変な人
「ちょっと行ってきます」
「へ?」
「イーズには変な人とくっ付いて欲しくないんです」
「落ち着いて、変な人と決まったわけじゃないよ」
「いいや変な人です。神官服なのに公衆の面前、教会の真ん前で異性に抱き付いてるんですよ。変な人に決まってるじゃないですか」
勢いよく駆け出したユノであったが、結局ある程度近くまで行ったところで建物の陰に隠れた。イーズと女性の様子を窺おうとしているらしい。ユノの本心を暴いてしまい多少疲れていたリュカであるが、面白い予感がし始めたのでユノに付き合うことにした。
「ごめんなさい、足やっちゃったみたいで」
「あれだけ見事な転び方をしていればな」
「えぇと、どうしましょう。宿までお手を借りてもいいですか?」
「それは構わないが。どこの宿だ」
ユノは愕然とした表情でリュカを振り返った。
「連れ込まれる! イーズが連れ込まれちゃいます!」
「どうどう。落ち着いて、あのイーズだよ。初対面でそこまで気を許すはずがない」
リュカはイーズの姿を見て満足げに腕を組んだ。やはりなかなか良い仕上がりである、おかげで女性が好む恋愛小説の挿絵のような光景である、と。
「ローク記念通りにある宿なんです」
「悪いが土地勘がないんだ。遠いのか」
「そんなに遠くはないんだけれど」
「とは言え足を傷めてるわけだろう。時間がかかりそうだな」
ようしいいぞそのまま断ってください、そうブツブツと呟くユノが面白くて、リュカは笑い声を漏らさないよう口に指を当てた。しかしその後の展開にユノは唖然とした。
「えっ!? あのちょっと!」
「なんだ。こっちの方が早いだろう」
イーズが女性を抱き上げたのである。しかも所謂お姫様抱っこというやつだ。本格的にベタな恋愛小説の展開になってきたのでリュカは笑いを堪えるのに必死だ。息もできずにぷるぷると震えている。一方ユノはイーズが汚れる、と繰り返し呟きながら意識を飛ばしかけている。
「いやでも重いですから!」
「軽いぞ」
「えっ……やだ、そんな、恥ずかしいです」
ウルフの顎の骨を片手で砕くほどの怪力だ、軽くて当然だ。もう駄目だ。リュカはついに抑え切れなくなって笑い声をあげ、ヒィヒィと腹を抱えて咽せ返った。
「さっきから何をしているんだ」
女性を抱えたままのイーズが、笑い転げるリュカと彼を立たせようとするユノを見下ろした。つい先程までロマンス気分だった女性は奇妙な光景に我に返った。
「えっ、なんで気付いたんですか!?」
「お前たちの気配くらい分かる。何がしたいんだ」
「んふふっ、いやぁさすがイーズ、見事なっあはははは! 王子様っぷりだなあ、はははっウェッゲホッ」
一度我に返ると残るのは切実な恥ずかしさだけだ。女性はイーズの腕から降りて、そのまま去ろうとした。
「ほら、ほら! 歩けるじゃないですかあの人!」
「あっはっはっは、格好良くし過ぎちゃったかなぁ、あははは! まさか女性から狙われる程とは!」
女性が立ち止まって振り返った。先程までイーズに見せていた恥じらいの表情は何処へやら、どことなく荒んでかさついた雰囲気でずんずんとリュカの前に立った。
「やめて貰える!? そんなことするわけないでしょ、私一応聖職者なのよ!」
「ええぇ、だってイーズを見る目が完全に女の目だったじゃないか、んぶっフフフフッ」
「いつまで笑ってんのよ!」
「結局どうなんだ、足はいいのか?」
「いい! いやよくないけど!」
「先程も言った通り、俺は送っていくのは構わないぞ」
「えっ……」
キュン、と効果音のついていそうな顔で女性が振り返った。リュカがおや、と意外そうにイーズに訊ねた。
「送っていってあげるのかい? 彼女大丈夫そうだけど」
「いや、実際歩き方に違和感がある。捻っているのは間違いなさそうだ」
「あー、えっとぉー、それはぁー」
女性がしどろもどろになったのでイーズが不思議そうに彼女の顔を見つめると、ぼうっと見つめ返してうっとりし始めた。余程イーズの顔が好みらしい。
「ウッ……」
「え、どうしたのユノ、泣いてる?」
「イーズの優しさに感動してます」
「忙しいね君」
ところでそろそろ返事をしなよとリュカが女性を小突くと、そこでようやくはっとしたらしい。女性は口をもごもごさせて、少しの間の後に観念したように話し出した。
「足は本当に捻ってるの」
「あ、そうでしたか。それはすみません」
「昔からよく転ぶものだから捻り癖がついちゃって……なんなら常に捻ってる」
「常に捻ってる!?」
「もう捻ってるのが当たり前過ぎて、靭帯伸び切ってるから逆にこれ以上捻れないというか。最早捻ってても歩けるし、なんなら捻ってるのが通常まである」
「ダメなやつじゃないですか」
「将来的に腰とかやりそうだね」
うるさい、と言いたげな視線にユノとリュカは口を閉じた。ごちゃごちゃと雑談をしたが、要は女性がイーズをたぶらかそうとして失敗しただけなのだ、話はこれで終わりだ。と思いきや、女性は別の提案をし始めた。
「よければお昼一緒に食べない? 私がご馳走するから」
「えっ、イーズが駄目そうだからって僕らの方に来るんですか」
「自惚れてんじゃないわよこのガキ。口止め料に決まってんでしょ。私は聖職者なのよ、男をベッドに誘うわけにはいかないのよ」
「ここも一応屋外だけどそんな発言して大丈夫なんですか?」
「宿もすぐそこだし着替えてくるから首洗って待ってなさい」
「僕らは親の仇か何かかな」
「解決したなら俺は図書館に行く」
離脱しようとしたイーズに3人が一斉にしがみ付いた。逃してたまるか、という意思によるものであったが、女性だけどうも様子が違う。
「うへへへ、胸板がっしりしてるぅ」
「ちょっと何してるんですか! イーズから離れて下さい、この変態、痴女!」
「いや離しちゃ駄目だ! 今離したら逃げられる!」
3人に纏わりつかれながらもイーズはずりずりと足を進める。何故かリュカとユノからは女性だけ置いて全員逃げ出せばいいのでは、が抜け落ちていた。完全に冷静さを欠いていた。
「イーズ、好きな本1冊買っていい! 僕らと昼食を一緒に食べるだけでいいんだ!」
「いや、俺は大丈夫だ」
「2冊!」
ぴたり、とイーズの足が止まった。
かくして見知らぬ女性と昼食をとることになった3人は、奇妙な気分で女性の着替えを待つことになった。本を買ってもいいという約束がある以上イーズは逃げ出そうとはしなかったが、何故リュカとユノが嫌なのに彼女と食事をするのか不可解だった。
「そんなに嫌なら今この間に逃げればいいんじゃないか」
「あっ」
「確かに」
リュカとユノが弾かれたように顔を上げる。人は複数人が集まると判断力や行動力が低下すると言うが、この時の2人はまさしくそれだ。そして解決策に気付いた丁度その時、宿の玄関扉が開いた。時すでに遅しというやつだった。




