激重
リュカとユノは優雅な時間を過ごしていた。リュカは専ら紅茶を、ユノはお菓子を楽しんでいる。ユノはどうやら甘党らしく、リュカが紅茶1杯につき1つだけ食べるような砂糖菓子の3つ目に手をつけている。
イーズが図書館に行ってしまったのは2人にとって残念だった。リュカは自分が仕上げた状態のイーズを連れて歩いてみたかったし、ユノもいつもと違う印象のイーズの姿をもっと見ていたかった。しかしリュカにとってはユノと2人の時間は好機でもある。この際気になることは訊いておこうという魂胆だ。
「どう、最近は。何か思い出したりした?」
「それが全然でして」
「そう。まあ焦ることはないよ。ところでそのシャツ、良い色だよね。ユノとは服の趣味が合いそうだ」
「えっ、だったら嬉しいです。リュカさん凄いなあって思ってたんですよ! リュカさんが選んだ服のイーズ、キラキラしてるなって思いましたもん。髪型も!」
二言目にはイーズの名前が出てくるものだから、リュカは思わず苦笑した。執着も時々見える仄暗さも、それだけならばそういう子で済む。この程度可愛いものだと思う。
リュカが警戒しているのはユノの不自然さだ。はっきり言葉にするなら、まるで演技をしているかのようだ。リュカのこれまでの人生で見る限りでも、女は皆生まれついての役者とはよく言ったもので、それに比べたらユノの演技は下手くそなものだ。大事なのは悪意があるかどうか。さすがにリュカもそこまでは読めはしない。
「ユノってイーズのこと好きだよね」
「はい! 僕の憧れですから。力になれることがあればなあって思うんですけど、なかなか」
「本当かなあ」
「えっ?」
「君、ちょっとだけ嘘吐きだろう」
ユノが焼き菓子に伸ばしていた手を止めた。予想外のことを言われた驚きの色は演技ではなさそうだ。
ユノの記憶に関して、焦ることはないというのは嘘だ。リュカとしては情報はあればあるだけ有り難い。追うだけ追って空振りはしたくない、駄目なら早く切り捨てたい。ユノの記憶の中に居座る者が、自身の追うべき巨悪なのかの判断材料が欲しい。ユノの嘘が判断を鈍らせるものでないと思いたい。どうぞいかにも子どもらしい、くだらない嘘を抱いていてくれないか。それがリュカの本音だ。子ども相手に疑い過ぎだ、とも思う。
「バレちゃってますね」
ユノは少しばかり残念そうな顔で手を膝の上に置いた。
「僕はイーズとリュカさんのことが好きですよ。それは本当です。ただ、障害にはなりたくないけど僕の記憶を情報として提供はできないです」
「と言うのは」
「僕が思い出したくないからです」
「どうして?」
「イーズが昔の僕を知らないからです」
「うん? ちょっとよく分からないんだけど、どういうことかな」
思ったより子どもっぽい理屈の捏ね方が始まったな、とリュカは拍子抜けした。まだ自分を知らないのに言葉ばかり一丁前に覚えた子どものような話し方だ。ユノはもじもじと膝の上で両手を遊ばせて、うまい説明の仕方を考える。
「イーズって強いし格好良いし優しいから。絶対好きになって仲良くなりたいって思うはずなんですよ。でも実際は名前すら知らない仲だったらしいから」
「……つまり?」
「昔の僕は、イーズと仲良くなれない自分だったってことです。どうせ碌でもない人たちとつるんでるつまらない人間だったに違いないです。僕、今がとても楽しくて幸せだから、記憶が戻ったらそれもなくなっちゃう気がして」
嘘じゃないな、とリュカの直感が告げた。ユノは今に執着しているのだ。存外子どもらしいことを言うもので、リュカは紅茶を味わいながらほっとした。それにしても意外と悲観的で捻くれているようで、これがユノの素の性格によるものだとしたら、確かにイーズとは仲良くなれていないだろうとも考えた。それを口にする気はさらさらないが。
「イーズ関連かは分からないんですが、決定的な何かがある気はしてるんですよ。どうしてもそれを思い出したくないみたいで……でも、多分いつかは思い出します」
「気の長い話になりそうだなあ」
「どうでしょう。何か……目の醒めるような、そんな何かがあれば起きるんじゃないでしょうか、以前の僕」
リュカは品書きを手に取った。紅茶の品揃えを眺めて、今度は菓子の項目を開いてユノに手渡した。ユノは困ったように品書きとリュカを交互に見遣った。
「つまり現時点ではどうしようもないわけだろう。ならどんと構えて、存分に今を楽しもうじゃないか。疑うようなことを言ってすまなかったね。お詫びと言ってはなんだが、好きなものを遠慮なく頼むといいよ」
「えっ、本当ですか? それならこれと、これもいいなあ、あと林檎のやつも美味しそうだなあ」
「……うん、昼食が入るなら構わないけど」
謙虚なフリして遠慮もないかもしれない、まあいいけど別に、と。リュカは渇いた笑いを零した。
「まあその、ユノはとにかくイーズが大好きなわけだ」
「はい!」
「……ちなみになんだけど、もしかして恋愛的な意味で好きだったりする?」
「あ、いえ。それは考えたことないです。あーでも……もしイーズが将来的に結婚とかするとして、変な人とくっ付いて欲しくないなとは思います。こっちが納得せざるを得ないくらい性格の良い人と結ばれて幸せな家庭築いて欲しいし、もし子どもが産まれたら親戚面して頻繁に遊びに行きたいし、あわよくば名付け親になって貢ぎたいし」
「重い重い重い! いっそ恋愛的な意味で好きであって欲しかった!」
リュカはどっと疲れた気分になった。なにをあんなにも警戒していたのだろうと馬鹿馬鹿しくなった。
「うーん、どうしようかなあ。元々喫茶店巡りの予定でしたもんね。あんまり一箇所で食べ過ぎるのも勿体ないですよね」
「そう言えばそうだった。甘いのが目当てなら評判のお店があったはずだからそっち行ってみる?」
「そうですね、是非!」
何はともあれ不安の種は減ったのだ、まあいいかとリュカは気を持ち直した。
店を出ると入店時よりも随分道が混んでいる。はぐれないようにしなくてはと、リュカはユノの腕を掴んで目当ての店へと向かった。
「人多いですね」
「多分もうすぐ神拝の時間なんだよね。教会に行く人が多いんだと思う。門が開けば道も空くよ。ああほら」
鐘の音が鳴り始め人々がぞろぞろと動き出す。リュカ自身は信仰がないので、熱心に教会に行く者たちを眺めて感心したし、きっと勤勉な人たちなのだろうと思った。
「あれ? あそこにいるの、イーズじゃないですか?」
「本当だ。図書館にいるものかと思ってた。今からかな」
「折角ですし声かけましょうよ。この後お昼ご飯くらい一緒に……誰でしょう、知らない人と一緒にいるみたいですけど」
イーズの横にいる女性が、突然彼の腕に抱き付いた。ユノは凍り付き、リュカは面倒事の予感がして顔を背けた。




