「それ以上は俺の力の及ぶ範囲じゃない」
「いやいや……そうだとしても、もっとこう、何というか」
「なんだ。悪いんだが、俺ははっきり言われないと分からないんだ」
「情があるのかないのかよく分からないよ。まあ……現実問題、そうなっちゃうのか。いやいや、それでも人としてなあ……」
リュカがうんうんと唸るのを見て、イーズは何か悩ませるようなことを言っただろうかと不思議に思った。もう一度考え直した。
「診療所までなら連れていく」
「おお!」
「回復しなかったら引き取って」
「うんうん」
「無駄に生きながらえて苦しむなら、さっさと首を切ってやる」
「情のかけ方ァ! 必ずしも間違いと言い切れない時もあるから何ともツッコミにくい! もっとあるだろなんか、孤児院に相談するとか!」
「コジイン? なんだそれは」
「えっ嘘そこから?」
リュカは大きな溜息を吐いて振り返った。
「そういうわけだ、少年。どうやら君は回復するしかないらしい」
リュカは果たしてイーズと上手くやっていけるのだろうかと懸念した。自分より歳下だからまだ面倒を見てやろうという気も湧くものの、これがいい年齢の大人であれば出会わなかったことにしていたかもしれない。
その日の夕方頃に町に到着し、リュカはひたすらイーズの世話を焼くことになった。イーズは宿に泊まるという経験もなく、受付での手続きだとか、荷車の置き場所を借りたりだとか、そういうことも教えてやらねばならなかった。
「もう夜だから、この子を診療所に連れて行くのなら明日にするといい」
「分かった」
「はー、子どもだし色々と経験不足なのは仕方ないけれど、覚悟は必要そうだなあ。言われたことは素直に聞くようにしておくれよ。これから一緒にやっていくんだから、なるべく円滑になるように」
「ん?」
「え?」
リュカとイーズは顔を見合わせた。
「一緒に?」
「うん、一緒に」
「俺とリュカが」
「そうだよ」
「何故?」
「何故って、完全にそういう流れじゃないか。逆にどうして、勇者同士が出会ってこれまで通り過ごすつもりなんだい。それに君、未成年だろう」
「何故勇者なら一緒に過ごすことになるんだ。年齢は関係あるのか?」
困ったなあ、とリュカは額に手を当てた。説明しようとして止めた。リュカ自身も疲れていたし、ひとまず休みたかった。
「もし俺とリュカがこれから共に過ごすなら」
「え? うん」
「イーズとは呼ばないで欲しい。それは俺の名前ではないから」
「ああそうか、本名じゃなかったね。じゃあ改めて、君の名前は?」
「ない」
「いや、だからさあ」
リュカは困惑した。イーズが嘘を吐いていないことが分かるからだ。たった2日の付き合いだが、嘘を楽しむ類の人間でないことは分かっていた。




